「天馬、おはよっ!……って、うわー、何その荷物」
「え、そんなに多いかな?」
「というより天馬が今日紙袋持ってきたって事は…まさか……」
「う、うん。秋姉に教えてもらいながら作ったんだけど……」
「見た感じ沢山あるわね、食べていい?」
「ちょ、葵なんか立場逆なような気がするんだけど」
「そんなの気にしない!どれどれー?」
「わああっ、勝手に開けないでよ!それ失敗作なんだから!」

慌てて葵の手を止めようとするも、もうすでに容器の蓋は開けられた後だった。本人は失敗作と言っているが、そこにあったのは到底失敗したとは思えないほど綺麗なチョコ達である。

「……何よ、全然失敗してないじゃない」
「失敗してるって!ほら、こことか……」
「天馬、あなたどんだけ女子力高いのよ!普通はそんな細かい事は気にしないって!」
「え、そう?」
「とりあえず美味しいわよ、すごく」
「うん、ありがとな!」

にっこり微笑みあった所で、「ねぇねぇ、何の話してんのー?」と、信助が下から生えてきた。

「わああっ、し、信助!急に出てこないでよ……」
「なぁーにやってんだい、そこの三人ー。ん?チョコ?」

信助に気を取られた隙に、天馬の背中に狩屋がいきなりのしかかってくる。天馬の手にある失敗作のチョコを目ざとく発見した彼は、「一個もーらいっ」と目にもとまらぬ速さでかすめ取っていった。

「うわっ、駄目だってそれは失敗作……」

慌てて止めに入るも、すでに二人はチョコを口に含んだ後だった。信助は「おいしい!」と頬張りながら言うが、狩屋は途端に口を押さえ、「水、水!!」と叫んだ。

「あっちゃー……だから失敗作だって言ったのに……」
「え、あれに何入れたの天馬」
「っっっ、辛っ!!何これ、天馬くん一体どんだけ塩入れたのさ!しょっぱすぎてむしろ辛かったぞ!?」
「えーと、なんかごめんね?」
「というより人の制止を無視して勝手に食べた狩屋の自業自得だから謝る必要はないと思うよ?」
「っていうか、どうしてそんなしょっぱくなってる訳?」
「えーと……ちょっと間違えちゃったみたいで……」
「ちょっと!?あれでちょっとなのか!?」
「だからごめんって、狩屋ー!」

追いかけっこを始める二人を見て、ふふっと笑いながら葵はまたチョコを摘んだ。



「いやー、しかし先輩達にも大盛況だったね、ね、天馬!」
「あーまあ、あはははは……」

その後の朝練で、チョコの甘い香りに目ざとく気づいた浜野が騒ぎ、結局部員全員に失敗作(天馬曰わく)を振る舞う事になった。神童などは滂沱と涙を流して「このチョコレートは、一生神童家の宝物にするぞ……!」等とほざいては霧野に頭を叩かれていたが。ちなみに主夫でもある三国からも絶賛された。

(あの塩入りチョコ、狩屋以外に誰も当たんなくて良かった……!)

どうやらハズレはまだあったらしい。

「それでさー、あの時の霧野先輩の顔といったら!」

ケラケラ笑う狩屋はどうやら懲りていないようだ。なんだかんだで結構仲いいよなーと他の三人が生暖かい目で見守っていると、「あ、あの…!」と、女子の声が割り込んできた。

「え、ええ!?」
「ん、俺達になんか用?」

あたふた慌てる天馬とは対照的に、狩屋はすかさず猫を被ったような笑みを浮かべる。あーあ、調子いいんだからー等と信助が思っていると、その女子は「あの、天馬君……ちょっと、いいかな?」と、なんと天馬の方へ包みを差し出した。もちろん綺麗なラッピング付きである。天馬は驚き、照れた顔をして素直に受け取ったが、一方の狩屋はショックで口が開きっぱなしだった。どうやら自分ではなく天馬宛のものだという事がそんなに衝撃的だったらしい。そんな彼だったが、信助と葵の、笑い混じりの声にすぐさま顔を真っ赤にし、今度はからかう二人を追いかけて行った。
そんな追いかけっこを苦笑しながら見ていた天馬は、誰かが居るような気がして振り向いたが、そこには誰もいない。

「…………?気のせい、かなあ?」

しかしそこで授業開始五分前のチャイムが鳴ったため、慌てて席に着いた。



「あれ、浜野先輩じゃない?何やってるんだろ、あんな所で」
「というか剣城に用があるっていう方が珍しくない?」

放課後、掃除がようやく終わった天馬、信助、葵、狩屋の一年生四人組が残りの一年、剣城と輝を迎えに行った時、剣城達はちょうど浜野と速水に捕まっていた。珍しい組み合わせに皆驚く。


「剣城ー!浜野先輩に速水先輩も!どうしたんですか、こんなところで!」
「ああ、松風」
「げ、何気に剣城くんチョコいっぱい持ってなくね?」
「自分が天馬曰くの失敗作しか貰えなかったからってひがんじゃだめだよ、狩屋ー」
「なっ、誰が!」
「おっ、天馬じゃん!ちょうどよかった、ちょっち聞きたいことあるんだけど」

そう言いながら近づいてくる彼らに、「何ですか?」と首を傾げる。

「いやさー、倉間、見かけなかった?アイツ昼休みからずっと行方不明でさ、今神童達にも探してもらってんだけど」
「ええっ、またですか!?」

倉間の凄まじい方向音痴っぷりは部内ではすでに周知の事である。今までもしょっちゅう迷っていたが、大概は他の部員や友人、周りの親切な人に助けてもらい事なきを得ていたが、今回は明らかに大事である。

