ネジは激怒した。

おそらくだが、あれは“激怒”していたに違いない。
彼の怒りのレベルには段階がある。傍から見れば全て同じような表情や態度に思えるかもしれないが、自分からすればそれは試験管のようなもので、小さな目盛に沿って彼の怒りが見えるようだった。

久しぶりに湯船に浸かりながら今日を反芻していた。
ぶくぶくと疲れが砂のように水の底に沈んではゆっくりと体を沈めていった。瞼が重い。このまま眠れたらどんなにいいか。そう吐き出したため息は、湯気の間を縫って湿った空気に反響して消えた。


上忍と中忍の1週間の合同任務が終わり、明日からはガイ班での任務だった。
4人の予定がなかなか合わない中でこまめに連絡を取り合い、資料を集め、確認を繰り返しては最小限の時間で簡潔に確認が取り合えるようにと備えていた。
ネジは上忍になって初のガイ班での任務、自分とリーも中忍になりたてで、まだ目立った任務を割り当てられているわけではなかった。ガイ先生はそんな自分達を心配してくれていたのか、あまり負担のないようにと忙しい中で中心になって動いてくれていた。
3日間という短い日程での任務の予定だったが、火の国の政治家の護衛任務というなかなかにリスクの高い内容だったため入念な打ち合わせが必要だった。


「私今日誕生日なの」
「そうか」
「……え、それだけ?」


毎日毎日修行だ任務だとチームメイトと一緒にいると、誰かしらと誕生日を一緒に過ごすことになる。
去年はガイ先生が夕飯を奢ってくれた。その前はリーとネジが2人で選んだと言って欲しかった忍具をくれた。


「肉まんでも奢ってやろうか」
「いや、そういうことじゃ……」


自分が物欲しそうな顔をしていたのか、ネジはそういうと手元の書類に目を落とした。
ああ、タイミングが悪かった。長年一緒にいて、自分の誕生日に浮かれて彼のことを考えていなかった。

彼は機嫌が悪いと口数が少なくなる。
最初はこちらの問い掛けに答える。次は無言で頷く程度。話し掛けても返事をしてくれない。最終的には相手がそこにいないように振る舞う。それがあまりにも自然だから相手は逆にネジにではなくその向こう側にいる相手に話し掛けるように見えるのだ。
リーの声が大きいのは、ネジになんとしても返事をしてもらおうとした結果でもある。


とんだ誕生日になった。
明日からの任務が大事だ。それは分かる。でもなんだか恥ずかしい。勘違いで大失敗をした気分。
自分で自分の誕生日の話をすることなんて、この班ででしかできなかった。こう見えて相手は選ぶ性格なのだ。


その後は特に会話もなく、おかげで滞りなく書類もまとまり「明日の7時に正門集合で」と言って別れた。
言ったのは私で、ネジは軽く頷いてすたすたと待機所を後にした。
結局肉まんは奢ってくれず、仕方なく自分で買って帰った。なんて寂しい誕生日だ。


「いいわよ。明日の任務で結果出してやるから」


風呂場に響いた声はやけに澄んで聞こえる。ぼわんと跳ね返って自分の耳に届いた。
「はあ」と声に出す。長風呂はそんなに好きではなかったが、今はずっと湯船に浸かっていたい気分だ。しかも今まで気付かなかったがこうやって声に出すと気持ちがいい。歌でも歌ったらすっきりするかもしれない。


「ネジの馬鹿!大馬鹿ー!」


ひたすら叫んでみると案外体が軽くなった。これはいいストレス解消法かもしれない。極め付けに狭い浴槽に沈んで天井を眺める。ああ、狭い。脚を折らなければ頭まで沈めない。温かい水が目に触って、ゆらゆらと小さな天井を揺らしていた。


「はあ」と息を吸う声は、さっきの溜息とは違う音だった。風呂から出たら明日の用意をしよう。誕生日なんてまた1年後にやってくる。その時祝ってくれる人がいればいいなと思っていると、家のインターホンが鳴った。


「テンテン、ご機嫌ですね」


ドアを開けるとガイ先生とリーがにやにやして立っていた。2人に隠れるようにネジが立っている。


「ごめん、いつから?」
「15分くらいか?」
「嘘!全然聞こえなかった」
「風呂場を防音にするべきだ」
「それは自業自得です、ネジ」


髪はびしょ濡れで急いで着た部屋着に水が滴る。まだ風が冷たい。


「テンテン、誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます!」


風呂場での大絶叫を聞かれていたこと、頭がずぶ濡れなこと、風が冷たいことが重なって顔が赤くなるのが分かった。


「おめでとう」
「馬っ鹿じゃないの」
「え?」


サプライズだったのだと気付いた時には玄関のドアが全開なことも忘れてネジに叫んでいた。馬鹿!芝居が下手すぎよ!!

ネジが買ってきた肉まんはほかほかだった。
私はできたてが一番好きなのをよく分かってる。これでまた1年、この日を楽しみに頑張れそうだ。

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