ネジは激怒した。

何に対してかは良く分からない。自分で自分のことは誰よりも理解し、分かっているつもりだったし、自己分析は得意な方だと自負している。しかし今度ばかりは自分が何に腹を立てているのかが分からない。

「くそ…」

苛々した面持ちのまま演習場の切り株に座り込む。
こういう時は瞑想するに限るのだ、と眉間に皺を寄せたまま目を閉じれば緑の風景は消えうせ漆黒の中に身を投じる。すると脳裏に否応なしに先程、街中で見かけた光景がフラッシュバックしてきたのだ。

テンテンは笑っていた。楽しそうに。話をしていた相手は、確か中忍の男で、前に俺とテンテンと一緒にチームで任務に出たことがあった人物だった。その二人は花屋の前で楽しげに話しをしていて、そして少しの後、男はその花屋で数本の花を買うとそれをそのままテンテンに差し出したのだ。テンテンは少し驚いてその目を丸くさせたが直ぐ破顔してそのままそれを嬉しそうに受け取ったではないか。何だ、それは。どうしてそうなる。…あいつらは付き合っているのだろうか。そんな話、聞いたこともないが。しかし昼間、人の多い繁華街で公然とそんなやり取りをするくらいだ。そうなのかもしれない。

「…」

ここで自分が全く瞑想できていないことに気付く。
そして目を伏せて考えては見たものの、やはり自分が何に対して怒りを覚えているのは見えてこない。先程あったのはこれだけだ。チームメイトが知り合いの男から花を贈られ喜ばしそうに受け取っていた。以上だ。その光景を見てから俺は苛々と始めたのだ。考えれば考える程、別に俺が腹を立てることなどひとつもないではないか。むしろ俺は完全に関係のない人物で蚊帳の外。…もしかして俺はそれが気に食わないというのだろうか。いやいや、いくら仲間だろうがテンテンが俺の与り知らぬところで何をしていようとも関係のないことだ。親兄弟じゃあないのだから。では何が気に食わないのだろう。

「ネジ!こんなところにいた」
「!」

思考の迷路を切り裂くようにひとつの声。
目を開けて声のした方を見ればやはりその人物、テンテンだった。

「もう、探した!」
「…何か、用か」
「なっ」

率直に用事を尋ねるとテンテンは何故か眉をピクリと吊り上げた。

「何か用か、なんて随分ご挨拶じゃない?」
「?」
「乙女心の分からないネジ君のために主賓の私がわざわざ祝われに来てあげたっていうのに」
「主賓…?」

祝う?何を言っているんだこいつは…そう首を傾げるとテンテンは呆れたように「はあ〜」と溜息をついて額を抑えた。何なんだ…と俺も眉間に皺を寄せていると、ふと視界に先程の花が目に入ってきた。

「…その花」
「え?」
「その左手に持ってる、それだ」
「ああ、これね。綺麗でしょ」
「あの男とは仲がいいのか」
「へ」

…もっと聞き方があったんじゃないかと我ながら思った。が、時、既に遅し。ポカンと面をくらったように口を開けるテンテン。

「これ貰ってるの、見てたの?」
「…」
「それで、不機嫌なの?」

答えを返していないのに質問を重ねてくるテンテン。いよいよ何も言えずに口を噤んでいると、テンテンは何故か「ぷッ」と笑い出し、見る見るうちに上機嫌になる。

「意味わかんななあ、もう」
「…何で笑う」
「ネジが分けわかんないから!」
「分からないのはこっちなんだが…」
「まったくもう…って、ちょっと待って。じゃあ私がこの花をプレゼントされるところを見てたのに、何で私がネジに会いに来たか、今日が何の日かも分からないってわけ?」
「何を…」

今日が何の日か…?何かあっただろうか、と改めて今日の日付を頭に浮かべて数秒。ハッと冷や水を被ったように思い出した。目の前の人物の誕生日を、思い出したのだ。

「…」
「どうやら漸く思い出したみたいね!」

だからか。花を貰っていたのは。上機嫌だったのは。…ん?でも待てよ。じゃあどうしてそんな日にあえて俺に会いに来る必要があるんだ。

「ネジは私が喜ぶプレゼントなんて思いつけないと思って。私優しいから何が欲しいか一緒に選んであげようと思ってね」
「それを自分で言う奴がいるか」
「ここにね」
「…」
「本当はさっきの彼に食事に誘われたの」
「な…」
「でも断っちゃった」

何故、そう聞こうとした俺にテンテンは満足げに笑う。

「一緒に過ごしたい人がいるからって」

予定はないんだけどね。これからでもいいからスケジュールに組み込んでもらえない?

そう訊ねてきたテンテンは、結局俺に何をせがむでもなく、ただ一緒に食事をしていつもの様に忍具を見て手合わせをして。しかし帰りがけ、夕焼けに暮れる帰り道で呼び止め、「おめでとう」と口にしたら彼女は、自惚れでなければ今日一番嬉しそうに頬を染めて笑ったのだった。
結局俺は何に腹を立てていたのだろうか。まあ、今となってはどうでも良いことだけれど。

20160309
- ナノ -