俺はカチカチとメールをしながら目の前の結衣が話す話題にテキトーに相槌を打つ。うざい。めんどくさい。ちなみにいらついてるのはメールの相手、目の前の女じゃない。



「それからね、」

「うざい」

「え」

「この女」

「ああ、」



この女、最初は「一緒にいさせてくれるだけでいい」とか言ってたくせに、付き合って一ヶ月経てば独占欲丸出し。醜い。うざい。この俺を独占なんて、100年早い。即刻サヨナラ。



「あ、お前なんか話しとった?」

「あ…いいよ別に」

「この女、束縛したがるから切った」

「雅治…」

「なん、俺が悪い?」

「…ううん、雅治は悪くないよ」



結衣がそう言うならいい。俺が無条件に隣にいてもいいと思う幼なじみ。ていうか隣にいるのが普通。小さい頃から一緒にいただからなんかもう空気みたいな。気を使うこともめんどうなこともない。何より俺をよく知っとる。



「雅治ってさ、女遊び激しいよね」

「普通じゃろ」

「そうかな、あたしはさっきの結構酷いと思うんだけど」

「はあ?」



何コイツ。めんどくさ。うざ。結衣は眉を八の字にして言いにくそうに口を開いた。



「…雅治、女の子たちの気持ち考えたことある?」

「なん、またお前に嫌がらせか。だから女は嫌いなんじゃ」

「そ、そうじゃなくて、女の子たち可哀相じゃん」

「なんで」



俺の方がよっぽど可哀相。したくもないデートしたりグロス塗れのキモい唇にキスしてやっとるんに、キーキー怒鳴られる。俺カワイソー。今までに俺に好きなひとなんかおらん。本当に出来たら、それがきっと最後のひと。俺って一途。



「…だって、雅治のこと好きなのにこんな風にされたら嫌だよ」

「はあ?お前誰の話しとるん?」

「ち、ちが、」

「だったら説教とかやめろ、うざい」

「…ごめん」



珍しい、結衣が俺に説教なんて。うざいけど、まぁ別に、コイツ程度のうざさなら許せる。もっとうざいヤツたくさんおるし。



「…雅治は、特別な女の子とかいないんだね」

「おらん」

「そっか…」

「女はめんどうなだけじゃ」

「っ、あたしも女なんだけど…」

「お前は女じゃないじゃろ」

「…そうだね」



男でもないけど。なんつーか空気。そんな感じ。俺にもよくわからん。時計を見るともう部活に行く時間。同じクラスの丸井に声をかけると、もう準備は出来とったらしくラケットバッグを持って俺の席に来た。



「仁王、部活行けるぜ」

「おう」

「…お前、どした?」

「えっ」

「丸井?」



丸井がアイツをじっと見ていて、顔を覗き込んだ。驚いたアイツは顔を上げた。いつもと同じ。



「なんか暗くね?元気出せよ」

「あ、ありがとう」

「ほら、飴やるよ」

「ありがと、丸井くん」

「ブン太でいい。気をつけて帰れよ」

「うん、ブン太くんも部活頑張って」



丸井はひらひらと手を振って背を向けた。俺はアイツをもう一度見た。どこが暗いのか、わからん。アイツが俺にも丸井と同じトーンで「頑張って」と言うから、それ以上気にしないことにした。ああ、今日も部活はかったるい。









「なぁ、仁王」

「なん」

「アイツ、可愛くね?」

「アイツって誰」

「はあ?中山結衣に決まってんだろ」



授業前の5分休み、丸井に部活のことで伝えなきゃならんことがあって、丸井の隣席に座って話しとった。ああ、アイツはこの席になったんだった。ていうか丸井がアイツ呼びとか。うざすぎ。



「そうかの」

「お前、幼なじみだからわかんねえんだって」

「ふーん」



興味ない。だって他人にとって可愛かろうが可愛くなかろうが、結衣は俺の幼なじみ。前に何度か結衣に告ろうとか考えた馬鹿がいた。シメた。だって付き合ったら結衣と幼なじみ出来んじゃろ。俺は付き合っても両立出来るけど、結衣はだめ。そんなこと考えとったら結衣がぱたぱたとこっちに来る。


「…雅治、座りたいんだけど…」

「いやじゃ」

「…うーん」



あ、困っとる。こういうのは、可愛いかもしれん。ロッカーから持ってきた教科書を抱えてて、次の時間が国語ということを知る。



「じゃあ俺と半ケツする?」

「え、ブンちゃ、」

「ほら、いいだろい」

「!!、もう…」



丸井が強引に結衣の腕を引っ張って、同じイスに座らせる。あ、今の可愛い。なんか照れてるし。へえ、知らんかった。いや知ってるけど。コイツのことで知らんこととかないけど、改めて知ったっていうか。でも今半ケツしてんのは丸井で俺じゃない。



「なんかイイ匂いするんだけど」

「え?別に香水つけてないよ?」

「ふーん」



顔近すぎじゃろ。俺と目が合うと、結衣はちょっと恥ずかしそうに俯いとる。なん、コイツ丸井のこと好きなん?キモい。チャイムが鳴って、国語の教師が入って来たので自分の席に戻る。授業中も二人は話しとって、何度か教師に注意されとった。そしたら今度は筆談。うざ。観察もめんどくなったから、俺は机に突っ伏して寝た。









早く席替えしろ。だってホラ、丸井と結衣の絡みを遠くで見るのも飽きたしな。丸井の弁当は最近やけに可愛らしくなった。キモい。しかも上機嫌。俺は市販のパンを食べる。この味にも飽きた。



「いつもこの弁当うまいんだよなー」

「マザコン」

「ちげーし、これ結衣が作ったんだよ」

「…はあ?」



知らねえの?と丸井は口をもぐもぐさせながら話し始めた。最近の弁当は結衣が作っとるらしい。初耳。つーかなんで丸井。俺、最近アイツの料理食べとらんのに。ちょううざい。



「良い幼なじみだよな。料理出来て、顔可愛いし」

「はあ?キモい」

「んだようるせえな」

「手作り弁当とかキモすぎ」



大袈裟に身を震わせると、丸井の眉間にシワが寄った。怒らせたっぽい。キモい。丸井とアイツが付き合って、「あーん(はぁと)」なやり取りをするなんて。結衣の隣におるのが俺じゃのうて丸井だなんて、考えるだけでも虫酸が走る。キモい。そんなことを考えとると気付いたら結衣がいた。顔面蒼白。キモい言うてたの、聞こえとったかな。でもまぁ、そういう意味じゃないし。分かるじゃろ。



「この弁当、いつもすげーうまい」

「ほんと?ありがとう」

「まじまじ。お前って本当イイ女、惚れそー」

「も、もうっ…」



丸井の目は本気じゃった。二人を見て、手が勝手に動いた。次の瞬間、丸井が食べとった弁当は床に落ちてぐちゃぐちゃになった。その時の結衣の顔ったら、そそられる以外の何ものでもない。



「おい!何すんだよ!」

「まさ、」

「仁王、待てよ!」



結衣の腕を引っ張って、屋上に続く暗い階段まで全力疾走。普段めんどくさい女共とのセックスに使うこの階段の踊り場も、コイツとなら明るくて綺麗に見える気がした。



「まさはる…」

「そんな目すんな」



そんな目、俺に向けるな。お前だけは向けるな。捨てた女がいくら軽蔑、あるいは悲しそうな目をしとってもええ。けど、結衣だけは。結衣は悲しさと怒り、あと何かを含んだ眼差しをしとる。



「なぁ、結衣は幼なじみじゃろ」

「…そ、うだよ」

「俺のことわかるのは結衣だけ、お前のことわかるのは俺だけ。なぁ、そうじゃろ?」

「………」



今までどんな問いにも返事をしてきたコイツが、黙った。なんで。俺の知らない結衣がいる。



「…雅治は、わかってないよ」

「は、」



震える声で結衣は言い切った。なんとも言えない激情が全身を貫いて、結衣の腕を掴んで力任せに壁に押し付けた。小さく悲鳴が聞こえて、怯えたような目。俺はそんな目が欲しいわけじゃない。



「じゃあ、教えろ」

「…え?」

「俺が知らんお前、教えてみんしゃい」



俺が耳元で囁いてやると、結衣は小さくため息を吐いた。それが色っぽくて、驚いて思わず手を離しそうになった。いつから、そんなオンナになった。



「…本当は、雅治に女遊びやめてほしいし…」
「あたしの知らない雅治のこと、もっと知りたい、のにっ…」
「たまに、雅治の一言に、すごく、傷つくよ…」

「だって、雅治のこと、好きだからっ…」



なあんだ。俺達はまだまだ何にも知らんかったのか。こんな結衣は見たことない。そして俺の胸に渦巻く感情も。毒々しい原色、熱くて溶けそうな感情。ぽろぽろと涙を流す結衣を見つめた。綺麗だ。



「なぁ、俺んこと好き?」

「…す、き」



桜色の唇が、震えながら動いた。大きな瞳には俺しか映らん。結衣の手は俺によって封じ込まれていて、手首には赤紫の痕がうっすら残っている。俺はこの感情の名前を直感した。



「俺は結衣のこと、嫌いじゃ」

「っ…そ、か」

「丸井と筆談したり半ケツしたり丸井のために弁当作る結衣は嫌い」

「…まさ、はる?」

「なぁ」

「…?」



お前を全部ちょうだい。

耳元で囁いて、首筋に舌を這わせた。控えめな高い声にニヤリと笑った。もっともっと知らないお前を知れる。同時に俺自身も知れる。こんなに凶暴な独占欲で、結衣を縛り付けたいだなんて。知らなかった熱すぎる愛情。



「好いとうよ」

「っ、んぁ…」

「…絶対、はなさ、ん…」

「まさぁ、…んん、」

「か、わええ…す、き、結衣、結衣」

「んっ、な、に」

「もっと、しよ…キス、して、名前、呼んで、結衣、もっと、しよ」

「っー、…雅治、ぅ…ん、」



笑える。結衣はもちろん自分も息が出来なくなるくらいキスを求めるなんて。足りない。束縛や独占という言葉じゃ、足りない。結衣は空気の中の酸素だ。酸素がないと生きていけん。今まさにキスによって酸欠、でも結衣がおるから生きていける。だって酸素なんじゃから。



「結衣、キス」

「ん、」



声にならない愛の言葉も舌先を絡ませて交換して、お互いの酸素を取り込もう。掴んでいた手首をもっと強く、お互いの身体の距離はゼロ。今まで結衣を知らなかった距離を埋めるように、俺はさらにキスを深くした。もっと、もっと。




欲のを永遠に





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祐香さんへ
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苦情は祐香さんのみ。

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