「紅茶でよかったですか?どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ヒロシ様は私に何を聞きたいんだろう。おごって下さったパックの紅茶にストローを差しながら考えた。今後の風紀委員会の方針かしら?それなら真田くんの方がいいわ。じゃあただの意見交換?それくらいならお手伝い出来るけれど。
「それでですね…中山さんは仁王くんをどう思いますか?」
「は!?」
「すみません、驚かせてしまいましたね」
「い、いえ…」
「それで、どう思いますか?」
「仁王くん、ですか。えーと、」
「はっきり言って下さってけっこうですよ」
うう…仁王くんか…。はっきり言って、あまり得意ではない。浮ついているし風紀は乱すし、私のことよく気持ち悪いって言うし。まぁそれが本気でないことくらいわかるから別に気にしていないけれど。ただ最近先生から仁王くんのお目付け役を任せている感が否めなくて、正直嫌だわ。そんなこと、丸井くんに頼んで欲しい。彼も校則違反の常習犯だけれどね。そして何よりも腹立たしいのは、あんな奴が愛しのヒロシ様と1番近しい関係だってことよ!…それだけは言わずに、ヒロシ様に伝えると困ったように「そうですね、全く仁王くんたら…」と相槌を打って下さった。
「…何故、そんなことを?」
「ああ、中山さんは仁王くんが好きなのかと思ったものですから」
「!!な、ええ!?どこにそんな要素が!」
「よく、一緒にいるので」
ぬ、ぬかった…!まさかヒロシ様からそんな風に見られていただなんて!ショックを隠せないわ…。放心しながらもヒロシ様を見つめると、至って真面目なお顔。うん、ステキ。ああそれよりも誤解を解かなくては。
「決して!ありえませんわ」
「そうでしょうか」
「…柳生くん?」
「仁王くんはあんな人ですが、本当は優しい人ですよ」
「そ、それは…まぁ、」
「お似合いだと、思いますが?」
ヒロシ様は綺麗に笑った。いつもヒロシ様の笑顔は私を元気にさせたけれど、この時ばかりはひどく残酷だった。どうして、ヒロシ様はそんなことを私に言うのかしら?仁王くんだって私に恋愛感情を持っているとは思えないし、私だってさっきはっきりとそういう対象でないことを伝えたのに。目の前で仁王くんのことを話すヒロシ様を見て、悲しくて虚しくて腹立たしくて。苦し紛れに紅茶を飲んだら、まだ涙は流していないはずなのに、涙の味がした。
「中山さん?」
「…はい」
「ですから、もしよろしければお手伝い致します」
「何を…?」
「仁王くんとのことです」
*
「ヒロシ様は何か勘違いされてるわ!」
「え?さ、様?」
「私には好きな人がいます!!それは仁王くんではありません!照れ隠しなど一切なく、神に誓って真実ですわ!」
思わずバン!と机を叩いて大きな声を出してしまったけれど、怒りやら悔しいやらが爆発してしまった。ヒロシ様引いてる。でももう止まらない。
「…どういう方なのですか?」
「ステキなんです。誰よりも」
「具体的には?」
「相手の気持ちをよく察して行動される方。意見ははっきり言うけれど、優しくて公平なんです。テニスも勉強も出来て、素晴らしいんです!」
「テニス部…真田くんですか?」
「違います!!もう、それこそ本当にありえませんわ!」
またバンバン!と机を叩いてしまった。それにしたってヒロシ様ったら何なの?興奮してペラペラ話してしまったというのに、まだわからないの?意外と鈍いのかしら。もう神が私に、告白しろって言っている気がするわ。また改めてなんて言えない気がする。ええいままよ、全て暴露しちゃう!
