「なんでこの私が代理で会議出なきゃいけないわけ?マジ最悪なんだけど」

「はぁーうっざい会議!前に出てるの一個上?やってらんなーい」

「つーかあの跡部?ってひと?まぁそれはまだマシだけど、周りの仕切りなってないし」

「もっとしっかりしてよ、だから一個上は嫌い」





「そこの女」

「……」

「おい、お前だ」

「はい」

「テメェはごちゃごちゃ文句が多いようだな?そんなに言いたいことがあるならもっと大声で言ってみろ」

「…結構です」

「結構、だ?俺が今後の参考にしてやるから、言え」

「…じゃあ言いますけどね、先輩の会議の進行は効率が悪いと言ってるんです」

「ほう」

「議題は決まってるのに話す内容は穴だらけ。この議題の担当している先輩が、いまさら仲間の中で質問するのはおかしいかと」

「お前も進行する側になればわかる」

「そうですか?だとしても先輩方だけで会議している感じ、良くないと思います。説明もわかりにくいし、議題の意義もはっきり言ってイマイチ」

「………」

「連絡する内容も二転三転するのもやめて欲しいです」

「文句ばかりだな。じゃあお前はどうすれば良いと思う?」

「後輩に指示を仰ぐなんてまだまだですね。それにもう、先輩方には期待してませんよ」

「テメェ…」

「私の代で、変えてあげますよ」







夕暮れに照らされたこの机。あの頃よりきっと汚くなってしまった。コーヒー零しちゃったことあるし。あの人より私はまめに掃除とかしないし。物ぐさな私には、この学園のデータ整理はなかなか難しかった。それにも、慣れたけど。やってみなくちゃわからないこと、たくさんあった。


「引き継ぎも無事終了、と…」


あの人は部活も部長やってたし、私以上に忙しかったんだろうな。成績も良いし。要領のいい人で、努力家だ。私は要領がいい方とは言えない。


「もう一年経つのか…」


誰もいない生徒会室はだだっ広くてさびしい。そして、あの人が残していった物ばかりある。革張りのソファーやコーヒーメーカー、それらもそうなんだけど、あの人がこの学園でやったこと。そればかり詰まってる。よく、私は何をしてきたのかわからなくなる。


「この一年間…」


辛かったし充実していたし、楽しかった。まさか私が会長になるだなんて。あの人が言ったように、やらなきゃわからないことだらけだった。あの人と逐一比べられたけど、批判された覚えはない。私は私のやり方でよかったのだと、思う。でも。


「あーあ、つかれ、た」


少し涙が出た。泣かないつもりだった。でもまぁ、一人だし良いかな。正直言うと、誰よりも自分とあの人を比べているのは私だった。周りは比べた上で評価してくれて、嬉しい。でもふとした時に、例えば私が悩んでる時に、あの人と比べてしまう。


「あんなに悪態ついたのに…」


悪態をついたのも、あの人と接触したのも、私が学級委員の代理で出たあの会議一度っきりだった。一年前、ただの学級委員補佐だった私を「俺の後はお前がやれ」って突然呼び出して、あっという間に次期生徒会会長にしてしまった。最初は何の嫌がらせかと思ったが、あの人は本気の考えで、それを知って私は後悔した。


「最後にここのカフェオレ飲もうかな」

「おい、俺にも飲ませろ」

「………う、わ…」

「相変わらずだな」


カフェオレを作ろうと会長専用の椅子から立つと聞こえた、偉そうな声。跡部さんだ。私をこの生徒会会長に仕立てあげた張本人。振り返って睨みつければ、鼻で笑われる。だから嫌いだ、一個上は。あの時も偉そうな一個上が気に入らなくて、加えて自分の学年が大好きだったから跡部さんに「私の代が変える」と言った。まさか私がその中心になるとは、思いもしなかった。


