「う、そ……」


はらり、と一枚の紙が大きな箱の上に落ち、親切にも通りかかった弟が拾った。そして無遠慮に箱の中身まで開けた。弟は「すっげー、姉ちゃんすっげー」とアホっぽい感嘆を漏らして放心する私に拾ったそれを渡す。もう高三にもなるのにアホっぽいなぁ。そんなことが頭によぎるが、それどころじゃないことを思い出す。



「い、…いじめられる…!」



私の高校時代の同級生からの手紙。それは立海大付属高校の同窓会のお知らせだった。私は大学も立海だったから、あまり同窓会で誰かとの再会が楽しみ、というのはないんだけど、この同窓会にはアイツもやってくる。アイツからのメールが私の死刑宣告である。言い過ぎかもしれないけど、とりあえず泣く。



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From 幸村精市
Sub 同窓会
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俺も行くからね
俺が送ったドレス着な
いと殺す(^ω^)

   --END--
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何で物騒なことを言ってるのにめちゃめちゃ笑顔な顔文字なのかわからない。でも逆らえない。結局、私は幸村が勝手に送り付けた、あの大きな箱に入っていたドレスを着ている。はぁ、とため息をつきながら一人でいると、仁王が声をかけてきた。仁王は中学時代から仲良かったから、気のおけない友達だ。



「お前さん、誰かと待ち合わせとらんの?」

「…幸村が、俺が来るまで一人でいろって」

「まだやっとんのか」



仁王は楽しそうに笑った。私は中学の時から幸村に逆らえなかった。嫌われているわけじゃないけど、何故かパシられ、気付けば立派な上下関係、主従関係が出来ていた。それは甘いだけの関係じゃなかった。幸村に彼女が出来ても私は下僕に変わりなかったし、いつだって何だってした。私はセフレという名の下僕なのかもしれない。都合の良い女。



「さっさと幸村も告白すればええんに」

「はあ?馬鹿なこと言わないで」

「まぁ信じんならええがの。…それにしても、えっろいドレスじゃのう」

「ちょっ、だめ!幸村来たら私がっ…」

「ふふ、久しぶりだね」



その声は!と思って振り返れば、私のご主人様・幸村精市が立っていた。ふざけて抱き着いている仁王から急いで身をよじる。仁王はニヤニヤしているけど、私は顔面蒼白だ。幸村はツカツカとこちらにやってくるので、殴られる、と反射的にぎゅっと目をつぶった。



「……チッ」



今舌打ちした!あれ?でも何もされない?恐る恐る目を開けた瞬間、私の首に手をかけた。殺される!と思ったら、私のネックレスに手を伸ばし、引きちぎった。………えええ、それプレゼントなのに。仁王からの。私が唖然としていると、仁王は「あーあ」と声を漏らした。



「それ高かったんじゃけど」

「ごっごめんね、仁王」

「仁王、また今度相手してやるから消えろ」

「…ハイハイ」

「仁王っ本当にごめんね!」

「お前も黙れ」

「…はい」



魔王は未だ健在だった。

幸村は中高大とテニスを続け、世界大会で活躍するテニスプレイヤーになっていた。いつだったか、デパートのくじ引きでウィンブルドンの試合観戦チケットが一等にあったから、「行ってみたい?」なんて聞いたら「行ってみたいかだって?行くんだよ、俺は」と微笑まれたのを覚えている。

有無を言わさない雰囲気で仁王と私に命令すると、仁王は肩を竦めながら離れていった。怖ず怖ずと幸村に向き直ると、仁王がプレゼントしてくれたネックレスを無造作に捨てていた。



「ひ、久しぶりだね…」

「………」



幸村に話しかけたけど、幸村は私に背を向けて返事をしなかった。幸村の背中は、広い。幸村は前から細かったけど、今は細くて前より筋肉があって、すごく、男らしくなった気がした。幸村を取り巻く空気だって、昔とは違う怖さがある。絶対的な強さがあった。世界を相手にすると、こんな風になるのかな。幸村は振り向いて、私の肩に手を置いた。



「濡れた?」

「…は!?」

「俺に会って、濡れた?」



何を言ってるんだコイツは。幸村は私の肩を指先でいやらしく撫でた。それから私が幸村の前じゃ自分の意思で動けないことをいいことに、私の指と絡め手を繋ぎ、耳元に顔を寄せた。幸村は私の赤くなった耳に熱い息を吐き、首筋からうなじへ舌を這わせる。アルコールで熱くなった舌が耳の穴に入り、最後にまた息を吹き掛けた。



「ゆ、きむらっ…」

「欲しそうな顔してる、いやらしいね」



ニヤリと笑って私の手を強く握った。もう同窓会の会場の雑音なんか聞こえない。聞こえるのは私の鼓動と幸村の命令だけだった。行き先なんて、決まりきっている。









「す、ごい…」

「当然だよ」



東京の高級ホテル。幸村は当然のようにVIPルームへと私を連れる。ルームサービスで高そうなワインを頼み、ひとまず乾杯をした。ワインを飲みつつちらっと幸村に目を上げると、じっとこちらを見つめていた。恥ずかしくて視線を逸らすと、幸村が不機嫌になったのがわかった。



