「感情には色があったらいいなー、なんてたまに考えるんです」


何の脈絡の無い、突然投げ掛けられた言葉だった。どう反応すればいいのか少しばかり考えさせられた。


「…随分と非科学的な発言だな」
「あらら、それは聞き捨てならないですねー。確かに抽象的なものですけど、いいと思いません?」
「さあな。刺激のないものなど興味ない」
「エルグ様らしい価値観ですね、素晴らしい!」


そんな所が愛しい!と叫ぶ喧しい口を、顔面ごと叩いて黙らせた。何故こうなることが分かっているのに学ばないんだこの馬鹿は。踞る姿を見下ろすと、顔を押さえる指の間から赤くなった肌が見え隠れしている。少々力を入れすぎたかもきれない。だからといってこれから先、力を緩めるつもりはないが。


「ほ、ほら……言うじゃないですか、感情は色で表現できるって。似たようなことです」
「そういうことか」


最初の発言はともかく、次の発言には納得するものがある。
というよりは、感情に色を当てはめるといったほうが正しいのではないか。悲しみなら青、怒りなら赤、そういったイメージを色で連想される。「色は人に心理的効果をもたらすんですよ、どうですそんな刺激は如何ですか!?」いらん。どう考えても刺激になるどころか関心すら湧かない話題にどうしろと。


「でも私は『感情を色で表現する』ではなく、『感情に色を付ける』ことができたらなーと思うのですよ」
「それは、どう違う?」
「んー、こう…電磁波やオーラのように、感情を目に見えるようにしたいってことです。自分へ向けられる感情が一体どんな色をしているのか、ちょっと気になるんですよね」
「……」
「そりゃあ、嫌な事だって沢山あるでしょうよ。友達だと思ってた人が自分を嫌ってると分かったり、恋人が他の人に夢中になってると知ったり。でも、何億もいる人間のそういった感情の中から、自分を思ってくれる色を見つけるのって素敵だと思いませんか?」


私や研究以外の話題で、ここまで饒舌になるのを聞くのは初めてじゃないだろうか。目は相変わらず見えないが、何処か遠くを見ているように感じた。



「どんな色かは分かりませんけど、きっと何よりも綺麗な色をしているんでしょうね」






そのような会話をしたのは何時のことだったか。もう忘れたものだと思っていた記憶がふと脳裏に浮かんだ。今なら理解できる。眼の色で蔑まれたからこそ、色というモノに何かしらの羨望を持っていたのだろう。結局、あいつの望みは叶わなかったわけだが。


ロッソが私の目の前に現れなくなって、どれ程の時間が過ぎたのだろうか。つい昨日のことなのか、それとも何年も昔のことなのか。ただ単調に過ぎていく時間は非常に退屈で、時間に対するまともな感覚が鈍くなってきた。このままでは恐らくロッソの事も忘れてしまうのではないか?それだけは避けたい。どれもこれも下らない記憶ばかりだが、私に刺激を与えてくれた貴重なものだ。
忘れないために、最近は奴に関することを幾つか思い返すようにしている。暇があれば記憶を漁り、奴はどんな人間だったのかを再確認した。何度もそうしていると決まって頭を過る疑問がある。「私とロッソの関係はなんだったのか」?部下と上司、とだけで切り捨てるには些か抵抗があった。そんな関係で済むのなら、私は奴の事を既に忘れているだろう。それだけでなく「私とロッソの間にどんな感情が在ったのか」という疑問もある。あいつが何度も主張していた愛は、それは世間一般で言われている普通の「愛」なのか、本当にエルグという人間を愛していたのか。私自身もあいつにどんな感情を持っていたのか。全てが今でも分からないままだ。
言葉で表現するのは至難の業だ。愛と呼ぶには不純すぎる、かといって傷の舐め合いとは言い難い。たかが一度関係を持っただけだが、それでも確かに私達の間には何かが存在していた。その「何か」とは何なのか。


考えて、視界が見覚えのある色に染まった。それは瞬きをする、ほんの一瞬の出来事だった。だが、はっきりと認識できた。先程思い出した会話で、そう言えばロッソは感情には色があればいいと言っていた。もしかすると今のは、その感情の色だったのだろうか。そう考えて、笑った。あいつは死んでも尚私を刺激するのか……心配せずとも、当分の間はあいつを忘れることはできなさそうだ。






視界一面を染めたのはだった。
濁ってはおらず、かといって透き通ってもなく。嫌悪を感じさせながらも、何故か惹き付けられる。網膜に焼き付いて消えない、一度だけ見たロッソの眼の色だった。


彼等を繋ぐものは



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