「俺はブラックでいい」

「高等部のひとが、何勝手に入ってるんですか」

「拒めないくせに、よく言うぜ」


意地悪そうな笑顔、何の話をしているんだか。きっかりと一杯分だけのコーヒーを入れ、カフェオレを作る。跡部さんが飲まないような甘いカフェオレを。


「おい、俺のは」

「知りません」

「本当に変わらねぇな、テメェは」


偉そうな一個上が大嫌いだった。でも私だって後輩から見たらその大嫌いな存在だ。そうして、また4月になったら私も後輩になる。ああ、嫌だ。


「来年は高等部で副会長をやってもらう」

「お断りします。当分は役員関係は引き受けません」

「才能を伸ばさない奴は馬鹿だ。テメェは馬鹿なのか?」


馬鹿でも良い。もう休みたい。疲れてしまった。味わうようにカフェオレを一口、視線をグラウンドに向けた。もう何度も跡部さんから誘われている。この一年間走り続けて、私の大きな糧になった。けれど、もうそこまで。


「ちゃんと話を聞け」

「嫌です」

「ちったぁ愛想よくしろ」

「…ふざけないで下さい」


何を思ったか、跡部さんは私の腕をぐっと引いてきた。抵抗すると、マグカップのカフェオレが揺れる。この人に言われたくない。跡部さんは、別に愛想よくしていたわけではない。それに対して私は、愛想ばかり振り撒いた一年間でもある。私と跡部さんを比べて、企画の内容も進行も私が引けを取っているとは思わない。でも私は。


「可愛くねぇ」

「跡部さんに可愛くする必要、ありませんから」

「お前、俺以外に悪態つかないだろ」

「…離して下さい」

「わからないのか?」

「離して!」


私の腕を掴む跡部さんを思いきり突っぱねてしまった。と同時に、衝撃でコップから零れたカフェオレが跡部さんにかかった。驚いて、それから私を睨むように見た跡部さん。怒らせてしまった、と気まずくなる。だけど嫌だ。謝らない。屈したくない。あなたなんか、あなたなんかに。負けたくない。


「そうやって、意地張ってんじゃねぇよ」

「はいはいそうですね、私は意地張って、いつも…そうして、」

「中山、」

「わ、私は…」

「泣くな」


泣きたくない。笑いたくない。何もしたくない。私はいつだって矛盾した気持ちで笑顔を作る。あなたはそんなこと、経験したことないでしょう。いつだって跡部さんに負けまいとしてるのに、いつも負けてる。跡部さんにだって自分にだって負け続けてる。私は本当に、愛想笑いしか出来なかった。


「甘ったれるな」

「…別に甘ったれてません」

「勝ち負けとか、決めるもんじゃねぇだろ」

「跡部さんは勝ち組だからそういうこと言えるんです」

「勝ち組?お前は馬鹿か」

「馬鹿ですよ、跡部さんに比べたら」

「だから言っただろ、初めに」

「何がですか」

「俺とお前は違うって、最初に言っただろうが」


そう言って不安を和らげてくれたのだ。だからこそ私は負けまいとした。跡部さんとは違う会長になろうとした。だから初めから。初めから、私は跡部さんと自分を比べていたし、劣等感を持ち続けていた。あなたのようには、出来ないと。


「中山は馬鹿だな」

「連呼しないで下さい」

「そんなに俺が好きか」

「それこそ、馬鹿なこと言わないで下さい」

「テメェは俺の言葉を真に受けすぎ」


跡部さんが私を抱きしめる。今度こそ暴れても、離してくれないだろうから大人しくする。「やけに大人しいな」と可笑しそうに囁くから、「感謝して下さい」と憎まれ口。涙が止まらないのは何故か。きっともう追いつけないとわかるから。一個上なんて、大嫌い。


「一生俺を追いかけてみろ」

「嫌です」

「強情だな」

「私は、追いかけられる恋愛が好きなので」

「言ったな?その言葉、後悔させてやるよ」


私の唇を塞ぐ、それを受け止めている私が全てを物語っている。私の足では追いつけない。あなたは待っててくれない。それでも優しく導いて愛してくれるなら、私は私のままでいいって信じることが出来そうなの。



貴方の三歩後ろを歩かせていただきます




※6割くらい私ネタだったり