intuition

見ぬ振りをしようと思えば出来た。

中学を卒業してから影山を見るのは、あの練習試合振りだった
友達でもなかったし仲良くもなかった
だから高校に行ってからの影山とは連絡を取った事はない
取りたいとも思った事もない
「影山」
思わず、見掛けた相手の名前を口に出してしまった
でも自分は全然悪くない
バレーにしか興味のない影山がこんな所にいるのが悪い
ここは黄色の背景に黒のロゴの看板、生活雑貨を扱うチェーンストアだ
スポーツショップで影山を見掛けても決して驚かない
目付きの悪いそいつが棚を挟んで立っていた事がそもそもの原因
名前を呼ばれたそいつは驚いた様に顔を上げ、俺を認識すると眉間に皺を寄せた
自分達は完全に棚から顔が出ているが影山の隣にオレンジの毛先が少しだけ見える
俺を認識した影山は直ぐ様、そのオレンジを鷲掴みにして上から押さえ付ける
棚の影に隠そうとでもしているようだ
「びゃっ!!?」
棚の最下に陳列してある整髪料の棚を見るためにしゃがんでいた金田一が妙な音に立ち上がる
「あ…影山?」
「…。」
影山は無言で俺と金田一を睨み付けてる
ひょこっと予想通りの顔が飛び出す、あの5番だ
ジャンプしたんだろうか直ぐに棚に隠れてしまう
「あっ!らっきょヘッド!!」
「うっせぇ!黙ってろ!!」
影山が怒鳴るのと同時に
ガツッ。
と鈍い音がしてオレンジの髪がが見えなくなった
「お前ら何してんだ?」
棚を回り込んで2人に駆け寄る金田一の後に俺は続く
影山は拳を握ったままで、隣には5番は頭を抱えてしゃがみこんでる
影山達の見ていた棚はハンドクリームが陳列していた
バレーと手荒れは切っても切れない縁だからな、と納得した
まだ痛みがあるのか5番は頭を擦りながら復活して、金田一に話しかける
「なぁなぁ、ら…お前はハンドクリーム何使ってんの?」
「は…俺は普通にユースキンだけど」
「お前は?」
馴れ馴れしくも俺にも問いかけてきた
「レザレ。5番、お前は?」
「…碁盤?俺はフロレナ!」
金田一も俺もピンとこなかった
思わず、顔を見合わせた
「あ…えっとねー、コレ!!」
棚からカモミールが描かれたチューブにピンクのキャップのハンドクリームを手にとって俺たちに見せる
可愛らしいそのパッケージを黙って見つめていると影山がフォローした
「…こいつ、母親が使ってんの貰ったらしい」
「めちゃくちゃいい香りなんだぞ!」
目の前でブンブン振り回してるそのチューブには「サンプル」とシールが貼られていた
チューブを受取って、キャップをあける
確かに香りはいいが…
正直、男子高校生ではなく女子高生に使って貰いたい
「影山、まさかそれ買いに来たのかよ」
「なんだ、悪いか?」
金田一が顔を歪める
影山が使うんだと思ったんだ
俺も金田一と並んで眉を顰める
「てめーら!なんだ、その顔!!俺んじゃねーぞ、ボゲェ!」
「おばさん、すげーこの香り気に入ってんだって!」
影山の家に行った際に影山の母親が気に入ったから買って来てと頼まれたと5番が説明してくれた
俺は影山の家の話なんてこれっぽちも興味なかったんだけど
身振り手振りで話す様は少しだけ面白くて、話を聞きていた
影山は終始、居心地悪そうにそわそわしている
「…日向、そろそろ行くぞ」

ドス。

日向と呼ばれた5番の背中に影山が拳をめり込ませていた
「つ、っ…ぐぅ!」
背中がピンッと反り小刻みに震えている
わかった!と言って健気に影山の後を追う姿が更に痛々しい
自分より頭1つ分小さく華奢なその身体を影山はガンガン殴っているのを見るとなんだか気分が悪い
別れの挨拶などなく影山と5番が去っていく背中をただ黙って見ていた
「…金田一、ワックスさっさっと決めて買って来いよ。」
今日は午後練だから、こんな所でチンタラしていたら昼を食い損う羽目になりかねない
遅刻なんてしたらコーチの溝口さんは口喧しいだろう

