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▼ トミーロッドと夏

空を見上げた。障害物のない空間に何処までも広がっている。隠す雲もなく、ただ真上に太陽が一つ浮かんでいるだけだ。
綺麗、なんて感動は抱くわけがない。文字通り腹の足しにもならない空なんかに感動も何もあったもんじゃない。寧ろ何もなさ過ぎて空虚だと嗤った。これならまだグルメ界の空の方が見ていて面白い。
つまらない。視線を前に戻そうとした。

今年も君の季節がやってきたね。

空から、誰かの声が降ってきたような気がした。




「…ボクの季節ぅ?何言ってんの」
「あれ、夏嫌いなの?」
「季節に好きも嫌いもねーっつうの」
「そうなんだ」

寂しい奴。憐むかのような見下す台詞は、季節同様にボクの心を動かすことはなく、何も残さずに通り過ぎていった。
定期的に訪れては去っていくだけのそれに、一体何を思えというんだろう。百歩譲ってイベントとかなら分かるよ。ハロウィンにかこつけてボギーやバリーを弄るの楽しかったし。でも名前が言っているのは、例えば雪が降っただとか桜が綺麗だとか、そういったものを言っているわけで。んな景色なんざ、移動の邪魔にならなけりゃどーだっていいっての。ボクから言わせてみれば、そんなものにいちいち好きだ嫌いだだのと感情を抱いている方がよっぽど寂しい奴だ。名前に限らず、スタージュンも情緒だとか風流だとかを言い出すが、そんなの知ったこっちゃないし、此処で言い出す方がどうかしてる。
所詮は美食會という組織の中じゃ、少数が正論を喚こうが、多数が挙げる暴論にかき消されて終わり。でも現在、この空間にいるのはボクと名前の二人だけ。1対1の意見のぶつけ合いはメンドくせーことこの上ない。特に、折れるということをしない奴とは。

「てっきり好きだと思ったんだけどなぁ」
「何を根拠にそう思ったのサ」
「夏って虫が沢山いるでしょ。それに活発になるし」
ひくり。平静を保とうとした頬が引き攣った。
確かに蟲使いだけど。ボク自身も甲虫の翅あるけど。でもだからってお前。
「……バカじゃねーの」

ボクを虫と同一視しているのか、ボクが虫好きだとでも思っているのか、はたまた両方なのか。今すぐにでも胸倉引っ掴んで問い詰めてやろうかと力んだ左手を、ひらひらと軽く振った。
バカの言葉を一々真に受けてちゃ痛い目を見ると、身を以て学んでしまったからね。

「そこら辺に飛んでるようなゴミと違って、ボクの虫は周りの気温なんかに左右されないっての。アイスヘルでだって動くことはできたからね。ま、使えなかったケド」
「…ああ、忘れてた。右腕の調子はどう?」
「バッチリだよ。現に君が見ても分からないくらいになってるでしょ?」
「うん。よかったよ」
「…気持ち悪っ」
「えっ」

なに、その声。まるでボクの事心配してたみたいじゃん。
何かが逆撫でされるような、ぞわぞわとした感覚に襲われる。これならまださっきみたいに馬鹿にしたような声の方がましだ。

「今のところグルメフェスまでやることないし、ボクはゆっくりしよっかなー」
「スタージュンとグリンパーチは結構出て行ってるみたいだけど」
「あー、あいつらも働いてるワケじゃないよ。スターは何してるか知らないケド、グリンは腕増やすっつって探しに行ってるだけだし」
「そうですか」
「棒読みじゃねーか。スターだけならまだしも、グリンが働くと思ってんの?」
「彼は結構真面目だよ。ちょっとマイペースなだけで」
「それ猫被ってるだけだヨ」

…猫被ってるグリンって何だよ。自分で言って気持ち悪くなった。
でも実際、グリンはどうも名前の前では真面目に副料理長としての務めを全うしてるフリをしてる。というかアイツのサボりが全部ボクの事になって吹聴されてた。おかげさまでボクの評価とグリンの評価に大きな差があって腹が立つ。
何でそんなことしてるのかは分かんないけど、大方名前に仕事の手伝いさせる為とか料理長に口添えしてもらって説教の緩和を図っているのかだと予想してる。そういえばアルファロ様の食器割っちゃった時に、丁度つまみ食いにやってきたグリンに罪を擦り付けたことがあったから、その仕返しなのかもしれない。知らないケド。

「あーあ、お前のくっだらねー話に付き合ってたら喉乾いてきちゃった。なんか持ってきてー」
「ラムネなら持ってるけど、いる?」

そうカバンから取り出したのは、独特の形をした水色の瓶。上の窄まった所に透明なビー玉が収まっているのが見えた。
実際に目にしたことはないけど、それがどういうものなのかは知っている。

「…何でそんなもん持ってんの?」
「本部に来る前に第六支部に寄ったんだけど、そしたらセドルがくれた」
「駄菓子屋のババアかよ」

そういうの好きそうな奴だけどさ。ガキじゃねーんだからもっとマシなもんを寄越せよな。
面倒くさくて瓶の口を手刀で切り落として、ビー玉を取り出した。何でコレって入ってるんだろ。きっと尋ねたら答えが返ってくるんだろうけど、聞いたところでなぁと考えながら口に含む。安っぽい味だろうと構えていた舌が、炭酸の強い刺激と甘さに驚いて一旦口を離した。
戻した視線の先には腹立つ笑みの名前がいた。

「美味しいでしょ」
「……どっからかっぱらってきたの、これ」
「さあ。グルメタウンに出荷する輸送車か何かでも襲ったんじゃないかな」
「なるほどネ」

あそこじゃ自販機ですらクソ高い飲み物取り扱ってるらしいしね。まったく贅沢なもんだ。ま、いつかは全部ボクらのものになるからいいけど。
それにしても、サイダーなんて飲むの何時振りだろ。あんまり炭酸は好んで飲まないけど、まあ、案外悪くない。

「こういうのも夏の楽しみの一つだと思うんだ」

あと少しで飲み切ろうって時に、その言葉を聞いてしまった。中途半端に中身が入った瓶を名前に押し付ける。押し返されるかと思ったそれは、意外と素直に受け取っていた。

「ま〜たその話に戻るワケぇ?」
「スイカとかアイスとか、夏の暑い時期に食べると美味しさが引き立つし、夏を味わっているような気持ちにならない?」
「旨いものはいつ食べたって旨いだろ。食べ頃は関係あるかもしれないけどサ」
「シチュエーションも大事なんだよ」
「ボクには分からなくていい感覚だね」
「もったいないなぁ」

トミーロッドは夏が似合うと思うのに。


それが名前の最後の言葉。
死んだわけじゃない。ただ特別会う予定もないし、名前はGTロボの作製とかで忙しくて本部で見かけなくなっただけ。くたばったかなと思った頃にジョージョーの話で生きてることを知る程度。
あれから1年経ったんだ。
そう理解しても、時間の経過を認識するだけで、やっぱり何の感情も湧かなかった。


でも、様子見ついでに労わってやってもいいかもしれない。








(やった、アイスだ。わざわざ買ってきたの?)
(んなわけないジャン。ボギーに買いにいかせたよ)


……
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