「お前さ」

「う、うん」

「何他の男から首輪もらって喜んでるわけ?」

「えっ」

「仁王からのネックレス」

「あ、ああ…だって誕生日プレゼントだし…」

「俺がいない間に他の男のものになるなんて、偉くなったもんだね」

「ちっ違うよ……」



うわぁ…やっぱり昔と変わらないくらい横暴だ。小さな声で反論すると、鼻で笑われた。何で私、こんな男の下僕なんだろう。



「そんなに偉くなったなら、見せてもらおうかな」

「へっ?」

「俺より立場が上ってとこ」

「え、なに…?」



幸村の言っている意味がわからなくてぽかんと座っていると、立ち上がるように腕を引かれる。すると幸村はにっこり笑いながら私の前で膝をついた。



「早くしなよ」

「えっ」

「俺のこと蹴りなよ」

「え!?」

「蹴りなよ、俺より偉いなら」



幸村が壊れた。幸村がこんなこと言うなんて有り得ない。下僕の私に蹴られるなんて死ぬことよりも嫌だろうし、屈辱に決まってる。幸村は微笑みながら私を見上げている。いや、私が幸村を見下ろしている。今までたくさん使われたしちょっとくらい良いかも…と思ってしまった。いやいや、幸村はテニスプレイヤーだし、蹴って怪我させたら責任取れない。あたふた考えていると、痺れを切らした幸村が私の足首を掴む。私はとっさに背後の机に手をついた。



「なっ何!?」

「ほら早く」

「やっやだ…!」



幸村が怖い。いつもと違って怖い。掴まれた足を離してもらおうと暴れさせる。すると弾みでヒールが幸村の首筋を擦った。あの幸村の身体を、傷つけてしまった。幸村が「痛っ」と声を漏らした。どうしよう、傷つけた。幸村は私の足をより強く掴んだ。



「ご、ごめんなさっ…!」

「いいよ、もっと蹴って」

「嫌だよ…ねぇ、もうやだ…」

「もっと強く」



幸村は無理矢理私の足を右肩に乗せてヒールを強く押し当てた。私の足に幸村の指が食い込んで痛かったけれど、そんなことより幸村の大切な右肩に私なんかの足を置いてることが辛かった。幸村はMになったんじゃない、根っからのサディストだ。私がこうして幸村を蹴ることを嫌がっているのを見て楽しんでる。



「やだ、幸村っ、お願い、だから…っく、」

「ほらほらもっと強く踏んでよ」

「うっ、く、ごめんな、さい…も、許して、よ…」

「俺より偉いんだろ」

「ち、がいます、ゆきむらっ、が、いち、ばん…っ」



私はもう号泣していた。幸村は私の足を離すと立ち上がって口角を上げた。幸村に見下ろされて、ホッとしている自分がいた。幸村は泣く私の頬を優しく撫でてから、ソファーに座らせた。



「何で俺が会場に来た時に1番に会いに来ないわけ?」

「だっ、て…」



怒っていた理由はそれだった。幸村が来て、すぐにわかった。でも、幸村はいつだって有名人だから、私は側にいけない。幸村が許してくれて腕を引いてくれないと、側にいけない。私の感情だけじゃ、駄目だ。私よりも幸村に相応しい女の子はたくさんいる。だから、幸村が私を下僕として存在を認めてくれないと、私は側にいる理由がない。私は幸村というご主人様が好きだから。



「…まぁお前の思考回路は読めてるけどね、そんなことどうでもいいから」

「は、い…」

「もう泣くな」

「う、うんっ」

「お前の泣き顔見て、安心した」



泣くなと言ったり泣き顔で安心したり忙しいひとだ。幸村は私の後頭部に手をやると、無理矢理自分の胸に押し付けた。乱暴に抱きしめるから、息が苦しい。幸村と一緒にいるといつも苦しい。今みたいに嬉しい苦しみもあったけれど、それだけじゃない。幸村在りきの私だから、都合の良い女でよかった。それでも抱きしめたり愛してくれたりしたから、苦しいし嬉しい。下僕という曖昧な関係だった。



「お前だけだと思うなよ」

「え…?」

「苦しいのはお前だけじゃないから」

「そ、うなの?」

「だから、やめよう。俺たち」



涙がまた溢れた。終わりなんだ。でももう最後の言葉は決まっていたから口を開いた。それなのに幸村は私を突然押し倒して無茶苦茶にキスをするから何も言えない。



「ふ、やっ、んんっ」

「はっ、あ、かわい、ね」

「しちゃ、ヤ、だぁ、」



キスをしながらスカートを捲くりあげられ、直ぐさまくちゅりといやらしい音。涙目で見つめると幸村は満足そうに笑った。



「俺以外とヤッてないよね」

「し、てない」

「ふふ、今夜は抜いてやらないよ」



ねぇ、こんな関係やめるんじゃないの?まだ、私のこと遊んでるの?聞きたいことも言いたいこともたくさんあったけど、何故だかいつもよりずっと優しく抱く幸村が「愛してる」なんて切なそうに囁いたらそれを受け入れるしかない。幸村から与えられる苦しみも痛みももはや嬉しいと感じる私はそうとう躾された雌犬だ。




三回まわってを乞え



翌朝、私の指には結婚指輪という鎖が繋がれていた。私が声を殺して泣いていると、幸村は「泣き虫のお前がずっと好きだった」と言った。こんなに泣き虫になったのは幸村のせいだ。それに、サディストな幸村が私の泣き顔が好きだと言うなら何度だって泣く。彼のために、マゾヒストにだってなる。



「笑ってよ、俺のお嫁さん」

「いちばん愛してる」





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企画M0721に提出。
愛崎さん、楽しい企画に参加させて頂き感謝します!
私の都合で提出が遅れてすみませんでした。これからもよろしくお願いします^^

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