◆ ◆ ◆

部活が終り、帰り道を行くと午前中会った人物が前方から自転車に乗り現れた
「あ。らっきょヘッドの友達!!」
距離が近付いてくるとこちらを指差し叫び出した
「〜の友達」って呼び方はないだろう…と思ったけど、俺もこいつの事「5番」と呼んでるからあまり大差ない訳だ
俺の横に自転車を止めたこいつを影山はなんて呼んでたっけ…
「日向、だよな?」
「あ、うん!俺、日向翔陽!」
「ふーん。影山んちの帰り?」
日向が自転車を漕いで来た方向は影山の家の方向だと知っていた
「え?なんで、わかんの!?」
少し見上げてくる姿勢で日向は首を傾げる
傾けた首には痣の様なものが見える
「俺、影山と同じ中学だったから家の方向くらい分かるよ」
「あ、そっか!なぁ、お前名前なんてーの?」
真っ直ぐに見てくる瞳ではなく、首の痣から目が離せなかった
それはまるで指の跡だ。
「国見 英。お前、その首の痣…」
午前中なかったよな、と続けようとしたが
日向が手を当て痣を隠した
「ちょっとぶつけて…」
「そっか、気を付けなよ。」
見られたくなかったんだろう
目線は俺から足もとのアスファルトに移 り、左右に目が泳ぐ
困らせたい訳でもないので、このプレッシャーから解放してやろうかと俺は手を挙げた
「そろそろ腹減ったから帰る。じゃーな」
「うん!またな、英!」
手を振り日向は自転車に乗り走って行った
馴れ馴れしく名前を呼び捨てしたり、本当に子供みたいな奴だ
でも、不思議と嫌ではなかった。

◆ ◆ ◆

あの日以降、毎回と言う程ではないが土日の部活帰りに度々日向と遭遇する事があるようになった
仲良くなったとかそういった事はない
ただ遭う度に挨拶程度に会話をするだけ
俺は部活へ日向は影山の家に、いつもとお互いが逆方向に進路をとっていた時の事だが日向が俺に気付かなかった事がある
無視された、とか言うつもりはない
俺から声を掛ければよかったんだけど
その表情は曇っていて俺も声を掛けるのを躊躇してしまう程だった
過ぎると言ってもいいくらいに元気のいい日向だからまるで別人に思えた
付き合いの浅い俺が言っても説得力に掛けるが今まで見た日向の表情で一番暗かった
たった一度の事だけど、なんだかあの表情が胸に引っ掛かっていた
あの首の痣に関係しているんじゃないだろうか、と。

◆ ◆ ◆

今日は少し部活が早く終わった
もう影山の家が見える所まで帰路を進めていた
今日は日向には遇いそうにないかな、なんて考えてた
別に遇いたいわけではないけれど。
早く帰って、地理の宿題プリントやろう
少し早歩きで影山の家の前を通過しようとしたら丁度、声が聞こえた
「おじゃましました〜」
「おう。」
日向と影山の声の方を思わず見てしまった
影山と目が合ってしまって、自分の口元が引き攣るのがわかる
「あ、英!」
日向の声で身体の緊張が解れ、影山から明るい声の方に視線を移す
ボールが跳ねるみたいに日向が玄関から飛び出してこちらに駆け寄る
影山の家の門を押しながら車道に出てきた日向を見送る為か影山も玄関を出て門扉まで出てきた
日向は影山に構わず普段、道で擦れ違う時と同じテンションで俺と雑談を交わす
「今日、帰りはえーな!」
「顧問の用事で今日は練習切り上げられた」
「そうなんだ!」
「地理の宿題あるから丁度よかったけどね」
「うぇー、社会系きらーい」
「俺もあんま得意じゃない。じゃ、またな」
「うん!英、またな!」
俺は去り際に影山をチラリと見ると、中学の時から見慣れた表情を浮かべている
日向はよくこんなのと友達やってられるな。と改めて感心した
「影山も明日な〜!!」
日向はさっさと自転車に乗って帰ってしまった
俺も数歩進んでいたから影山の家の前はもう通過していた
「…おい、国見。」
背後から低い唸りみたいな声
声を掛けてきた相手は解っていた
影山以外にはいない
何イラついてんだか知らないけどこいつと絡むのは嫌だな、と思いながら振り向いた
「あんま、日向に馴れ馴れしくすんな。」
「…は?」
釣り上った目が俺に鋭い視線を浴びせていた
馴れ馴れしいのは俺じゃなく日向なのに、何言ってんだ
でも、思った事を言えばこいつと無駄に会話をしなきゃならないだろう
面倒なので、ゆっくり頷いた
「あぁ、わかった」
影山は黙って家の中に入って行った
自己中心的で上からの物の言い方、全然成長してないじゃないか
練習試合でプレイスタイルが以前と変わって度肝を抜かれたが
本質的な部分は何も変わってはいない
あいつは今でもなんでも自分の思い通りに事が運ばなければ、あの通り。
自分のテリトリーに俺が踏み入った事が面白くないんだ
そうゆうガキみたいなところが嫌いだ、と思った。

