『一緒に旅をしよう』


昼下がりの休日。手持無沙汰になんとなく付けているテレビからそう聞こえた。
夕暮れの土手でヒロインの女に向かって、ヒーローの男がはいたセリフ。

「くっさ…」
そんな感想が思わず口をついて出た。
彼なら絶対に口にしない言葉だなぁ、と自然に連想された。そんな姿を万が一にも想像しようものなら、少し面白いどころの話ではない。
わかる、わかるよ。このヒーローは、「旅行に行こう」とか、そんな物理的な意味でこのセリフを言ってるわけじゃない。きっと「これから一緒に歩んでくれないか」みたいな、告白的な意味を持ってヒロインに想いを告げている。
そういえば、『人生は旅である』とか、よくいうっけ。本はあまり読まない私でも知っている有名な言葉。だから、彼なら確実に知ってるな。
世の中には、上手いことを言う人がいたもんね。それなら、私たちの旅路はどんな風に映ってきたのかな?…って…いかんいかん、キャラじゃないわ。

そんなことを悶々と考えながら、淹れてから一度も口を付けていないことに気付いた冷めたコーヒーを飲む。

別に平気だと思ってたけど、こんな柄でもないことを考えるなんて、やっぱり私寂しいのだろうか。一人の休日はなにか足りない気がするなあ。お休みは好きだけど、暇は好きじゃない。
「…もう忍具も拭き飽きたわ」

彼、ネジは今、長期任務でしばらく家にいない。


【アンドロメダ】






「お前は勝てない、絶対にだ」

少年が、くそー!という叫び声と同時に地面にドサッと倒れた。
「やりすぎたか、すまない」
ネジがそう言い駆け寄るも、少年の目は既に渦巻きになっており、聞こえていない様子だ。

私とネジ。二人で修業をしていたら、近くにいたアカデミー生の少年に「一度対戦してほしい」と声をかけられた。一度ネジは断ったけど、「逃げるのか!日向一族のネジもそんなもんか!」と生意気な少年に煽られ、それにピクリときたネジが、「やれやれ」と挑発に乗ってあげた…っと。状況説明はこんなものだろうか。

「ネジ、子供相手にやりすぎよ」
「少し熱くなってしまってな」
「どうせ‘昔のナルトみたいだ’とか思ったんでしょ」
「ご名答だ」
「もう」

少しはにかみながらそう答えるネジは、少し嬉しそう。と、言っても常人にはわからないくらいのレベルの小さな微笑だけど。きっと、うちのチームメイト一同にしか判別がつかないくらいの。

「本当にナルト信者なんだから」

中忍試験でナルトに負け、ネジは確実に変わった。前みたいに運命運命言わなくなったし、『未来は自分で変えられる』って感じに考えるようになった。それから数年経って、大人に近づいてきて、性格もだいぶ丸くなったと思う。だってネジ、昔は尖ったナイフみたいだったもんね。

「威勢のいい奴は嫌いじゃない」

ネジ、あなたも昔は、だいぶ威勢のいい悪役ポジションだったわよ…そんなツッコミが思わず喉元まで出て来たけど、言わないでおいてあげるね。





「ねぇ、そういえばさ」
「なんだ?」

修行の帰り道にある甘味処で、私だけゴマ団子を頬張るいつもの風景。私は、思いだしたことを不意に彼に投げかけた。

「私たち、事実婚って言われてるの知ってる?」
「ブッ!!!」

ネジは驚いて、飲んでいたお茶を吹き出しかけている。ゴメンナサイ。

「急に何を言うかと思えば…」
「うーん、だってね、いつプロポーズしてくれるのかなって」

私は冗談ぽく訊いてみせる。

先日、サクラといのと女子会をしたときのことである。その時に恋愛の話になり、私たちの話になり、将来の話になった。女子会っぽいよね。
‘もう長年付き合ってるし、いつ結婚してもおかしくないよね、っていうか、もはや今流行りの事実婚てやつなんじゃない?’って、酔ったいのが笑いながら言っていた。と、いうことがあったと説明すると、ネジは目を細め嫌悪の表情を浮かべた。

「アイツはまた勝手なことを…」

「あ、別に急かしてるわけじゃないのよ。ただ、単純な疑問として。そーなのかなーって」
「…違うと信じたいな」
「えーそれ、いい意味?悪い意味?」
「前者で受け取ったらいいんじゃないか」
「なにそれ、期待していいの?」
「さぁな」

いつもは論理的で確信的な話し方をするくせに、こういうときだけ曖昧な返事でからかう。
そんなところも嫌いじゃないし、このだらだらとした掛け合いも、私たちにとってはとても愛おしいもので、私は彼とのこんな時間が大好きだ。

「私たちこれからもずっと一緒にいたら、一生幸せだと思う?」
「…たぶんな」
「ちょっと。答えの確信度低くない?‘間違いないさ’とかいうところじゃないの」

彼は意地悪な微笑を一瞬浮かべたと思うと、フッと真面目な表情になる。
少し声を低くしてこう言った。

「いずれ、ちゃんと云う」







「あれ…」

窓から射す日没の光に照らされて目が覚める。どのくらい時間が経っただろうか。いつの間にか寝てしまったらしい。
しかし、とっても記憶が忠実に再現された夢だったなあ。懐かしい。

ネジと甘味処でそんな会話をして、確かそれから数ヶ月後に、本当にプロポ…云われて、ヒアシさんにも挨拶に行って、目まぐるしく事が進んだっけ。
その時の事は…だめだ。思い出すだけで顔から火が出そうだから、いまは封印しておこう。

後から聞いた話、私が事実婚がどうとか訊いた時には、既にネジは色々準備をしてくれていたらしい。一族のこととかね。
大変だっただろうに、本当にそういうの表に出さないんだから。スマートすぎるのよ、あの天才は。なんか悔しいよね、いつも。

「…ばーか」
誰もいない虚空におもむろに嘆いた小さな嘆き。の、つもりだったのに、虚空ではなかったみたい。部屋の後ろから聞きなれた声がした。

「誰がばかだ」
「わっ!びっくりした!」

今まで私の夢の中にいた彼、そして長い間この家には無かった姿がそこにはあった。

「え、本物?」
「人を幽霊みたいに言うな…」

思ったよりも任務の遂行が順調に行き、予定よりも一週間程早く帰宅することができたんだ、そう彼は私に説明してくれた。

「なんで気配消して帰ってくるのよ、こわいでしょ」
「すまん…任務の癖でつい」
「さて問題です。あなたはどのくらいいなかったでしょう」
「んんと…三か月くら…」

「おかえりなさい!」

ネジがそう言いかけたと同時に、私は床をはねてそのまま、彼に思いっきり抱きつく。

「っと…急にどうした」
「つまりね、寂しかった」
「どうした、今日はやけに素直だな」
「別にー」

ネジは持っていた荷物を下に置いて、私をぎゅっと抱きしめ返してくれた。この数カ月でまた逞しくなった手で、頭をポンポンと撫でてくれる。聞き慣れた低い声がとても心地よく感じて、あぁ、私も女の子だったんだなーと思える瞬間。

「今日は休みだったのか。なにしてたんだ?」
「ドリームトラベル」
「は?」

ふふ、意味わからないよね。と返すと、彼は不思議そうに困惑した表情を浮かべている。


「ねぇネジ」


「私と結婚して良かった?」


きっと彼は今、確信的なセリフで答えてくれるだろう。
それならば、彼の手を取った私も きっと正しい。

そんな私たちの「人生という旅路」はきっと、これからも幸せに続いていくのだ。



うん、間違いない。


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