※大学生設定





「あの、今日、」

『どないしたん、もしかして今日無理そう?』

「…すんません」

『せやったらバイト行こかな、ちょうどシフト代われんかって店長から連絡入ってん』


先輩の明るい声が聞こえて、悲しくなる。いや悲しくさせとるの俺だけど。…ほんまに先輩、悲しいんかな。わからん。あの人、いつも笑っとるから。そして、いつも俺を責めまいと気を遣う人や。窓を打つ雨を見つめながら、携帯をベッドに投げた。







結衣先輩と付き合って二年目。ほんまは先輩のこと、最初はあんま好かんかった。俺が高一で部長たちがいる高校に入学して、部長たちと一緒に出迎えたんが先輩。なんで当たり前のようにいるん、って面白くない。先輩は「君が財前くんかぁ、噂聞いてたんよ」と笑った。その笑顔になんやムカついた俺はテニス部のマネージャーでもあった先輩をガン無視。空気と同じように扱った。


「財前くん、おはよう」


朝挨拶されても無視。業務連絡も全部返事なし。どんなに親切にしてくれても無視。それでも頑張る先輩見て、意外とタフなんやなと思った。ある日廊下ですれ違って、声をかけられた。無視。でもそれを見とった先輩の友達が、「後輩やのに無視て何なん?結衣、怒った方がええで」ときつく言うとるのが聞こえた。


「ちゃうって、財前くん音楽聞いとるだけやから」


聞いとらんの知ってるくせにそういうから、動揺した。そういうことが何度かあって、その都度先輩は「財前くんはどんな音楽聞いとるんやろねぇ」とか「忙しそうなんに声かけてしもたわ〜」と友達に言うとった。


「マネージャーやめろや」


水道で部活用のコップ洗っとる先輩は驚いていた。先輩との初めての会話。俺が言うたら辞めるかなと思って言ってみた。「アンタみたいのがおると、集中できないねん」と付け加えてみた。先輩は部長のコップを落として、あっと声を漏らした。


「アンタ失敗多いし、フォローする身にもなれや」


目を丸くしていた先輩は、はっとしたような顔になって笑った。こんな時にも笑顔なんも、腹立つ。すると先輩は「財前くんは優しいなぁ」と言って、落としてしまったコップをもう一度洗い直していた。


「白石とかのためでもあるんやろ?先輩想いなんやね」

「…前から思っとったけど、俺んことペラペラ話さんといてくれますか。ウザイ」

「ごめんなぁ」

「………」

「でもちょうどマネージャー辞めよかなと思うとったとこやねん」

「えっ」

「成績落ちてもうたし…高校やから油断出来んやろ?せやからちょっと続けるのむつかしいかなって」

「……」

「でも最後にコップ洗い、きちんとやらせて。ね、お願い」


そう言ってまた仕事に戻った先輩を、ついじっと見入ってしまった。部員全部のコップを洗い終わると、それを入れた女にしては重そうなカゴを持って俺に「おおきに。最後に財前くんと話せてほんまに良かったわぁ」と言った。


「今日はオサムちゃんもいてくれてほんまに良かった!部員の皆さんに、私からささやかながらお知らせがあります」


先輩が、部長を遮って前に出てきた。マネージャーが部長の前にお知らせなんて、滅多にない。部員もレギュラーも部長も首を傾げとる。俺はただ見とるだけ。


「マネージャーを務めさせて頂きました中山結衣は、今日をもって辞めさせて頂きます。相談も出来ずに急でごめんな。でも前からちょっと考えてたことやねん」


白石部長も顧問も全員シンとしてただただ驚いて、ショックな顔しとった。やって仕事も完璧やし、テニス多少出来るから後輩相手の球出しも出来る人、そうそうおらん。都合の良いマネージャーがいなくなって、めんどうになったと思っとるんかな。


「…なんでなん、この前マネ楽しい言うとったやん」

「楽しいけどなぁ、あんま向いとらんみたいなんよ」


みんなだんまり。本人が辞めたい言うとるんやし、引き止められん。なんか、俺悪いことしてしもたかな。ほんの冗談やったんやけど。心の中で言い訳をして、自分は悪ないとずっと考えていた。


「みんなのことむっちゃ応援しとるから、頑張って」



いつも先輩が書く部誌も今日で終わり。部誌の裏の白紙部分に、いつも"今日あった嬉しい事"を箇条書にして書いとった。先輩が去る日の部誌には紙いっぱいに書かれていて、項目は最多を記録した。


―白石が転んどった。珍しいこともあるんやね、でも軽傷で良かった

―ユウジは小春ちゃんと今日もラブラブしとりました 羨ましい限りです

―千歳がはよう見つかって良かった


レギュラーだけじゃなくて、ほんまに全員のこと書いとる。こんなん、フツー出来ることやない。イライラして、ストーカーやん、とボソッと毒づいたら本気で謙也さんに胸倉掴まれた。謙也さんは俺と先輩が仲悪いん知ってたらしい。


「何で財前はそんな風にしか出来んのや」





「財前くん、久しぶりやねぇ」


目を覚ますと先輩がいた。時計を見ると昼休みで、午前授業は全部サボってしもた。寝汗をかいとって気持ち悪、と考えてたら先輩が冷たいタオル差し出した。受け取らずに先輩を睨むと、先輩は俺の額に置いて「今日は暑いから身体よう拭かんと」と微笑んだ。


「テニス部のこと、聞いてええかなぁ」

「……」

「やっぱりあかん?」

「テニス部、戻りたいんすか」

「…え、っと」

「あの後、謙也さんにどやされましたわ」

「謙也が…?」

「アンタ、自分の意志でやめたんやろ?」

「…せやなぁ」

「俺、謝らんからな」


俺はそう言うと寝返りをうって先輩に背を向けた。でも先輩は「そんなこと言うたら、謝ったのと同じようなもんやで」と笑った。調子に乗って俺の頭を撫でる手を掴んだら、勢い余って先輩の顔が近くなった。途端に真っ赤になった先輩をさらに引き寄せて顔を近づけたのは勢いのせいじゃない。







「財前くん…私のこと好きなんかわからん」

「嫌いっすわ」

「じゃあキスせんといてよ…」

「やだ」

「…そう」


こんな会話を高校生時代、何度もした。付き合わずにキスもセックスもした。いっぱい傷つけても結衣先輩は俺を嫌おうとも離れることもなかった。先輩は俺に逆らえない。それは俺のことが好きやから、と考えた。そうやって振り回しても何も言わんで先輩は優しくしてくれる人やった。そんなことを思い出しながら、俺は先輩のバイト先であるカフェに入った。


「結衣、先輩」

「えっ!?光、なんで…」

「バイト先、謙也さんから聞きました」


もう少しで帰れるらしい。「うち来れます?」と聞くと嬉しそうに頷いとった。帰る時、俺の傘に入れたろと思ったらわざわざ店から傘を借りていた。「相合い傘したら光の肩濡れてまうやろ」と言いながら傘をさす先輩に、悲しくなった。







「光」

「…はい」

「どないしたん?顔真っ青やで」

「ええから、俺ん部屋で待っとって下さい」

「何言うとんの、お茶とかええから光は座っとき」

「………」

「私がホットミルク作るから、待っとってな」


先輩は手際よく作っていて、その様子を俺はぼんやりと見つめていた。先輩はきっと相手が謙也さんでも部長でも誰でも同じようにしたやろ。優しい。先輩は優しい。


「ほら出来たで、熱いから気ぃつけて…あっ光はこっちのマグカップ」

「砂糖ちょっとしかあらへんかったから、こっちにしか入っとらんねん。私はダイエット中やしええねん」

「光、甘いの好きやもんね」



その優しさがぼくを堕落させるから



キスした時の真っ赤な顔、 セックスした時の恍惚とした表情。いつも俺は好きなように好きなだけ、先輩を利用した。誰でも良い。お盛んだったあの頃は、数ある中の一人だった先輩。そして最後に残ったのも先輩。先輩は自分が特別じゃないことも何もかも知っていて、それでも傷ついた顔はしなかった。笑って受け流していた。今はそれが、辛い。



「先輩はどうして俺と一緒にいるん」

「そら光が優しくて、一生懸命で、」



優しいのは部長。包容力あるんは副部長。一生懸命なんは謙也さん。明るいのは金太郎。先輩が好きなジブリを一緒に見てくれるんは千歳先輩。おおらかなんは師範。女心わかっとるのは小春先輩。器用なんはユウジ先輩。顔がええ奴なら本当にいくらでもおる。俺は誰かに勝るものなど一つもない。俺の代わり、先輩に相応しい人はたくさんおる。


「謙也がねぇ、よく『何で財前はそんな風にしか出来んのや』って言うとったわ」

「確かに光は素直やないもんな」

「光の言う通り、ええ人はたくさんおるよ」

「それでも光がええなって思うのは、誰でも代わりが出来るんとちゃうからやないの?」



果てまで、ずっと、



「光、顔上げて」

「………」

「もう…光、」


先輩は膝に頭をつけて泣く俺の腕を引っ張った。そのまま俺は先輩に抱き着いた。何でそないなこと言うんやろ。いつも笑っとるだけで俺のこと好きって言ってくれへんかったやん。本当のこと、言えや。


「自分じゃ気付いとらんやろうけど、光は私に酷いこととかしたらちょっと苦しそうな顔してんで?」

「それに気付いてこの子ほんまはええ子やん、って」

「でも光が私以外の子みんなには好きって言うから、どの子が光の1番好きな子なんやろって考えて」

「上手くいって欲しくて、好きだなんて言えへんかった」


「マネージャーやめる時も、光に何度も無視されて、でも突然キスしたりして曖昧な関係が始まった時も」

「好きって言えへん時よりは辛くあらへんよ」







俺が先輩の前でしか泣けなくなったんはいつからかもう思い出せん。試合で負けた時も周りから理解されなかった時も進路の話も全部先輩の前だと涙腺がゆるんだ。先輩が一番なんやと気付いた時には、先輩の前で突然涙が出て、今までの出来事ぜんぶ先輩に申し訳なくて、こんな俺だから好きになってくれへんと片思いに泣けた。俺に優しくするのも、それは先輩が優しいからで俺が好きやからやないとわかって、悲しくなった。決して俺は特別やない。俺の中で立場が逆転した。先輩が好きやった。結衣先輩しか、好きやない。


「先輩…言えや」

「うん」

「俺んこと好きって、言えや…っ」


俺の涙を拭いながら、先輩は言う。俺は先輩の唇に自分のものを重ねた。数年前と、変わらない。


付き合ってよ






20110723 更に修正

すみません財前と謙也がお互いどう呼び合ってるかあやふやで…!公式だと謙也さん、財前、と呼んでる…のかな。←まだあやふや
私の希望としては謙也くん、光、なんだけどね…!
いろいろすみません。

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