学校まで歩く。
とことこ歩いていると、宍戸に不思議そうな顔をされた。宍戸を抜かしてからしばらくして、後ろから何度も声をかけられたけれど、すべて無視をする。チッ、宍戸がいたか。テニス部の連中に会いたくなくてものすごく早い時間に起きたのに。宍戸は真面目で努力家だから、朝練がなくても朝練するらしい。ばかだ。



「めずらしく早いやんか、結衣」

「うるさい」

「うるさいのは俺やのうて外野やろ」



忍足もあたしにとって外野であることがわからないのか。世の中にはばかばっかりだ。あたしは教室、というか学校中がうるさいことに絶望して授業をサボタージュすることを決定した。思い立ったらすぐ決行、それがモットーである。



「サボるん?」

「しゃべらないで忍足のばか」

「ハァ…自分、もうちょい素直にならんとあかんで」



あかんかどうか、忍足が決めることじゃない。にやにや笑いながらあたしの肩に手を置いて、ちいさい子供をさとすように囁いてくるもんだから、気持ち悪い。耳元でため息なんて、女の子はそれで落ちると思ってんのか。ハァハァきめーんだよ、と罵るともう一度笑った。このマゾヒストが。



「相変わらず口悪いなぁ」

「うるさい」

「なぁ、なんか祝ってやらへんの?」

「知らない」

「祝ってやらんとアイツどんどん拗ねるで」

「あたしは祝わない」



忍足が後ろであたしを呼んでいる。ついでに数学教師も。まとめて背中で受け止めて、あたしはとことこ生徒会室に向かう。ここにあるふわふわブランケットを取りに行くためである。鍵は跡部から奪ったものがある。ガチャリンコ、とまぬけな音をさせて鍵を開けるとムッと甘ったるい匂いがした。



「おえ…」



有名ブランドの香水の山である。最近、テニス部の連中の誕生日には香水をプレゼントするのが流行っている。それぞれ想い人に似合う香水を買って、自分の分も買う。数日後、すれ違い様に香る香水が自分のあげたものだと、女の子たちは有頂天になって、誰かとかぶるとそこで全面戦争。ばからしい。

今日は何を間違ったか月曜日で、跡部の誕生日である。月曜日って何かとめんどうだし週明けでだるいのに、跡部の誕生日だなんて。うざすぎる。最悪。



「くさい…」



あたしはむしゃくしゃしたので、綺麗に積み上げられた香水の山をジェンガのように箱を抜いていった。どんどん抜いていくと、呆気なく山は崩れた。がしゃんがしゃん。瓶の割れる音がした。あたしは一目散にブランケットをひっつかんで、生徒会室から出ていった。そのあと保健室にいってベッドにもぐった。ブランケットから香水の香りがしたので、足でふみつけた。








「頼む、部室来て。そんだけで跡部の機嫌が直んねん」

「いやだ」

「会うだけでええから」

「絶対にいや」

「何でやねん」

「跡部きらい」



部活は開始時刻からもう5分が経っている。忍足がため息をついた。今日は絶対に跡部に会いたくない。会うわけにはいかない。まぁいつも会いたくないけど今日以上に会いたくない日はない。








「絶対に俺が跡部呼ぶまで出てったらあかんで」

「忍足の嘘つき最低変態!」

「はいはいそんな素直じゃないとこもかわいいでー」



しね忍足。

あのあとあたしはまんまと忍足に騙されて、部室にほうり込まれた。銀座の高級スウィーツにつられるなんて、中山結衣一生の不覚。へらへらと笑いながら忍足は部室から出ていった。跡部に会わなきゃいけなくなった。あたしは部室のすみっこの方で体育座りすることにした。ちいさくなってやる。跡部なんかきらい。あたしは同じく部室のすみにまとめられたプレゼントの山を蹴った。崩れた。しばらくすると、がちゃがちゃ部室の外がうるさくなって、息を切らした跡部が登場。



「結衣!」

「ばか」

「俺に会いに来たんだろ」

「来るかばか」

「ちいさくなってねえでこっち来い」

「来ないで」

「しかたねえな」



声がはずんでる。めちゃくちゃうざい。あたしに会えたことがそんなに嬉しいか。あたしはもっと足をぎゅっと身体に近づけておでこにひざをくっつけた。



「ちいせえな」

「………」

「かわいい」



こんな、いもむしみたいにちいさくまるまったやつが可愛いなんて、趣味悪い。おしりと足先を使ってもっとすみっこに行く。おしりが角につく。跡部があたしの目の前に屈んだのが気配でわかる。



「ほら、拗ねてねえでこっち来い」

「拗ねてんのは跡部でしょ」

「ああ、俺は結衣に会えたからもういい」

「あたしは拗ねてない」

「よしよし」



跡部はあたしの頭を撫でている。顔を上げずにその手を振り払うと、楽しそうな笑い声。むかつく。さっきの香水みたいで甘ったるい。跡部なんか、あの瓶たちのように割れちゃえばいいのに。



「結衣、まるくなっとるなぁ」

「かわいいだろ」

「かわええなぁ」

「おしたりきて」



しばらくすると忍足も部室に戻ってきた。顔を上げずにおいでおいですると、忍足もあたしの近くに屈んだようだ。近くにある手を握ると、冷たい。たぶん忍足だと思ってあたしは手を広げる。そうすると忍足はあたしを抱き上げて、ソファーに座らせた。その間あたしは俯く。今日はどうしても跡部のことを視界にいれたくない。あたしは怒っているんだから。



「跡部は出てって」

「わかったよ」



あたしは忍足に抱き着いていて、何も見えないけれど、ドアの閉まる音が聞こえたので、あたしは安心して顔を上げる。ああ、疲れた。ちいさくまるまっているのは疲れる。



「ぎゃーっ!」

「照れてんじゃねえよ」

「は、離れて!」

「はいはい」



騙された。あたしが忍足だと思って抱き着いていたのは跡部だったのだ。最悪、跡部も忍足も消えればいい。ぎゅーっと抱きしめていたのが跡部だなんて。触れていたのが跡部だなんて。あたしは全力で離れようと暴れたけれど、跡部はそれを許さなかった。



「離れてよ!」

「ああ、わかった」

「離れてないでしょ!」

「はいはい」

「頭撫でないでよばか!」



とろけそうな顔をしている。緩みきったその顔に平手打ち、それでも跡部はあたしを離さなかった。泣きたくなった。



「だいっきらい」

「好きだ」

「あたしはきらいって言ってんでしょ、触らないでよ」

「ああ、わかってる」

「頭悪いの?」

「かわいいやつだな」

「ばか!きもい!」

「ありがとう」

「変態!女ったらし!」

「よしよし」



話が通じない。ぜえはあと息を切らしていると、「セックスしてる時みたいでかわいいな」とのたまう。さいていだ。跡部はというと、目を細めて楽しそうに笑っている。あたしはこんなにぷんすかしているというのに!



「触らないで!」

「抱きしめてほしいんだろ」

「やめて、他の女を触った手で、あたしを触らないで!」



本当のところ。

あたしは憎くてたまらない跡部の誕生日をいちばんに祝ってあげなきゃいけない位置にいる。その位置はとても深い沼みたい。最初はそれを望んだけれど、今は抜け出したくてしかたない。ばか跡部。あたしはいろんな女の子に優しく触れてしまう跡部が憎いし嫌いだし汚いと思う。



「汚い、触らないで」

「また一緒に風呂入ろうな」

「溺死して」

「泡の風呂がいいんだろ」

「きらい、こっち来ないで」

「あっためてやるよ」



これまでそんな風に他の女の子を愛してきたかと思うと吐き気がする。そのくちびるであたしと同じように誰かに愛を囁いて、その指であたしと同じように誰かを触れて、そうやってあたしと他の女の子との区別もなく愛されるのかと思うと気持ち悪い。跡部が不細工で、どうしようもないダメ男だったらよかったのに。そうしたらきっと、お互い綺麗なままなのに。今の跡部は死ねばいい、あたしも死んで、生まれ変わったら、また恋をしたい。



「結衣、そんなに泣くなよ」



体育座りしていた時からずっと溢れている涙。こんなに跡部のこと嫌いと言っても、跡部はいつもあたしに愛を向ける。だからあたしは泣きたくなる。跡部の大きな愛に、あたしは何も返せない。結局のところ、あたしはプレゼントをあげる女の子たちみたいにかわいくなれない。本当に何も返せない。



「今日、泊まるだろ」

「行きたくない」

「前食べたオムライス作ってやるからな」

「たまごきらい」

「今度はケチャップ、結衣がかけろよ」



あたしは跡部を見た。本当ににこにこしてる。ほんのり頬がピンクだ。あたしはこんな顔しか見たことない。あたしはもっと他の顔も見たいのに。誰も知らない跡部の顔を、あたしだけに見せてくれたら素直になってあげられるのに。



「あたしのことすき?」

「ああ、好きだ」

「あたしはきらい」

「俺も愛してる」

「しね跡部」

「ああ、これからもずっと一緒だ」



跡部はそう言うとあたしの前髪をあげておでこにキスをした。満足そうに笑うから、あたしは手でごしごしそこを擦ると今度はその手を取って手の甲にキスをするんだから、もう、だめ。あたしは急に、自分から離れようとしていた跡部との距離にもどかしさを覚えて、跡部の首に手を回した。跡部は突然のあたしの変わりように、目をぱちくりさせた。



「誕生日おめでとう」

「へっ?」

「あたし、跡部が生まれてきてくれてほんとにうれしい」

「え、結衣、」

「すき好き、跡部のこと好きすぎてしんじゃいそう」

「あ、う、」

「あたしのこと離さないでね」

「結衣、おま、」

「跡部、大好き」

「ば、ばかっ急に素直になってんじゃねえよ…」



顔が真っ赤。小さくなる声は、全人類の中であたしにしか聞こえない。あたしのことをばか呼ばわりするなんて、許せない。こうやってあたしが、誰も知らないあたしを跡部だけに見せているというのに。むかついたので、ぽかんと開いている跡部のくちびるに、ちゅっとキスをしてやった後、長く長くあたしのくちびるを押し付けて最後に跡部のくちびるを舐めあげてやった。そうしたら跡部は「…すきすぎてしぬ…」なんて言いながら真っ赤でとろけた顔をした。

そう、あたしはもっとそういう顔が見たいのよ、マイダーリン!





マイフェアレディ!


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跡部はぴば!
なんていう俺得夢。


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