普遍

思ったことをそのまはま口にしただけ。
すごい勢いで日向の平手が飛んできて

バチンッ!

弾ける音が耳に届く
その後、ジンジンと熱くなる頬
遅れて痛みがやってきた
俺は瞬きも忘れていた
日向はベットから降りて、脱ぎ散らかした服を拾うと
さっさっと身支度を済ませて出ていった
余りに素早すぎて掛ける言葉すら思い付かず
ベットに取り残された俺は日向の怒りの理由さえ解らない
「なんで…?」
腫れ始めた頬を撫でながら、呟いた
翌日、日向は俺に近寄らなかった
トスもねだらない
だったら、俺からと思い立ち
体育館に響き渡るくらいの大きさで声を掛けた
「おい、クイックの練しゅ」
「日向ならトイレ走ってったよ!」
山口の言葉通り体育館内に日向の姿はない
いつもなら休憩時間に水分補給をしたら速攻の練習を始めるのに
休憩時間が終わるギリギリになってから日向は体育館に駈け込んで来た
避けられている
何かあったのか?と誰も聞いてこない
俺の腫れた頬とあからさまな日向の態度
何かあったのは一目瞭然で態々聞く必要ないと判断されたようだ
聞かれた所で日向が何に怒ってるか解らないので放置されたのは正直、助かる
しかしこのままでいい訳もなく
部活が終わって足早に部室を出て行った日向を追い掛けた
全力疾走と言ってもいい程、息が乱れる
「おい!おい日向っ!コラ!ボゲェ!!」
いくら呼んでも返事はない
自転車置き場に辿り着いて鍵を開けるロスタイム
日向の腕を掴んだ
「なに怒ってんだよ…」
俺の手を思いっきり振り払う日向
薄明りのせいで、その表情は見えない
「怒ってねぇよ」
「ふざけんな、怒ってんだろ」
「怒ってねぇって言ってんだろッ!!!」
その怒鳴り声がビリッと空気が震わす
俺は言葉が続かずに、唾を呑み込む
日向が自転車を引いて校門へと向かって歩き出す
俺は慌ててその背中に声を掛ける
「な、んか…怒ってんだったら謝る。」
聞こえてないはずないのに返答はない
もう何を言っていいか、解らなくなり黙って日向の後を歩く
日向は自転車には乗らずおして歩き続けた
俺から逃げるように自転車置き場に走って行った事と少し矛盾する行動に思える
自分の家の方向とは既に道が逸れている
それでも日向の後を着いて歩くと日向が振り返った
沈黙を破るのは、やはりと言うべきか日向だった
「影山」
「おぅ…」
「別れよう」
「……え」
「別れようぜ」
「ハァアッ!?」
田畑の真ん中を通る道の真ん中で俺は怒号をあげた
怒ってるのが日向で、怒らせらのが俺という構図が逆転した
一気に頭に血が昇った俺は日向ジャージの胸倉を掴み、鼻先の距離が3p程の距離に顔を寄せる
「てめぇ…ふざけてんのか!?」
俺が怒鳴りつけるといつも日向は怯む
なのに、今日は違う
俺に怒鳴り返して、ジャージを掴む俺の手を叩き落とし
その目がギラギラと俺を睨んでいた
「俺は別れてやるって言ってんだよ!!」
「なんで別れなきゃなんねぇんだ、ボゲ!殴るぞ!」
さっきまで鋭かった日向の目は今度は涙が滲んで潤んでいる
「な‥なんだよ、殴らねぇから泣くな」
「殴られるのが嫌で泣いてる訳じゃねぇえ!!」
日向が目元を手で擦る
俺は慌てて肩を抱いた
「なんで女がいいくせに、すんなり別れてくれねぇんだよ、バカ…」
「…ちょっと待て。俺は女がいいなんて言ってねぇぞ」
「言った」
記憶を遡る
日向に叩かれる前に俺は裸で日向とベットの上にいた
そうゆう事をした後だったから裸だった訳だ
終わってからも暫くベットでゴロゴロしていた
日向は疲れて動きたくないってのもあったんだろうが
俺はもう少し日向の肌を直に感じていたかった
それで背中から日向を抱き締めながら
「お前が女だったらよかったのに」と言った
「…覚えがない」
「だから、女がいいなら女と付き合えばいいじゃん」
「どう考えても女がいいなんて言ってねぇ。お前が女ならよかったって言った」
「だから、それだよ!」
意味が分からない、と首を傾げたら
日向は少しだけ眉を吊り上げた
「ホントに影山って人の気持ちに疎いよな」
「…………じゃ、お前は男のお前を抱いてる俺の気持ちがわかるのかよ?」
「わかんねーよ」
「抱いても、抱いても、お前は男だ。ガキが出来る訳でもねぇ」
「は?え…影山はもう子供とか欲しいってこと?」
「ボゲ!」
「じゃ、俺のこと孕ませたいってコト?」
日向の表情から火が消えた
俺の腕の中で、ただただポカーンと俺を見上げている
それからほんの少し沈黙が続いて、日向は真っ青になった
「はあぁ!?さいってー!
それで女だったら…って!最低すげー最低」
暴れ出したから肩を抱く腕に力を込めた
無駄な抵抗だと分かった日向は暴れるのを止めて
俺の腕の中に収まったまま、深く深く溜息をついた
「お前がずっと俺と居てくれる保障なんかない
いっそ、日向が女だったらガイセイジミとかなんかあんだろ!」
「俺、もしも女だったら他の奴と付き合うよ」
「!?」
「お前、怖いし馬鹿だし絶対付き合いたくないと思う」
普段よりも低めの声に腕の中の日向に目を落とす
日向は俯いてガックリと肩を落としていた
「俺は今の俺だから影山が好きだし、一緒に居る」
ギューッと日向がしがみついてくるから
ちょっと嬉しくて抱き返した
「…男だから、俺達は結婚したり子供作ったり、普通の家族にはなれない
でも、単純に好きだから一緒にいるって理由だけでいいじゃん。
利害つーの?そうゆう余計な理由が増えないから
影山が男でよかったな、って俺は思う」
日向の言葉に俺は頷く
「お前とずっと一緒に居るって俺が保障してやるよ
それじゃ、だめなの?」
「だめじゃねぇよ」
俺を信じて飛ぶ日向を俺が信じない訳にはいかない
再度、俺は強く日向を抱き寄せてから唇を重ねた
「ところで
ガイセイジミってなに?」
聞いた事ない言葉だな、と言いながら日向が自転車をおして歩き始めた
「…俺も意味は分かんねぇ。
でも頭良さそうな四文字熟語」
「でもさ、すっげー頭悪そうな響きなんだけど」
「そうか?」
少しだけ俺の先を歩く日向が振り返った
「なぁ〜影山
ここまで来たし、うち泊まる?」
「っ!!!」
俺の顔を見て、嫌悪するように目を細めた
「うちは親、居るからダメだからな」
「…なんも言ってねぇだろ」
「顔に出てるよ、影山君」
俺は歪む口許を慌てて手の甲で隠した