故由

口にしていけないものだった
言ってしまってからそれに気付いた
何の気なしに言葉にしてしまった
俺の口から発した音に日向は表情を失くした
「多分、俺はお前の事が好きだ」
薄暗くなって街頭があちらこちらで灯り始めた
俺と日向の帰り道が分かれるそのT字路で自転車に乗った日向の背中に言葉を投げた
ペダルを漕ぎ出すであったろう足はピタリと止まり、支えにしていた片足は地面から離れない
「なんで?」
俺に背中を向けたまま日向は振り向かなかった
「そんなんわかんねぇよ、他の奴なんか好きになった事ねーから」
「勘違いじゃねーの?」
「ちげぇーよ。」
日向の前に回り込んで腕を掴んだ
「お前、わかってたろ?俺は」
俺は態度で示してた、と続けようとしていた俺の手は振りほどかれた
日向の目の前に立っている俺を全く見ていない
いつもコロコロ変わるその表情は何もうつしていない
「勝手に相棒だって…俺ばかじゃんか」
「…?」
「俺、影山にとって〔勝ち〕に必要な奴になれたって思ってた」
再び、日向に伸ばしかけていた手を降ろした
「バレーで認めて欲しかったのに。」
俺と日向の間にある信頼が崩れる音を聞いた
失って初めて気付いた
「違う、認めてない訳じゃね…」
「じゃ、なんで?」
「だから、わかんねぇんだよ」
俺にとって日向の存在はとてつもなく大き過ぎて
バレーしてる時だけじゃなくてそれ以外も一緒に居たくて
でも言ってしまったら"今まで"が崩れるなんて思ってなかった
浅はかだったんだ
「お前の事ちゃんと仲間だって思ってる」
「思ってたら、そんな風にならない」
俺は自分が口にしたそれを取り戻そうと必死に手を伸ばしてもがくけれど
まるで風のようにすり抜けていく
物質でないそれを手で捕まえる事は出来ない
「日向…」
日向に届きそうで届かない俺の手は行き場を失って
制服のズボンを握り締めた
自転車から降りた日向はゆっくりと歩き出した
目の前に立ちはだかった俺を避けて、隣に並んで通過する時
日向がひどく落ち着いた声色で言った
「ちゃんとした仲間になりたかった」
肩を落としたその背中がだんだんと小さくなっていく
日向に俺と同じ気持ちになれなんて言うつもりは最初からなかった
ただ、知っておいて欲しかった
俺が日向を好きであることを伝えたかった
そんな幼稚な理由で言ってしまった
それ以上を望まないと言えば嘘になる
でも、それを強要する事は出来ない
受け入れてくれるまではいかないにしろ
日向なら俺のこと受け止めてくれるって
勝手に思い込んでた
俺は無意識に日向に甘えていた
中学で味わった孤独と絶望が脳裏に浮かぶ
トスを上げたその先に誰もいない恐怖に胸を締め付けられる
このままじゃ日向は俺から離れていく
俺はもう独裁者じゃない
あの忌まわしい過去を払拭してくれた日向が隣にいなくなる
心が壊れそうになるけど
俺が日向を好きであれば日向を失う
だったら…
思い出に残る日向の笑顔
今日みたいな表情、日向には似合わない
もう日向にそんな顔させてはいけない
「もう一度あの頃に戻ろう」
俺は自室の天井を眺めながらはっきりと言った
まだ純粋にあいつの身体能力を羨ましいって思ってたあの頃に
今度はきっと大丈夫
俺はお前が飛び立つ瞬間を創る
すぐ傍で…誰よりも近くで、セッターとして
翌日の朝練前に俺は日向に言った
「俺にとってはお前は相棒だ
それ以外はない、それ以上もない
相棒としてこれからも傍にいてくれ」
壊れた信頼の欠片を拾い集めて
ひとつひとつまた組み立てよう
だから
いつものように笑顔でいてくれますか?
今はただそれを願い続ける