◆ ◆ ◆

そんなやり取りがあった一週間以上経った後、駅を出ると日は大分傾き辺りはもう薄暗かった
ライトを点けて通行する車も何台かいる
同中だった岩泉さんと及川さん、あと金田一も一緒だった
駅前の眼科から出てきた日向らしき後ろ姿に及川さんが気付いた
「烏野のチビちゃんじゃない?」
「あぁ、ほんとだな」
頷いていた岩泉さんの隣にいた及川さんが走り出した
「やっほ〜、チビちゃーん」
「わっ!?大王様!!!」
少し離れた俺の位置からでも日向の驚いた表情がわかった
ただ日向は普段とは少し違っていた
「あれ?眼帯、どうしたの?」
そう、右目に眼帯をしている
及川さんが問いかけると日向は困った様子で言葉を詰まらせていた
「ばがです。」
俺達はその声の主の方を振り向くと影山が立っていた
自動ドアが閉まるところで、たった今影山が店内から出てきたと分かった
そこは眼科の隣にある薬局で恐らく、日向の薬だろう
友達と一緒に医者に行く事がないので俺は不審に思った
「あ、影山。ありがと」
日向は影山から半透明のレジ袋を受取る
「岩ちゃん〜、トビオが馬鹿って言った!ほっんとむかつくこいつむかつく〜!!」
「言ってねぇーだろ、クソ及川」
「え〜だって言ったもん!言ったよ、岩ちゃん」
「ばがって、ものもらいだろうが!」
俺はその場にいるのに、俯瞰でそのやり取りを見ている感覚に陥っていた
及川さんと岩泉さんの会話がまるで遠くから聞こえるみたいな
「日向、帰るぞ」
影山は日向を連れて帰ろうとしていた
それを見て、及川さんと岩泉さんの後ろにいた俺は一歩踏み出した
「日向。」
名前を呼ぶのと同時に俺は日向の左手を捕まえた
「国見…っ!日向に触んじゃねぇ!!!」
日向の隣にいた影山が俺の手を振りほどいた
影山は苛立ちを隠す様子はなく、怒鳴りつけられ呆気にとられていた
俺だけではなく、及川さんも金田一も茫然としていた
「…行くぞ」
今度は影山が日向の腕を掴んで、引っ張るように連れて行った
正直、影山がそこまで怒る理由に見当が付かずただただ驚いた
日向が影山の目を盗み、こちらを振り向き小さく手を振るのが見えた
「日向っ」
5メートルも歩かない内に手を振っていたのがバレた日向の頭を影山が叩いてるのが見える
ゴツ。と音が聞こえて来そうだった
「影山、なんか異常だな」
ポツリと零したのは金田一だった
それから俺の方を見て首を傾げながら言った
「国見、追いかけなくていいのか?」
「なんで?」
「呼び止めてまで何か言いたい事あったんだろ?」
「あ…」
言われてみれば、俺は何を言おうと思って日向の腕を掴んだんだろう

◆ ◆ ◆

「国見」
岩泉さんの呼びかけで現実に引き戻された
慌てて顔を上げた
居たはずの及川さんも金田一もおらず、岩泉さんだけだった
「俺、こっちだから。」
十字路の左側を指指して立ってる岩泉さん
俺は岩泉さんと逆に右折しなければならないのに、真っ直ぐ進もうとしていたみたいだ
「あ…はい、お疲れ様でした」
「なんか考え事してるみたいだけど、気を付けて帰れよ」
及川さんや金田一と道が分かれた事にも気付かずに歩いていた訳だ
岩泉さんはいつも及川さんと同じ道を通って帰るのに、上の空だった俺の為に遠回りをしてくれたんだと分かった
「岩泉先輩、すみませんでした…」
「なぁ、国見…お前の事だから大丈夫だと思うけど、あれには深入りすんな」
岩泉さんの言う「あれ」っていうのは、影山と日向の事だろう
「…はい。」
「じゃーな」
俺の肩をポン、と軽く叩いて岩泉さんは左に曲がって行った
岩泉さんの背中に向かって俺は軽く頭を下げた
頭に靄がかかったみたいだ
考えれば考える程、分からなくなって自分が自分じゃないみたいだ
でもこれだけは言えた
「影山と日向の事が気になってる訳じゃない……あ。」
口に出してみれば、その結論はとても簡単なものだった
そうだ
俺は影山と日向、2人の事が気になってる訳ではない
普段は何の気もなく通過する家の前で俺は立ち止まり
躊躇いもなく呼び鈴を押した
暫くして、玄関から不機嫌なオーラを放つ影山が顔を出した
「なんか用かよ」
「影山。俺、日向の事気になってる」
「…。」
短い沈黙。
俺を睨む目がさらに鋭くなった
「それだけ、言いにきた」
きっと影山は日向の事が好きだ
俺はまだはっきりと言いきれる自信がない
だって、相手は同じ男だし俺は男を好きになった事もない
それに付け加え、はっきりこれが恋愛感情だなんて言える程、恋愛経験もない
だけど、俺の日向を見る目それは影山と同じ目をしていたんだろう
だから影山は執拗に俺から日向を遠ざけようとしている
また怒鳴られるんだろうかと思っていた俺の予想に反して影山は笑った
「らしくないな。宣戦布告かよ」
影山の言う通り、らしくない
面倒な事には関わらない
無駄な事に体力は使わない
俺らしくない
「なぁ、影山。」
まだ疑惑程度
でも、それが俺をらしくなくする理由だ
「日向の目、殴ったんだろ?」
「…。」
この沈黙はきっと公定。