一緒に旅をしよう。

商店街の一角、小さな電器屋のショーウィンドウに小さなポスターが貼ってあった。
いつから貼ってあるのか分からないほど。おそらく浜辺の写真なのだろうが薄汚れて、海も砂浜もキャッチコピーの文字も同じ色をしていた。
何度も通っていたはずなのに今まで気にも留めなかったポスター。よくよく考えたら何故電器屋に旅行会社のポスターが貼ってあるのか、何の目的があるのか、考えれば考えるほど場違いなポスターでつい笑ってしまった。


「海か」


隣にいたネジが、自分が足を止めたことに気が付いて少し前から引き返してきた。彼もガラスに張り付いた黄色い紙切れを見ながら首を傾げている。


「いいな」


思ってもみない言葉だった。


「え?」
「海に行きたい」
「どうしたの」
「……悪いか?」
「ううん、いや、なんか」


ネジは山の方が好きなのかと思って。
咄嗟に出たセリフがこれである。もっと言うべきことはあるだろう。でも彼は自分の返事ににやりと笑って「山は見飽きた」と言い放った。


「じゃあ行こうよ」
「今から?」
「夜には帰ってこられるでしょ」
「弾丸ツアーだな」
「見るだけだもん。散歩よ散歩」


運よく2人共二日間の休みを貰っていた。
時間はたっぷりあるのだ。行って帰ってくる。春の海を見に行くだけというのも、なかなか乙なものではないか。


「お前は海の方が好きそうだな」
「残念。私は山派なの」


じゃあ次は山に行くか、なんて会話をしながら。
世界は知らないことで溢れている。それをひとつひとつ拾っていけば、視界がもっと明るくなる。風が暖かい。空は薄らと筆で撫でたような色をしている。思い切り青い空気を吸い込んで、季節の始まりを感じた。

まだ茶色の多い山々の間から小さく切り取った三角形の海が、きらきらと光っているのが見えるような気がした。


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