「私の好きな人は、ヒロシ様なんです」
「……ありがとうございます」
「付き合ってほしいだなんてそんなおこがましいことは言いませんわ。あイヤ付き合いたいですけれど、でも私にはヒロシ様は過ぎるお方なんです」
「そんな、」
「陰ながら好きでいさせて下さい。いつまでも私はヒロシ様のこと、応援します」
「中山さん…」
言い切ってしまった。ヒロシ様の顔が見られない。こんな一方的に告白してしまってごめんなさい。でもヒロシ様の優しいお顔、見たくないの。震える手元を見るように俯いていたら、ヒロシ様がそっと私の手を触れた。驚いて顔を上げると目が合ってしまって、カッと身体が熱くなる。それを見たヒロシ様が笑うから、なおさら。
「私が、好きなんですか」
「はい、とっても」
「素直な方ですね」
「こ、こうなったら開き直る以外ありませんわ」
「そうですね」
「………」
「……中山さんが、昨日掃除してくれたんですよね」
「は?…ああ、そうです」
「一昨日もですよね」
「まぁ…」
えーっ今掃除の話題?今?もしかしてヒロシ様って空気読めない方なのかしら。掃除は別に頼まれていないけれど、私が自主的に毎日している。そのことを知っているのは委員長の真田くんと、どこからか情報を仕入れた仁王くんくらいだ。それにしても、私の告白はどうなったの?あれで終わりなのかしら。別に何も求めていないけれど何だか、拍子抜け。
「えーと、それが何か?」
「ずっとお礼を言いたいと思っていました。ありがとうございます」
「いえ、たいしたことはしていません」
「そうやって、毎日変わらずに何かをすることは凄いことだと思います」
「は、はぁ…」
「仁王くんから聞きました、中山さんは三年間私のことを好いていてくれているのだと」
「え!?なっ…ま、まぁその通りです…」
「私は中山さんが思うような立派な人間ではありません」
ヒロシ様は何を言いたいのかしら。私が重い女で、諦めろってことかしら。
「私は、狡い人間なのです」
「そんなことありませんわ」
「…去年頃から中山さんの気持ちも自分の気持ちにもやっと気付いて、そしてこうして二人きりになっても仁王くんに唆されるまま貴方に告白させるように仕向けるような男です」
「駆け引きなんて、するもんじゃありませんね」とため息混じりに眼鏡を上げたヒロシ様。耳元で囁かれた言葉に、ああ、本当に狡い方。
淑女の猛進 紳士の策略「ヒ、ヒロシ様!」
「何ですか、結衣さん」
「手、手…手が…!」
「繋いでいますね」
「きゃあ!言わないで下さい!」
ヒロシ様はクスクス笑うだけでいっこうに手を離して下さらない。本気で手汗が気になるというのに!ヒロシ様に懇願するように見つめたら、さらに強い力でぎゅっと握られてしまっている手。あれ?ヒロシ様、いじわる。
「恋人なんですから、もっと私に慣れて下さい」
「ど、努力します…!」
「敬語を解くのは無理そうですね…あ、でもその呼び方は恥ずかしいです」
「、そうですよね!じゃあ、何てお呼びすれば…?」
「様付け以外ならヒロシくんでも、何でも良いです」
「ヒ!ヒロシくん…!?だっだめですだめです、そんなっ」
「はぁ、意外と騒がしい方ですね……」
恋人になって初めての帰り道。なのに手まで繋いで、今のこれは何?意外とヒロシ様って積極的だし、唇が離れた後に見えた笑顔がまるで、
「仁王くんみたい…」
「は?」
「あ、いや、今ニヤッて…」
「ファーストキスの感想で他の男の名前を出すだなんて…」
「ち、ちがうんです!そういうヒロシ様も好きです!」
「そういう、というのは?」
「い、いじわるなヒロシ様?」
「じゃあ私に集中して下さい」
ヒロシ様、妬いてくれたの?嫉妬なんて、それこそヒロシ様のこと好きになった時からずっとなんだから。意外と私のこと、かなり好きなのかしら。そうだったら、私死んでしまいそうなくらい嬉しい。長くてうっとりするようなキス、夕日がキレイで、ヒロシ様に抱きしめられて温かい。幸せ。
「……な、長いですっ」
「真っ赤ですね」
「う、〜っ、ヒロシ様!」
「好きですか?」
それってキスのこと?ヒロシ様のこと?どちらにしたって、答えは同じだけれど。
「ええ、私も好きです」
*
「ていうわけなの!もーっ最高だったわ…どうしましょう今死んでも良いかもしれないわ」
「じゃあ死ね」
「アンタがね!…あっでねでね、」
あーあ!誰かこの暴走女をどうにかしてくれ。柳生とのノロケ話をしながら思い出しながらうっとりしてる中山と、げんなりな俺。でも見ていてイライラするくらい距離がビミョーに縮まらない二人をくっつけようとしてやったのは俺だ。二人の告白を録音してからかってやろうとしたけれど、馬鹿みたいに甘いのでやめた。はーあ、何コレ。ただの恋のキューピッドじゃつまらん。
「それでその時にヒロシさん、きゃーっヒロシさんですって!」
「んもーうるさい」
「あら妬いてるの?ごめんね、愛しの親友でダブルスパートナーを奪って」
こいつらがお互いを「ヒロシさん」「結衣さん」だなんて呼んで敬語で話すから、まるで明治時代の恋愛みたい。書生の柳生とどこぞの華族の中山。そっちの方が、この現代文より面白いかもしれん。ただつまらないのは、こうしてノロケ話を聞いてやっているというのに柳生が俺をきつく睨むってこと。リア充め。
「あっヒロシさん!こっちです」
「席を取っておいて下さったのですか、ありがとうございます。…で、何故仁王くんが?」
「知らん」
「仁王くんたら、何をムスッとしているのよ!ヒロシさんがいなくてさみしがってたじゃない」
「…ハァ?!」
「あら違うの?」
「全く、結衣さんは」
「…んん、恥ずかしいのに」
「可愛いですよ」
「ふふ」
「………」
何が悲しくてラブラブバカップルと一緒に昼メシ食わないかんの…。中山も変に勘違いしてるわ柳生もキモいし、あーあ意味わからん。
「3Pせん?」
「さんぴー?なあにそれ」
「仁王くん、アデュー」
「あっ待って下さいヒロシさん!」
「……さみし」
終われ!オチきらなくてすみません20120407 加筆修正