「中山はよく本を読むな」

「そんなことないよ」

「いや、今時の女子高生にしたら読書家だろう」


突然柳にそんなことを言われたが、別段何も感じなかった。柳だから何も感じなかった。これを言ったのがそこらの大人であれば、多少腹が立ったのだと思う。結局大人と称しても、畏敬の念など抱けないような人間が多い。子どもの私はよくそうやって大人を軽蔑したけれど、嫌いではなかった。そんなものだと割り切った。


「試験が近いな」

「うん、勉強しなきゃ」

「中山はそれが口癖のように感じるぞ」


私は勉強しなきゃいけないしするべきである。思考を巡らせて、深くしなくちゃならない。頭が良くなりたい。頭が良くなって、何もかもを知りたい。知った先にある結末はきっと私を満足させるものだろうと、私は信じている。


「柳は頭が良いね」

「他人からそれをよく言われるが、別段俺と周りの脳の形は変わらないんだよ」


そう言って笑った柳に、皮肉のつもりかと聞きたい。努力すれば自分のようになれるという意味なのかと聞きたい。柳は努力を苦と感じずに出来る人なのだろう。柳が皮肉のつもりで言ったとしても仕方ない。私は同年代で唯一特別に柳は頭が良いように思えた。いつも柳は博識だったし、発言が慎重に見えた。そんな柳を思うと、やはり皮肉の意味ではなかったのだろうかとも思う。


「中山はテレビをよく見るか」

「そりゃあ、見るよ」

「本当にそうかな」


柳は尋ねたくせに、私の答えを打ち消した。柳とはよく会話するが、取り立て長く談話をする間柄ではなかったように思う。私は元より、柳はあまり異性と一緒になって騒いで爆笑するような性質ではないと思う。私は好まない。また、柳がそうやっているところも見たことがない。私と柳が会話する時は、たいていが挨拶程度のものだったり、勉強のことだ。


「バラエティー番組に興味はあるか?」

「あんなの、騒がしいだけ」

「じゃあ何を見るんだ?」

「ニュースやドキュメンタリー番組かな」


あの箱から映し出されるバラエティー番組は、私には滑稽に見える。面白おかしく展開されるゲストや司会の会話が全て台本通りなのだろうか、と考えると急に滑稽に見えてしまう。そして親近感が少しだけ出る。私は寒くなったので文庫本を閉じてブレザーを着る。そろそろ帰ろうか。


「中山、休日はどう過ごしているんだ」

「勉強か、たいてい本を読んでいるかもね」

「やっぱり中山は今時の女子高生らしくないな」

「じゃあ柳はどういうのが今時の女子高生だっていうの」

「部活をして、恋愛をして、無駄なことばかりするんだ」


無駄なこと。私が思う無駄なこと。それをしているのが今時の女子高生だと柳は言うのか。だったら私はそんなものになりたくないと首を振った。私はたくさんの本を読んで考えて勉強すると決めた。他は無駄なのだと見極めた。


「別に中山を批判しているわけではない」

「そうは思ってないから大丈夫」

「中山はそこらへんの女性より頭が良い」

「私も柳は男性の中ではとりわけ頭が良いと思っているよ」

「光栄だな」


だけれど残念なことに柳が評価しているほど私は頭が良くない。だから嫌なのだ。知らないこと、わからないことが多いから毎度泣いてしまう私にいつも辟易する。全てわかったのなら、理解して飲み込めたらいいのに。


「中山」

「なに」

「先日、中山の友達に告白された」

「そうなんだ」

「やけに他人事だな」


「お前が知らないはずないだろう」



賢者になれば楽に死ぬ方法だってご存知のはず



そう言い放った柳こそ、全てを知っているようだった。私は何もかも知っている。友達が柳に長年想いを寄せていて、そうしてついに覚悟を決めたようで私に告白することを宣言したことも。忘れるはずがないし、何もかも見てきた。目の前で起きていることに目を逸らす程馬鹿じゃない。


「俺はお前の友達と付き合うつもりなど毛頭ない」

「どうして、良い子だよ」

「良い子かどうかは俺が決めることだし、俺は彼女が嫌いだ」


何故とは聞かなかった。嫌いな理由を聞いて何になると言うのか。それを私は友達に伝えることなんてしないのだから、私が聞いたところで利益は無い。


「彼女に嫌いな理由を言ったら、だいぶ泣かせてしまった」


驚いて柳を見たら平生と変わらない顔をしていた。そんなこと、する人だったの。柳はそれから「そう驚いた顔をするな」と続けた。私の中の柳はそんな無駄なことをする人ではない。嫌いな人に嫌いな理由をつらつらと話すようなことをする人じゃない。そんなの、利口なやり方ではない。きっと友達は傷ついた。可哀相だと思った。


「冗談だよ」

「なら、良かったけど」

「それにしても中山、お前の中の俺はそんなに立派な人間なのか」

「…何が言いたいの」

「俺が自分の予想する人物ではない、立派な人間じゃないからと言って驚くのは、いけないな」


「1番お前が嫌いな、無駄で愚かなことだ」

「だってそうだろう?他人と自分は違うのに、己の尺度に合わないからといって一々驚愕して軽蔑したり排除しようとするのは馬鹿な人間がすることだ」







博識な人になりたい。頭の良い人になりたい。考えの深い人になりたい。そうしたら何もかもわかるし、私の悩みなんて消えるはずなのよ。もっともっと、知識を蓄えて全てを理解出来るように。わからないことなんてないように。友達が嬉しそうに話す顔を見て、どうして悲しくなるのかわからなかった。中途半端な気持ちの対処がわからなかったから、私は知ろうと思った。目を逸らすよりは何もかもを見てしまった方がいいと思ったの。


「わかったのか?」

「うん」

「何がわかった?」


言えない、言えないから。だからまた悩んだ。頭の良い人になりたい。そうしたら、友達に対する嫉妬もそんな自分への嫌悪も、何もかも消す方法だってわかるのでしょう。


「これからどうする」

「無理、だめだよ」

「臆病だな」


柳は笑ったけれど、私には笑えない。柳、私は涙が止まらない。もうこれ以上無駄なことはしたくない。柳とは、付き合えないよ。


「駆け落ちでもするか」

「えっ?」

「珍しいと思ったか?俺だってらしくないことも言うさ」

「…私のどんなところが好きなの」

「かわいいところ」

「ええ……」

「そんな顔をするな」

「柳…変…」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


抱きしめられる安心感と共に残ったのは罪悪感。また泣き出した私に、柳は優しかった。友達は何て言うだろうか。


「怖いなら、守ってやる」

「なんか、意外だね」

「心外だな、好きな女を守るような男には見えないか」

「口に出したことがだよ」

「大切にする」


最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。薄暗くなったこの時間帯は、昨日より寒く感じる。不安と、ゆっくりと唇から広がる温かさに私は目をつぶった。もう、何も考えたくないの。




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