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▼ 雲隠れ割烹は今日も平和です

私が勤めている十星料亭「雲隠れ割烹」は、基本的に外からのお客さんは滅多に来ない。それは此処が人間界最大の樹海「ロストフォレスト」にあるからという理由だけじゃなく、この割烹自体が不思議な木材を使っているため、礼儀のなってない人には見えないからだ。運よくこの場所に辿り着けても、店自体を見付けられずに帰るお客さんもいる。また見つけたとしても、メニューがどれも食べるのが大変難しいデリケートな食材ばかりなため、リピーターは滅多にいない。だから必然的に此処に来る大抵のお客さんは、同じく樹海にある食林寺の師範代方だ。彼等は毎日来るわけじゃないから、お客さんが来ない日なんて珍しくない。それでも私達はデリケートな食材を保管するためにいつも大忙しだ。

午前の仕事(食材の仕込みだけだったけど)が終わって、お昼休みになった。今日は天気も良いし昼寝でもしようかなと廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「名前ー、千流さんから煎餅貰ったけど食わねー?」
「食べる食べる!」


結果、この時間は千輪と煎餅を食べる時間と決まった。





畳の上に二人分の座布団を敷いて、向かい合うように座る。座る直前、半ば千輪から奪うように煎餅の袋を取る。あ、これ「ように」じゃなくて本当に奪ってるや。ああっ、と悲鳴が聞こえたが無視。奪った袋にはでかでかと「サラダ」という文字が達筆で書かれていた。


「……醤油がよかった」
「文句なら千流さんに言ってくれよ」


滅相もない!人の好意に文句を言うなんて……と叱られるのは目に見えている。きっとその後、食林寺に連れていかれるんだろう。何それ恐ろしい。食林寺は食の礼儀である「食義」を学ぶ寺、ってことだけ知っていた頃は、むしろ学びにいきたいな〜なんて呑気に考えていた。でも、此処の近くにある食林寺の本家は、なんと犯罪者まで送り込まれる「刑務所」としても機能しているとんでもない寺だ。別に犯罪者が怖いわけじゃない。私が怖いのは寺が刑務所代わりとなっていることだ。これはつまり、寺の修業は処刑と同じくらい厳しくて辛いってことじゃないか!そんな所に行った日には……想像するのも恐ろしい。そんな考えを頭の中から捨てるため、煎餅をわざと音を立ててぼりぼりとかじる。うん、醤油じゃないのは残念だけど、千流さんがくれただけあってめちゃくちゃウマイ。手が止まらない。
そうだ、千流さんと言えば。


「ねぇ、千輪はさ、千流さんが覆面取ったところ見たことある?」
「ん〜……ないや」
「そっか」


バリボリ


「どんな顔なんだろうね」
「絶対美人だろーなー」
「いやいや分からんよ?マスク取ったら残念な人っているし」
「でも千流さん、覆面しててもオーラがあるっつーかさー」
「あー、確かに」


バリバリボリボリ


「写真とかねーのかなー」
「どうだろ…はいお茶」
「さんきゅ」
「千輪はどんな顔だと思う?具体的に言って」
「ん〜……キリッとしてるんじゃね」
「分かりにくい…あっ絵で描こうよ!よし、ちょっと待ってて」




適当に振った話だったんだけど、話していくうちに妙に気になり出した。それは千輪も同様らしく、煎餅をかじりながら千流さんの素顔について討論し合った。でも中々イメージが伝わりにくくて、それなら絵で表そうという考えに至った。早速メモ帳と鉛筆を部屋から持ってきた。帰ってきたときには既に煎餅がなくなっていたことでちょっと口論になったけど、それが終わると「千流さんの素顔ってこんな感じじゃないか?」と千輪と議論をし合いながら、紙にそれぞれがイメージしている千流さんの素顔を描き始めた。

暫くしてから同じくらいの時間に仕上がって、互いに描いた千流さんを見せ合いっこした。
千輪の描いた千流さんは、確かにさっき千輪が言ってたようにキリッとしていた。目元はいつものように穏やかだけど、口元が引き締まっていて、美人というよりはかっこいい感じ。というか千輪何気に絵が上手い。
対して私の描いた千流さんは千輪とは正反対で、全体的に穏やかな感じになった。普段から細かな気遣いが出来て優しくて料理や掃除が上手で、千流さんは何だかお母さんみたいな人だ。もしかしたら女性なんじゃ?と思って、ちょっと女の子らしく描いてみた。実際性別も分からないよね、千流さんって。本当は何なんだろうか。
千輪からの反応がなくて顔を上げると、顔色を悪くして口をパクパクと動かしていた。なんだよ、そんなに私の絵が下手か。そりゃ千輪と比べたらど下手だけど、とまで考えてから、違うことに気付いた。千輪は私の絵を見てない。後ろを見ている。何だろう?






「楽しそうですね」






背後から聞こえた声に、さあっと血が引くのが分かった。今の私は千輪と同じ顔をしてるのが、鏡を見なくても分かる。ゆっくりと振り向けば、そこには料理長の千流さんが立っていた。



「……あ……」
「ち、千流さん……」
「もう、お昼は過ぎていますよ。貴方達は一体何をしてるのですか?仕事はまだありますよ」


声は普段通りで、とても落ち着いている。でも目が明らかに笑っていない。とてつもなくお怒りだ。嫌な汗が止まらない。


「丁度良かった。これから食林寺の師範代方が此方に遅めの昼食をとりにいらっしゃるんです。千輪、名前。暇なら連れていってもらいなさい」



それは死刑宣告だった。



「ごめんなさぁいっ!!」
「それだけは勘弁してください!!」





そんなこんなで今日も私達は元気です。

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