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▼ 疎いゼブラ

その声を聞くたびにどこかが痛むのに気付いたのはいつだっただろうか。


そいつはある日、突然オレに声をかけてきた。本当に突然だった。おそらくTVでオレが近くに来ていることを知ったんだろう、知り合いのように「聞こえてる、ゼブラ?」という声をオレの耳が拾った。無視してやってもよかった。むしろ普段のオレならそうしただろうが、その時のオレは満足する喧嘩ができた上に旨い飯も食え、気持ちと腹が満たされ機嫌がよかった。だから返事をしてしまった。返事っつっても対したもんじゃない、「喧しい、聞こえてんぞ小娘」と返しただけだ。本当にそれだけだった。だがどういうわけか、それがいけなかったようだ。一度返事をやったことでチョーシにのったのか、それからは毎日毎日「ゼブラー」「あれ、聞こえてるー?」「おーい」と無視することができなくなるくらいうざってえほどに声をかけてきた。どんなに耳を塞いでも効果はない。返事をし、ある程度話を聞いてやったら静かになるということが分かってから、仕方なくそいつの声に対応することに決めた。いくら脅せど聞く耳を持たない。どこまでもチョーシにのった女だ。

今日もオレに向けて発せられる声が届いた。


「あのね、今さっきココの占いを受けてきたの!知ってるでしょ、ゼブラと同じ四天王の人。カッコいいし優しいし強いし、会話できただけでも幸せだったよ」


いつも以上に浮かれた声色で、しかもどうでもいい内容をこれでもかというほど幸せそうに語ってくるもんだから、怒鳴りつけてやろうと口を開いたが、強い痛みが邪魔をして叶わなかった。代わりに舌打ちをしてやれば、「不機嫌だねー」と呑気な返事を返された。テメェのせいだ、テメェの。



「ゼブラっていつも苛立ってるよね」
「……いつもじゃねぇ」


お前と話すときは苛立ってるときが多いがな。


「でもさっき舌打ちしたじゃない」
「あれは違ぇよ、ちょいと痛みが走ったからだ」
「へー。それって耳が?」


確かにな。いつもいつも、どうでもいいことばかりをオレに向けて話す声を拾う耳は、耳栓をしたって機能を果たしちまうから不愉快なことこの上ない。たまに衝動的に引き千切りたくなるときがあるくらいだ。だが、この痛みは耳からじゃない。身体全体をぎりぎりと締め付けるような痛みだ。何が原因だ、これは?


「分からねぇ。が、テメェが原因だっつーのは確実だな」
「責任を人に押し付けないでよ」
「事実だ。実際テメェのその声を聞くたびに痛むんだよ」


ふーん、という返事に、呆れが滲んでいるのが直ぐに分かった。それが神経を逆撫でされたようで、余計に苛立つ。テメェが原因だというのに、何だその反応は。何に呆れてやがる。「原因は私か」ああそうだ、テメェに決まってんだろうが。それ以外に心当たりはないんだからな。



「なら、もう止める」



何を。聞かなくても分かる。
いつもいつも文句を言ってもしつこかったくせに、こうも突然あっさりと引き下がられ、拍子抜けた。それにも苛立ち、近くの樹を思い切りぶん殴る。簡単に折れ、盛大な音を立てて地面へと落下した。その音はあいつには聴こえないんだろう。そう考えると腸が煮えくり返そうだ。勝手に人の生活に潜り込んできたくせに、どこまでも勝手で他人事のようにしやがって。


「でも気を付けててね」
「……何に気を付けろっつーんだよ」


その質問の答えはいつまで経っても返ってこなかった。



あれ以来、あいつの声が聴こえなくなった。どんなに耳を澄まそうが、単語一つも聴こえはしない。今まで何で毎日聴こえたんだと思うほど、あっさりとなくなった。
そう、あの耳障りな声はもう聴こえない。なのに。何だ、何でだ。


どうしてこうも胸が痛む!!?


その原因を知りたくなり、あいつを探すことにした。あいつが原因だと確信しているし、あいつ自身も心当たりがあるのかもしれない。例えそうでなくてもどうにかしてもらわなくては気がすまない。そう思って探そうとした。だが最初から行き詰まった。オレはあいつのことを何も知らない。あいつの話をまともに聞いた試しがねぇし、覚えてたとしてもどこにでもある下らない話ばかりをしていたから場所なんて特定のしようがない。そもそもだ。オレはあいつの名前すら知らない。あいつは名乗らなかったし、オレも聞かなかった。本当にオレは何も知らないのだ。その現実に初めて向き合わされ、また胸の当たりがぎりぎりと痛みを訴えた。最悪だ。
唯一オレが知っている声だけを頼りに探し回った。確かこの方角からよく声をかけられたはずだ。たったそれだけの情報を頼りにした。馬鹿みたいに必死になって一人の女を探した。


そうしてやっと見つけた。初めて見たあいつは、予想以上にチョーシにのってる顔で笑った。



「……初めまして、ゼブラ」




あの時は不快極まりなかった痛みが、今日は何故か心地いい。


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