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▼ 東条さんのバイトを見てるだけ

まだ梅雨だというのに、どうしてこうも暑いんだろうか。拭けども拭けども肌を伝ってくる汗に嫌気が差す。拭いきれなかった汗は服に染み込んでいき、肌にぴったりと張り付いて嫌気倍増。空に向かって怒鳴り付けたいところだけど、今は八つ当たりすら億劫だ。それほどの暑さだというのに、隣にいる男は額や頬に大粒の汗をかきながらも、真剣にたこ焼きの生産に勤しんでいる。手際のよさやスピードは変わってないから、体力的にもまだまだ余裕なんだろう。かという私は、運動なんてこれっぽっちもしたことがない身のため、この炎天下(日陰だけど)の中の立ちっぱなしは辛い。どうせやることもないからと、後ろの段差に腰をかけて、働いている東条さんの背中を眺める。

東条さんは、石矢魔高校という有名な不良高校の頂点に君臨している人だ。最近は「元だ、元」と言っているけど、私は彼よりも強い人を見たことがない。まぁ喧嘩をそんなに見たことがないからかもだけど、素人ながらも凄いということだけはよく分かった。だって彼に殴られた人、漫画みたいに吹っ飛んでたし。ひょんなことから知り合って、いつの間にかこうしてバイトな見学をしにくるような仲になった。石矢魔高校の頂点とは言ったが、彼自身は不良とはかけ離れた性格をしている。猫にデレデレする不良なんていてたまるか。


喧嘩のせいか力仕事のせいか、幅は私の二倍はあるんじゃないかと思うくらい大きくて逞しい、圧倒させる背中。でも怖さは全く感じなくて、見てるだけで何だか安心する。それは彼の人間性故なんだろう。凄いなぁ、と感嘆。


暫くボーっと眺めていると、目の前に突然何かがドアップで現れた。思わず体を後ろに倒し、距離をとる。先ほど目の前でたこ焼きの生産に勤しんでいた彼が、喰うか?と出来立てほやほやのたこ焼きを、体格に似合わない笑顔をしながら差し出してきた。いらない、と断った。申し訳ないけど好意だけ受け取らせてもらう。


「何でだ?」
「熱いから」
「そりゃ出来立てだしな。熱いうちがうめぇんじゃねーか」


それは分かってる。東条さんのたこ焼きは絶品で、何度もご馳走になったことがあるし、そして出来立てが一番美味しいことも知ってる。でも、さっきも言ったようにこの炎天下で、ほっくほくの熱いたこ焼きを食べる気にはならない。そんな食欲はないし、寧ろたこ焼きを見て更に食欲が落ちた。喉がカラカラと渇きを訴えてきたから、持っていたペットボトルの中身を煽るように飲む。それでも喉の渇きは癒えないし暑いしで、なんだか投げやりな気分になった。


「あ〜、かき氷食べたい…」
「あれ氷にシロップかけただけのもんだろ。腹膨れねーぞ」
「お腹を満たしたいんじゃなくて、涼みたいんだよ」


そんな食いしん坊みたいなこと言わないでよ。まるで私が食い意地はってるみたいじゃんか。
手を顎にやってん〜、と考えたかと思うと、東条さんはふらりと屋台から離れていった。トイレかなと思い、店番を代わりに勤めてやろうと先程彼が立っていた場所に足を運ぶ。でも、予想以上な暑さに、店番は諦めることになった。無理だ。私があそこに立ってたら数分でぶっ倒れる。そのくらい暑い。どうして彼はあんなに丈夫なんだろうか。男の子だからなのかな。


元の位置に戻って座り、東条さんの帰りを待っていたら案外早く帰ってきた。良かった、と安心していると、彼の手に何かが握られているのに気付いた。それ何、と訪ねる前に投げ渡されたのは、可愛らしいミカンのイラストが載っている缶ジュース。
缶のキンとした冷たさが手に伝わってきて、暑さに参っていた意識が少しだけ冴えた。


「今はこれで我慢してろ」
「…ありがと」


今は、ってことは、後で何かもっと良いものを買ってくるるんだろうか。そう解釈して、後の楽しみに心を踊らせながら、再び作業へと戻った彼の背中を見守った。

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