「あら、いらっしゃい。どったの?」

「でも確実にあなたではなかったです佐助さん」

「名前覚えててくれたんだ?うれしー」


まるで語尾に星でも付けんばかりに表情を緩める佐助さんのノリは女子高生に近い。リアル女子高生の私よりも女子高生してるってどういう事だ可愛いな。


「って、そうじゃなくて」

「相変わらず愛子ちゃんは愉快だねえ」

「え?…あっ、また人の思考読みましたね!?」

「違うよ。君が分かりやすいんだって」


しょっちゅう他人の思考読んでるわけじゃねえよ?とにこやかに言うが、それはしょっちゅうでもないが読んではいるって事なんじゃ…?


「まあ、そうとも言うねえ」

「言ったそばからこうだよ!」


もうやだよこの悪魔一族!他の子は分かんないけど、私はこんなファンタジーな出逢いいらなかった!普通に大学出て普通に公務員として働く至って真面目な将来設計を立ててるような人間だよ私は!

…と、口に出せる度胸があるはずもなくて脳内で絶叫するにとどめてはみたが意外と体力を使うのかクラクラしてきた。体力ないなあ私は…。

軽い立ち眩みを起こした私を後ろから支える佐助さん。あれ?いつの間に後ろに立ってたんだろ。…いや、もうこの人達相手にそういう事考える方が無駄か。

諦めが直ぐに浮かぶ辺り私も慣れたもんだよなあ。それにしてもなんだか肩がムズ痒いような気がする…。

両肩に乗せられた手のひらからぴりぴりしたものを感じてハッとする。そうだ佐助さんも幸村さんと同じだった…!
でも幸村さんと比べてまろやかな感じがするのは気のせいかな。この数日間、幸村さんの「食事」で慣れてしまったのだろうか。…それはそれでやだなあ。

後ろの佐助さんを見上げながら考えてしまっていたらしい。佐助さんは苦笑を漏らしながら、説明してあげるね、とソファへ座るよう促した。



ローテーブルに白いマグカップが置かれる。ホットミルクだ。

前に座る佐助さんに、ありがとうございますと頭を下げて、湯気のくゆるカップを手のひらで包むように持ち口を付けた。


「おいしい…」

「そ?よかった」


熱すぎないミルクはほのかに甘くて、知らず知らずのうちに入っていた余分な力が抜けていく。ふう、と息を吹き掛けたら柔らかい湯気がほわりと顔にあたった。

頬杖を突きながら私を見ていた佐助さんは、ゆっくりおあがり、と微笑んだ。佐助さんの笑顔はなんだか落ち着くなあ。


「そうだなあ、まずは俺様と旦那の違いからいっとこうか」

「違い?」

「なんか違うなー?って思わなかった?」

「あ、さっき…」


触れたところから伝わってくる感覚がちょっと違うかもと言えば、そうそれ、と指をピンと立てた。

でも刺激に慣れてない人間にはなかなか分かりづらい差なんだけどなあ、と呟いたのは聞こえない振りをする。認めてしまえば後戻りできない気がするもの…!


「旦那と俺様の刺激に差があるのは根本的な力に差があるんだよ」

「差…ですか?」

「そ。同じ夢魔でも生まれが違うからね。俺様は悪夢と淫夢から生まれたけど、旦那は夢魔から生まれた純血だから」

「え、えぇっと…?すみません、今、夢から生まれたって…?」


あっさりと告げられた衝撃的すぎる言葉はあまりにあっさり過ぎて理解処理能力の部分からさらりと落ちてしまった。え?夢から?生まれ?た?

頭上にハテナマークを並べるだけじゃ飽きたらずに顔面にもハテナを浮かべているだろう私に佐助さんは、本当に分かりやすいなあと笑う。いやいや誰だって分からんでしょうこんな話!


「人間とは生物としての概念がころっと違うからねえ。悪魔は色んなものから生まれるんだよ」


人間の欲望がより強く込められたものから「悪魔」は生まれやすいらしい。それは思想であったり、道具であったりと対象は様々。夢なんかは欲望とダイレクトに直結しているから特に生まれやすいそう。

欲望そのものから生まれた存在故に人間は「悪魔」の甘言から逃れる事が難しい。悪魔憑きが傍若無人のように振る舞うのはその欲望が剥き出しになるからだそうだ。


「俺様はえっちい夢と怖ぁい夢から生まれたの。古今東西老若男女の夢の結晶だから見たこともない快楽地獄、味あわせてあげるよ」


愛子ちゃんもどう?と微笑んだ佐助さんの表情はさっき見たものと全然違う、背筋がゾッとするくらい妖しい笑みで。本能で危険を察知して首がもげる勢いで頭を振った。

必死で断る私に、指先が触れただけでオルガズムを大放出しちゃえるように調教してあげるのにい、と唇を突きだしている。無邪気な顔でなんと恐ろしい事を言うんだこの悪魔は…!やっぱりとんでもない存在だ。早くどうにかしないと…!

もしなんかしてきたらどついてやる。直接触れたらこちらの不利だから気をつけないと…!

そばに置いてあったクッションを顔の前に持ってきて、隙間から睨むようにして前を窺う。
そこまで警戒されちゃ手ェ出しづらいなあと苦笑い。苦笑いされようが何されようが我が身が一番大切なのよ!


「さて、他に聞きたいことは?」

「ええと…、どうして佐助さんがここにいるんですか?」

「そりゃー旦那の付き人みたいなもんだからね。仕事怠慢なんて俺様には無縁の言葉よ?」

「へえー大変ですね。…ん?じゃあこの数日間は…」

「ちゃあんと様子見てましたとも。愛子ちゃんこそ大変だね、旦那加減知らないから辛いっしょ?」

「うわあああああああん!助けて下さいよおおお!」

「助ける?まっさか!だって愛子ちゃんをアンアン言わせるのが旦那にとって必要な事だもん。それを俺様が邪魔出来るかい」

「アっ!?そんな事っ!言ってませんっ!」


必死になって言い返すも佐助さんは目尻に涙すら浮かべてお腹を抱えて笑っている。こちとら名誉が懸かってるから必死にもなるっつの!まあ今さら感が拭えなくもないけど…。

目尻の涙を指で拭いながら、愛子ちゃんの気持ちも分からなくはないんだけどね、と呟いた。


「…愛子ちゃんは旦那の……だからなあ……」

「え?」


ぽつりと溢された台詞が聞き取れず、反射的に返すと同時に保健室のドアが大きな音を立てて開かれた。

そこにいたのは話題の「人」。



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