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▼ 副料理長ズによるロシアンルーレット

スリルが欲しい。


一人言かと聞き流した言葉は自分に向けられたものらしく、再度同じ言葉が横から聞こえた。目的もなく空を飛ぶジャックエレファントの背中の上にいるのは自分と、飼い主だけだ。

「…スリル?」

横で寝そべっている上司であるグリンパーチを見やると、顔は空に向けられているものの六つの複眼は確実に此方を見ていた。

「だってよ〜、暇じゃね?なんかこう、刺激的なことがやりてぇのよ」

愛用しているストローを曲げたり伸ばしたりと弄る姿はいつも以上にやる気が感じられない。自分は暇な事は寧ろ歓迎するのだが、グリンパーチにとって暇程有難くないものはないようだ。ならばグルメ界にでも行ってくればいい。そう提案するとそういう事じゃないと切り捨てられた。
流石の美食會副料理長であっても、グルメ界はひょいひょいと足を踏み入れたい場所ではないようだ。避けたいのはグルメ界の過酷な環境や屈強な猛獣というよりも、そこらを監視しているIGO第0ビオトープの連中かもしれないが。

「お前何か思いつかねぇ?」
「副料理長様がスリルを味わえるような事と言ったら、ボスへ献上する食事を摘まみ食いするって事くらいしか思いつかないんだけど」
「それ下手すりゃ半殺しにされるじゃねぇか。んな物騒なもんじゃなくてよぉ〜、楽しめるようなヤツぅ?ガチのスリルはいらねぇんだ、ちょっとした遊びでいい」

適当に流してしまえればよかったのだが、弄っていたストローの先がいつの間にか此方に向けられていては考える他ない。もし彼の望む答えが出なかった場合、彼の暇潰しの道具となるのはこの体だ。

「…あ、一つ思いついた」
「おっ」
「確か部屋に種があったような…本部に戻ろう」
「オッケ〜!ヒッヒッ、ほら、本部に向かうぞ」

グリンがジャックの背中を強めに叩くと、軌道が代わり本部へと向かっていく。

…暇なら今朝スタージュンに押し付けた任務をやりにいけばいいのでは。

今更ながらに浮かんだ提案は唾と共に飲み込んだ。





「そんな訳で用意したものが此方になります」

手が示す先にあるのは、陶器の皿に盛り付けられた二十粒の青い実。
その皿が置かれた机を囲むように立っているのが三人の副料理長と一人の副料理長補佐、計四名。任務を終わらせてきたばかりからかスタージュンは珍しく仮面を外しており、表情が分かり易い。皿を一瞥すると眉を顰め、此方に向き直る。

「名前。何だこれは」
「ギャンブルベリー。手っ取り早くスリルがえられるのはコレかなって」

味は絶品なこの果物は、十個の実のうち一つだけ致死量の猛毒を持っている。現在は食すことを禁じられていて、中々に珍しい食材でもある。少し前に何かに使えるかもと種をパクっておいたのだが、まさかこんな事に使う事になろうとは。
以前はこの猛毒の実を引くまで食べ続けるというゲームがあったらしく、今回はそのゲームを真似てみようと思い立ったわけだ。人数で割り切れるよう態々二房持ってきた。

「ギャンブルベリーのロシアンルーレットは洒落にならないだろう」
「え、スタージュンはギャンブルベリーの毒効くの?」

確かに常人が食せば五分で死に至る猛毒だが、最早人間を卒業したような彼等では精々五分程舌が痺れるくらいだろう。

「効かないが、好んで食べるものではない」
「いいじゃん。要はアタリを引けば良いって事でしょ?ボクやるー」
「違ぇよ、『アタリ』を引いたら駄目なんだっつーの」

スタージュンはいまいち乗り気ではなさそうだ。こういったおふざけは好まない性格だからだろうと考えていた時に横から小さく「あいつ運ねーから嫌がってんだよ」と耳打ちされる。そういえば以前そんな事を言っていたような。成る程。彼が恐れているのは毒自体ではなく、毒を引き当ててしまう事か。



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