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▼ ジョアの戯れ

首元に鋭く冷たいものが押し付けられる。何ですか、と声をかけても、それに対する返事はない。目線だけを下に向けると、黒い手袋をした手に包丁が握られているのが視界の端で僅かに捉えられた。それがどんな包丁なのかまでは確認することはできないけれど、恐らく彼の愛用する「シンデレラ」だろう。一種の芸術作品と言っても過言ではないまでに美しい包丁は、人間相手に使うにはあまりにも上等過ぎる。それも私のような犯罪者に対してなら尚更だ。それならばそこら辺の刃渡りの錆びたナイフのほうがお誂え向きに感じる。あくまで私の感性であり、目の前の人物の考えとは異なるかもしれないが。
殺す気なのか、それとも単にテイスティングしたいのか。それとも別の理由か。残念ながら私には分からない。ただ、向けられた刃から逃れる気にはならなかった。



どれ程、その包丁が自分の首を切り裂くのを待っていただろうか。目の前の人物が動かしたのは、包丁を握っている手ではなく、口だった。





「……反応が薄いですね」




蛇のように大きく光る眼が少しだけ細くなった。そこからは何の真意も読めない。
これは只の戯れなのだろうか?そうだとしたら、私の反応はさぞかしつまらないモノだっただろう。期待に添えられず、少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「申し訳ない、リアクションに困ってしまって」
「少しくらいは驚いてほしかったのですがね」


そう言いつつも、失望の色は何処にも見当たらないように感じるが。
包丁は尚もその位置から動こうとしない。


「…包丁、退けないの?」
「退けてほしいですか?」
「何か意味があるのなら、このままでも別に」
「意味、ですか」


理由ならありますよ。
鋭い感触が首元にめり込まれた。皮膚が僅かに切れたのか、冷たいモノが首筋をゆっくりとなぞっていく。


「名前。私はね、貴女の味を変えてみたいのですよ」



その言葉が、ねっとりと体に纏わりついた。ぞわぞわと悪寒が背中をかける。それでも包丁から逃げずに彼の目を見据えた。張り付いた笑みが、より一層不気味に歪んだ。


「楽しそうだと思いませんか?自分好みの味に変えるだなんて。それも身近な相手なら尚更変化を楽しめそうですし」


何度もしてきたことがあるというのに、何故こうも嬉々としているのか。快楽殺人鬼のように、人の味を変えることに味を占めてしまったのか。そうだとしても、些か人選ミスだと思わずにはいられないが。私なんぞの味を変えたとして、果たして彼が望むような楽しみが得られるものだろうか。まあ、口出しをするつもりはないけれど。


「ジョア、貴方がそうしたいのなら、好きにすればいい。私は拒まない」
「貴女ならそう言ってくださると思いました」


整った唇が、大きく綺麗な弧を描いた。だが、その嬉しそうな声色とは裏腹に、首筋から冷たい感触が失せ、彼の愛用である包丁は胸元に収められた。


「……やらないの?」
「したいのは山々なのですが……」


さも残念だとでも言いたげな、芝居がかった口調と身振り。



「私は『今』の貴女も気に入っているのですよ」



先程切られた傷口に、指が這わされる。僅かに痛みが走った。



「好みの味に変えたい。いえ、貴女の味を自分の手によって変えたい。ですが、そうなると『今』の味の良さが失われてしまいます。そう考えてしまうと迂闊に手を加えたくないのですよ。一度調理してしまった食材は、どう足掻いても元には戻せませんからね」


貴女が二人いれば良かったのに、と続けて漏らした。その言葉が冗談に聞こえないのが彼の恐ろしい所だ。NEOにどれほどの技術があるのか、流石に全ては把握していないが、もしかしたら本当に私を一人増やすことも可能なのでは、と考えてしまう。流石にそれは遠慮したいものだ。


「素敵な素材ですよ、貴女は」
「……褒められている、と受け取ってもよろしいでしょうか?」
「好きなように捉えて構いませんよ」



正直喜べる内容ではなかったが、形式上の礼だけは伝えておくことにした。
……
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