main2016 | ナノ
▼ トミーロッドという男

彼は自身の欲求と思考には素直な癖に、自身の事となるととんと無頓着である。怪我をしても気にせず目の前の獲物に飛びかかる姿はまるで獣だ。いや、まだ獣の方がましなのかもしれない。なんにせよ、彼は自身に気をかけるのは、例えば右腕が一本なくなったとか、腹に穴があいたとか、そういった余程の時だけだ。それが当然だといった態度をとる彼は、まるで此方が間違っているかのように紅く色付いた唇を歪めて嘲笑う。

トミーロッドは誕生日を知らない。そもそも何処で生まれ何処で育ったのかも覚えておらず、当然名乗る名前は誰かから貰ったものではないと、彼は気にすることなく笑いながらその事実を語ったが、尋ねた此方はとてもじゃないが笑う気にはなれなかった。


「お前って変なことを気にするよね」
「変でしょうか」
「変だヨ。んなこと気にしてどーすんのさ?何かが変わるわけでもないってのに」


マグカップを包む両手に力が入る。無言による肯定と不服の意思を示すと、トミーロッドは視界に入れようともせず雑誌をペラペラと捲る。さして興味のなさそうな顔をしているのが分かり、何か他の本を探しましょうかと尋ねると、此方を一瞥して「お前はこれ読んでたんでしょ」と、それだけ言って直にまたつまらなそうな視線を雑誌に戻した。
こうなっては、何を言っても意味がない。
諦めて、手元のマグカップに視線を落とす。鼻を擽るココアの香りに仄かに混じる甘ったるい香りは、トミーロッドが数時間前に採ってきた蜂蜜だ。突然部屋に押しかけてご機嫌な笑みで差し出してきた瓶の中で煌めく琥珀色の液体は、一口味見をした瞬間驚きで思わず瓶を落としてしまいそうになる程の美味しさだった。慌てて瓶を握り直す自分を、彼は笑いながら横を通り過ぎていきソファーに腰を下ろして勝手に寛ぎ始めたが、決して突然のプレゼントに対する説明はしようとしなかった。

気分の振れ幅が激しいトミーロッドは、今日はどうも、不気味なほどにご機嫌であるようだ。



「やっぱツマンネ」


ばさり、と乾いた音に顔を上げると、彼の手にあったはずの雑誌が床に落ちているのが目に入った。破られなかっただけマシかと思いつつ、すみませんと謝罪を口にした。


「名前」
「なんでしょう」
「お前はボクがおかしいって思ってるんでしょ」
「…そんなことは、」
「ボクからしてみればお前のがおかしいよ」


彼がソファーから立ち上がり、一歩此方に近付いた。そして床に投げ捨てられた雑誌を指差して、嗤う。


「いつ生まれただとか、そんなの考えたって意味ないじゃん。その雑誌に書かれてた星占いとかに信憑性があると本気で思ってんの?」


その言葉に、反射的に顔を顰める。そういえば星座関連のページにドッグイアをしていた気がする。興味もない雑誌をめくっていたのはこれが目的だったのかと、ページの端を折り曲げた過去の行いに小さな後悔が生まれた。


「…信じてはいませんよ」
「でも興味あるってことは、少しは信じてんだろう?じゃなきゃ嘘っぱちのくっだらねー占いなんて見ないしネ」


手からひょいとマグカップが奪われる。あ、と思うよりも先にコップを傾けて中身が全て飲み干されていった。投げ捨てるかのように置かれたマグカップには、溶け残ったココアの残骸がへばりついているのがちらりと見えた。勿体ないと気をやる余裕はなく、顎に手をかけられ上を向かされる。

「んなどーでもいいコト考えてる暇があるなら、ボクと楽しいコトしよーよ」

近付いてくる顔を、目を瞑って受け止めた。



自身のルーツを、もし望んで捨てたというのなら自分も気にすることはない。しかし彼は違うのだ。最初から捨てられるルーツがなく、だからといって探すこともしない。自分に関する情報に価値を見出せない彼にとって、誕生日も生まれ育った地も、名前すらどうでもいいことなのかもしれない。
もし何かしらのきっかけで彼が「彼」を捨てることになってしまっても、彼は気にすることなく生きるのだろう。美食會も名前も過去もひっくるめて捨てられて、いつかは記憶の其処へ追いやられて思い出されることもなくなってしまう。
それが彼らしいといえばそうだが、それでは寂しいではないか。

「トミーロッド様」


だって、こうして自分が名前を呼んだことすら忘れ去られるのだから。



……
←back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -