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▼ 手加減をしないノボリ

「……」

ああ、名前様が今にも泣き出しそうになっております。今すぐにでもその震えている体を抱き締めたいのですが、生憎今は勤務時間、一乗客をご贔屓にするのは躊躇われます。そもそも彼女を悲しませている原因は私なのですから、下手な慰めはできないのです。なんと歯痒いのでしょう。名前様は小さな声でパートナーの名を呼びます。この21両目まで彼女と共にやってきたパートナー達は、激闘の末、つい先程私のポケモン達によって戦闘不能状態となったばかりでございます。当然返事などできるはずもなく、彼等は無言でボールの中へと収まっていきました。それを確認してから、名前様へ話しかけました。

「あともう少しでしたね」
「……また勝てなかった」
「そう気を落とさないでくださいまし。私も相当に苦戦させられました」
「それ、何度も聞いてます」

そうでしょう。私自身も、何度も同じ台詞を伝えたという自覚はあります。 何せ名前様とのバトルは20戦を越えており、そして一戦も私に勝てたことがないのですから。だからこそ悔しく、そんなにも悲しい表情をなさっているのでしょう。自分がダメだ、勉強不足なんだと落ち込む彼女をどうにか慰めようと言葉をかけます。その姿を見ていると、どうしても罪悪感が湧いてくるのです。バトルで勝てないのは彼女の実力不足というわけでなく、ただ単に私が手加減をしていないことが原因なのですから。
バトルにおいて「手加減をしない」のは普通だと思われるでしょうが、此処−シングルトレインでは違います。此方では「手加減をする」のが普通なのです。そしてシングルトレインの上、スーパーシングルトレインで漸く私は手加減抜きの本気のバトルをする。そういったルールなのですが、私はそれを破り「本気で」バトルをしているのです。
語弊がないように弁解させて頂きますが、
そういったことをしているのは名前様にだけでございます。他の挑戦者にはキチンとルールに乗っ取ってバトルをさせて頂いております。 何故こんな真似をするのかと聞かれれば、名前に好意を寄せているからだとしか言いようがありません。純粋なる好意です。決して苛めたいわけではありません。もし彼女が私に勝利すれば、次からスーパーシングルトレインへ乗車をするようになるでしょう。そうすれば私の元へ訪れるのは49戦目。なんと長い道程でしょう!それでは名前様とお会いできる回数が一気に減ってしまいます。それを防ぐため、そう簡単に勝たれては困るのです。彼女はダブルに乗ったことはないと言いました。クダリからも名前様にはお会いしたことがないと聞きました。もしも彼女がダブルに乗り、クダリとバトルをしたのならきっと気付かれるのでしょう。私がスーパー同様に本気で挑んでいるのだということに。まあ、ダブルは苦手だと仰られていたので、これから先気付かれることはないのでしょうけれど。

「本日はもう、挑戦はなさらないのですか?」
「今日はやけ食いにでも行ってきます。反省会も含めて」
「食べ過ぎないように気を付けてくださいまし」
「善処します…」

私の努力の結果、彼女は毎日どころか一日に何度も私の元へ現れてくれます。
サブウェイマスターなる者が己のルールを破り、その結果思い人に辛い思いをさせるなど、至極最低な行為に違いありません。ですが私、どうしてもこの行為を止められないでいるのです。何故なら、こうすれば彼女に会えるという事実に味を占めてしまったのですから。

「では、お気を付けて」

トレインはライモンのギアステーションへ辿り着き、扉が開きました。彼女がトレインを降りてしまうのは、どうしようもなく寂しいものです。流石に引き留めるという真似はしませんが。

「ノボリさん、残りの仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうごさいます」

彼女の言う通り、まだ私の仕事は終わっていません。扉が閉まる前に、彼女へ一礼をします。本日も挑戦してくださったことへの感謝と、明日もまた訪れるようにと願いを込めて。



「またの後乗車を、心よりお待ちしております」



閉じられた扉のガラスには、双子の弟のように笑う私が映っていました。




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※ノボリクダリが兄弟なのはアニメから
結構ベタな内容な気がする

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