main2016 | ナノ
▼ グリンパーチと無駄話

彼の変化に気付いたのは一瞬。だが、その「変化」が何であるのかに気付くのに少しばかり時間を要した。
廊下の向かい側から気怠げな足取りで歩いてくるグリンパーチと擦れ違う直前、違和感を感じて足を止めた。突然立ち止まった自分を不思議そうに見下ろす彼を数秒程観察し、違和感の正体が判明した。
目線より少し下にある彼の脇腹に、見慣れない物が存在している。

「それ、どうしたの」

尋ねると、気力のない顔が途端に活気溢れた笑みへと変わる。自分の声に含まれた微かな動揺に気が付いたからだろう。ぐい、と見せつけるかのように目前に突き出された掌は、やはり彼からは見慣れない色だ。というより、彼の肌と明らかに色が異なっている。正に取って付けたその腕は彼の体に浮いていた。
移植自体はさして珍しいことではない。美食會において何かしらの部位を移植しているメンバーは過半数を占め、下半身を馬の胴体へと入れ替えた者までいる。その中で腕の増殖は寧ろ控え目な方だ。だが、どうしても違和感が拭いきれない。此方の内心を知らない彼は愉快そうに説明を始めた。

「これなぁ〜、獲ってきたんだよ。ライバルから」
「…ライバル?」
「そ」

これまた違和感のある言葉だ。周りからの評価を意に介さず適当に生きている彼に、ライバルなどという存在がいるとは。いや、そのライバルとやらの両腕が此処にあるということは、もう過去形になってしまったのか。

「何か能力でもあるの、その腕」
「いや?んなもんねーけど」
「なら何で態々取っつけたのさ。どうせ碌な使い道ないでしょ?」

彼の戦闘スタイルを考えると、腕が二本増えたところで何も変わらないだろう。ストローを持つ手が増えたとしても、そのストローを咥える口は一つだけだ。此方の問いに対し、面倒くさげに頭を掻いて天井を見上げる。

「あ〜…別にいいだろ?邪魔になったら外しゃいいんだしよぉ」
「何か考えがあって移植したわけじゃないのか」
「んな事一々考えんの面倒だろうが」
「普通は考えがあって移植するもんだよ」
「…スターみてぇになってんぞ、名前」
「ありがとう」
「褒めてねーよ」

副料理長の中で最も思考の真面な男に喩えられるのは、他の副料理長にとって貶しだとしても此方にとっては寧ろ名誉だ。

「これはなァ、戦利品なんだよ」

彼の手がぺしりと誰かの腕を叩いた。何かを思い出しているのか、遠い目をしながら言葉を続ける。

「やっとソイツとの決着がついたんだし、記念に何か貰いたくなってな〜。でも死体を漁ってみても良いもんがなーんもねぇから、仕方なくコレを頂いたんだ」
「仕方なくって事は…じゃあ、使えないなと思ったら外すの?」
「おう、ま、そんな事あるはずないけどな〜」
「…?」
「アイツを倒した俺が、アイツの腕を使いこなせないわけねぇだろォ?」

それは理屈として合っているのかどうなのか断言できなかった。只の腕なら否定できたが、グルメ細胞が絡むと途端にややこしくなる。未だに理解しきれていないグルメ細胞の機能は複雑難解だ。

「…戦利品ってさ」
「あ?」
「形見みたいなもんだよね」
「…そうかァ?」

彼がこの腕を付けている限り、ライバルと呼ばれている人物はこの世で生きていると言えるのではないだろうか。少なくとも私にはそう感じられた。名も知らぬ男の存在が死んでから自分の脳に深く根付いていくのだから。


「私が死んだら、私の腕も貰ってくれない?」


一拍おいて、彼は堪えきれないとばかりに吹き出した。それから耳に付く甲高い笑い声を高らかに上げ、廊下中に反響していく。耳を塞ぐ手が意味を成さない程の笑い声。本部中に広がっているんじゃないだろうか。そんなに笑わなくてもいいじゃないか…という呟きは、自分の耳にすら入ってこなかった。

「っおま、お前なア!ヒヒ、ヒ〜ッヒ!ヒッヒッヒ!」
「……」
「ヒヒッ、んな細腕が、俺に付いてたらッ、ヒッヒッヒ〜!可笑しいだろうが!!イッヒヒッ!」
「まあ、そうだけどさ…」

最初から頷くとは思っていなかったけれど、此処まで爆笑されるとも思ってもいなかった。精々「いらね」と素っ気なく断るものだと思っていたら、これだ。未だ腹を抱えている男に文句の一つでも言いたいが、彼の言う事は最もだから反論することも出来ず、ただひくりと引き攣りそうな口角を堪えていた。
……
←back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -