少しずつ傾く太陽の光が教室の日付と日直が書かれている黒板を照らす。今日は金曜日だ。
土日は何をしようかと考えながら、あたしは目の前の二人に視線を落とした。
今日は午前中に雨が降って午後には上がったけど、テニスコートが使えなくなった。何となくどこかに行きたいってわけでもなかったから何となく教室に残っていた。
あたしは椅子に膝を抱えて座り、仁王は机で伸びていた。丸井はというと、食べかけのパンを手にしながら新しい彼女と電話。うるさい。つーか前の彼女はどうした。
「前のは別れた」
「まじでか」
「まじまじ」
「相変わらず早いね」
「仕方ねえだろい」
仁王は携帯をいじっていて、丸井は二個目となる菓子パンに手を伸ばした。最近丸井の食べる量が増えた気がする。
「あんた食べすぎ」
「だって腹減るんだもん」
「もんとか可愛くない」
「は、俺ってばお前より可愛いしモテるし」
「しね」
「ていうかなんか食いモン持ってね?」
「しね」
「丸井、俺のカロリーメイトやるぜよ」
「サンキュ」
「代わりに女紹介しんしゃい」
「じゃあ元カノが仁王イイとか言ってたからメアドやるよい」
おいおいおい。
「あんた達、いつか刺されても知らないから」
「お前だって似たようなモンだろい」
「あたし付き合ってる間は一途だし」
「その割りには回転速くなか?」
「仁王はセフレ多すぎだろい」
「丸井だって回転速いじゃろ」
あたし達が話しているのをじとりと見つめながら通り過ぎる生徒がいた。まぁ、それがフツーの反応だと思う。フツーってのよくわかんないけど。何となくその生徒が通り過ぎた先を見ていたら、「おーい」と丸井が。
「パンツ見えてんぞ」
「見られて困るパンツ履いてないよ」
「おま、そういう時は恥じらえよ」
「さっき男子が見とったぜよ」
「うわーナイわ」
「平然としてるお前がナイわ」
「あ、メールきた」
「聞いてんのかよい」
男からだった。めんどくさいので後回しにする。どうせいつも同じ内容なんだから。
「返さんでええの?」
「別れるかもねー」
「はあ?まだ二ヶ月だろい」
「あんま続かなかったなあ」
丸井や仁王も原因は聞かない。
だって二人が1番分かってるんだから。
夕日を見た。
とても綺麗だから明日は晴れるだろう。家にいるの、もったいないかも。
「男ってめんどくさい」
「女の方が、めんどくさいじゃろ」
ふて腐れたように仁王は「女の方が」を強調した。あたしは昼休みに起きた事件を思い出して笑う。丸井もニヤニヤする。
「あのビンタはきっついねぇ」
「音はんぱなかったもんな」
「今でもジンジンしとる」
そう言って少し赤みが引いた頬をさする仁王。
昼休み、あたし達は屋上で過ごしていた。すると突然乱暴に扉が開いた。仁王のお気に入りセフレの子だった。確かNo.1だった。以下No.1ちゃんとする。
仁王はセフレに番付してアドレス登録している。趣味が悪い。
今回、仁王はその子と頻繁に連絡していたからやっと本気なんだと思った。あたしと丸井は、「ついに仁王にも春がきたかー」と冷やかしまくっていた。
それはともかくとして、ものすごい剣幕でつかつかとやってくる。
うわ、美人だ。
しかもお金持ちだったと思う。
「どういうこと!」
「何が」
こういう修羅場は初めてじゃない。気にせずあたしと丸井は食後のデザート(仁王がくれた限定品の杏仁豆腐)を食べていた。
「雅治とは別れる!」
「勝手にしんしゃい」
「………この、」
No.1ちゃんがわなわなと震えていた。仁王の態度に腹が立ったんだと思う。わかります。
「……この、白髪頭!!」
バシン。
きっかり5秒後、あたしと丸井が吹き出すのと仁王のため息は綺麗に重なった。
するとNo.1ちゃんはあたし達にビシッと指をさす。ぴたりと笑い声が止まる。
「その杏仁豆腐だってあたしが雅治にあげたんだから!感謝しなさいよね!!」
嵐のようにNo.1ちゃんは去っていった。それから仁王はもう一度ため息をついてから、ガサガサと最後の杏仁豆腐を取り出した。
「白髪頭だって」
「銀髪じゃ」
「まぁ白髪に見えるな」
「ほんとNo.1ちゃんに拍手!」
あたしと丸井がケラケラと笑っていると、仁王はムスッとしてもう一度顔を机に伏せた。あたしはその銀髪を撫でる。
「つーか俺だけじゃね?」
「何が」
「リア充」
「別れてしまえ」
「最低だろい!」
「ちゅーかヤりたい」
「仁王しね」
「俺とヤらん?」
「二回しね」
「だっせー、仁王フラれてやんのー」
「ねぇ、のど渇いたー」
「俺も腹減ったー」
「じゃあ丸井が俺らの分買ってきんしゃい」
「はあー!?」
「よろしくー」
丸井に自分達のお金を渡すと、ぶつぶつ文句を言いながら丸井は教室から出ていった。
あと20分で最終下校時刻だ。
しゃべりながら進めていた宿題のプリントも終わった。筆記用具とプリントをかばんにしまうと、仁王が小さくあたしを呼んだ。
「中山」
「んー」
「どうして丸井がすぐに彼女と別れるんか知っとる?」
あたしは仁王を見つめた。
夕日に輝く銀髪が眩しい。
「さあ」
「彼女が言うんじゃて、お前さんと私どっちが大切なの?って」
仁王は自分の銀色の尻尾をつまんでいじりながら言った。
「俺がセフレを持つ理由も知っとる?」
「お前さんとヤれんからじゃ」
いやらしく笑った仁王の頭を叩いた。
そんなこと知っている。
全て知っている上で一緒にいるし、そうなることを望んでいる。
あたしの携帯には同じ男からの着信と未読メールが並んでいる。
あたし達が右頬を赤くした丸井を指差して笑うまで、あと5秒。
優先順位を間違えないで。
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