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▼ タイランは助けてくれない

※自殺願望のある子

四肢を放り、地面に仰向けになってどのくらいの時間が経ったんだろうか。最初は皮膚にまとわりついてくる砂を不快に感じていたけど、今ではもうその感覚はなくなり、機能しているのは聴覚と視覚だけだ。視界の端に映る月が今日はやけに輝いて見える。残念なことに、星は雲に遮られてしまっているけど。

じゃり、と砂を踏む音が聞こえた。静かすぎるこの場所では、そんな些細な音が大きく聞こえてくる。その音は立て続けに聞こえてきて、段々と近付いてくるのが分かる。
と、月が大きな影で隠された。


「名前」


不機嫌を隠そうともしない低い声に思わず笑ってしまう。それに反応したのか、舌打ちを一つ落とされた。残念ながら月の逆光のせいで表情は見えない。
月が見えないよ、と笑いながら言えばふざけんなと怒られ、視界が揺れた。多分頭を蹴られたんだろう。もう痛みは感じないけど。


「今度は何だ」
「……何だと思う?」
「遅効性、あと五感が麻痺するっつーのは分かった」
「流石」


毒の専門家と呼ばれているのは伊達じゃない。彼ならそれだけの情報で、私が飲んだ毒が何なのか分かるんだろう。素直に感心する。そして彼は連れて帰り、解毒するんだ。


「毎回毎回、お前を探すオレの身にもなれ」
「ごめんね」
「謝るくらいならもう止めろ」
「ねぇタイラン、助けてよ」


くしゃりと彼の顔が歪んだ気がした。



この世の中を生きていくのが辛いと感じるようになったのは5年前からだ。産まれて直ぐに捨てられ、何年もスラムで育った私は、当然のことながら日々食に困っていた。雑草すら中々生えていないくらい貧相な土地の中、何も食べられない日が多かった。餓死で消えていく子供を何人も見て、いっそ死んだら楽になるのかな、なんて考えは消え去っていた。死への恐怖を感じる毎日、それでも頑張って生きようと足掻きに足掻いた。必死になって生きた。その結果として、空腹感を全く感じないようになった。いつの間にか私は水だけで生きていける身体になっていたのに気付いた時は、便利な身体になったと喜んだ。その時は。
ある程度成長してからスラムを抜け出し町に出て、私は如何に自分が愚かな存在かを思い知った。このグルメ時代、何処もかしこも食に力を入れている。もはや食で世界が回っていると言っても過言じゃない。TVや雑誌を見れば名のある美食屋や料理人が話題を占め、食に関することに皆関心を寄せていた。それなのに私はどうなんだろうか。何も食べなくても生きていける、食への関心なんてこれっぽっちも残っていなかった。やっと入れた世間に置いていかれたくなくて、久しぶりに何か食べようとしても、チョコレート一欠片ですら胸焼けをおこして吐いた。


食が一番の価値を持つこの世に、食を拒む私は完全に異質な存在だということにやっと気付いた。




タイランは私の親友だ。とても便りになる、良い友人。でも彼はやはり料理人で、しかも名が知れていて。この世が食が全てだという現実と、否が応でも向き合うことになった。私はそれが辛かった。全てに置いていかれてるのだと考えるようになって、全てから逃げ出したくなった。それから、こうやって毒を飲んで死のうとすることが日課になった。飲むのは必ず遅効性だと決めていた。死ぬ前に、今までの人生を振り返る時間が欲しかった。手に入れてから飲むまでに間がありすぎるとタイランに見つかる可能性がある。だから手に入れたらすぐ飲んで、別の場所へと移動するようにした。

「何で毒なんだ」三回目くらいのとき、タイランに聞かれた。一回目の時は本気で怒っていたけど、何回かやってたら対応に慣れてきたんだろう。そんな質問をするくらいには、この行為が当たり前のように扱われるようになった。

タイランといったら毒でしょ?

そう答えた時、彼はどんな顔をしていたっけ。




「っわ」


視界が反転して、今度は地面と彼の足が映る。担がれたんだと理解した。今日も私はあの家に連れていかれ、解毒され、明日の朝日を拝むんだ。もう見たくないというのに。死ぬのは私の自由だけど、それをどうするかはタイランの自由だ。自殺を邪魔されたことに文句は言わない。でもやはり彼が恨みがましい。



「助けられなくて、悪いな」




だって、毒からは助けてくれるのに、この世からは絶対に助けてくれないんだから。

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