「昼休みからずっとって……それってまずくないですか?」
「はい、確か倉間くん、昼ご飯あまり食べてないように見えましたし」
「ええっ」
「大変だ!すぐに探しに行かなきゃ!ね、天馬?」
「うん!俺達も協力します!ほら行こっ、信助と狩屋!」
「俺もかよ!?」

じゃあ行ってきます!と分散して行った一年生五人を見送り、浜野は「じゃあ俺らは部活行こっか」とくるりと踵を返して歩き出した。その後を慌てて追う速水。

「ちょ、いいんですか浜野君、俺達も探さなくて?」
「あー別に大丈夫だろ、だって天馬が探しに行ったんだし」
「え……?」
「なぁ速水ー、覚えてね?俺ら一年生だった時さ、よく倉間を探しに出されたじゃん。なかなか見つかんなくて、やっと見つけた時にはもう夕方、なんてこと、よくあったじゃん」
「え、まあ、そうでしたけど……」
「でも俺らが二年になって、今の一年が入ってきてさ、倉間、あんま迷わなくなったじゃん。迷子になっても案外早く見つかったじゃん。それ、何でだと思う?」
「それは、よく天馬君が探しに行ってたからで、って、あ」
「分かった?つまりさ、天馬さえいれば倉間は迷わないし、迷子になったとしてもさっさと見つかる。だから俺らがわざわざ探しに行かなくていいっての」
「…………まあ、そうですけどね……」

それでも一応探そうというのが人として正しいんじゃ、とか何とか呟きつつも速水も後に続く。彼らの会話を聞いていた剣城は、至極複雑そうな顔をした。



「倉間さーん!どこですかー!」

校舎をあちこち走り回って探すが、一向に見つからない。途中同じく探しに出ていた神童達と情報交換し、さらにまた駆ける。

「もしかして外、だったりして……」

いくら最近は暖かいとはいえ、まだ冬である。そんな中ふらふらとさまよっていたとしたら……想像するとぞっとして、天馬は玄関へと足を速めた。



「のーりひーとさーん!!どこですかー!!」

白い息を吐きながら走り回る。一向に見つからない。もしかして俺の心配しすぎだったんじゃ、と思いつつも、嫌な予感は拭えない。かじかんだ手に息を吐きかけながらも探し回る。
植え込みを覗こうとした天馬の目に入ったのは、褐色の何か。何だろう、と思い持ち上げてみれば、ずるりと引き出されたのは、人の腕であった。

「▲○※Aω$‡※▽★〜〜ッッ!?」

声にならない悲鳴を上げ、飛び上がる。恐る恐る腕の先を見ると、そこには探し人がいた。

「倉間さんっ!?大丈夫ですか!」

慌てて顔を覗きこむと、「………うるせぇ……」と微かながらも返事があった。その事にほっとするも、倉間の顔色は悪い。

「………なんだ、おまえか、てんま………」
「はい、俺です!何でこんな所で倒れて、凍え死んだらどうするつもりなんですか!」
「別に………死にゃ、しねぇだろ………」
「死にますから!いくら暖かいとはいえ今は冬ですから!」

ほら、立てますか?という天馬への返答にも、どこか鈍い。

「倉間さん?」
「わり、てんま、……はらへって、ちから、はいらねぇ………」
「ええっ、お腹空いてるんですか!?ちょっと待ってて下さい、確かこの辺に……」

そして、目的の物を探し当て、引っ張り出す。それは綺麗にラッピングされたチョコの包みだった。

「倉間さん、これチョコです!腹の足しになるかどうか分かりませんけど、これだけでも!」
「……ああ……」

しかし手に力が入らないのか、包みを落としてしまう。これはまずい、と天馬自ら包みを開いてチョコを取り出し、倉間の口に運ぶ。

「はい、倉間さん、食べて下さい!」

俺の唯一の成功例ですよ、味わって食べて下さいね!という一言を聞きながら、天馬の手からもそもそと食べる倉間であった。



「わり………助かった、天馬」

あらかた食べ終わり、少々億劫だが動ける程度に回復した倉間は、バツが悪そうな顔をしている。

「本当ですよまったく……どんだけ心配したと思ってるんですか。大体何でこんな所に………」
「………笑うなよ?」
「ええ、笑いませんから正直に言ってみて下さい」
「………お前、が、」
「え?」
「お前が、昼休み、女子からチョコ、貰ってた、から……」

実はその時、倉間も天馬のクラスの扉の前に居たらしい。一部始終を目撃し、それがショックだったのか、ふらふら歩き出して気づけば立派な迷子になっていた。校舎に戻ろうにも、いつ自分が外靴に履き替え、どの道を通ってここまでやって来たのか分からないという。必死に帰り道を探して、ろくに昼食を採っていなかった為低血糖で動かなくなり、ぶっ倒れたのだ。それを聞いた天馬は呆気にとられた顔をした後、笑い出した。

「そ、そんな理由で……!」
「おま……!笑うなっつっただろうが!」

真っ赤になってギャーギャー噛みつくが、赤い顔では何ら迫力はない。ひとしきり笑った後、「すみません」と笑いながらふてくされた倉間に謝った。

「でも俺、嬉しいです。そんな事で嫉妬するほど、俺って倉間さんに愛されてるんだなぁって分かって」

確かに他の女の子からチョコは貰いましたけど、と天馬は言う。

「でも、俺が一番大好きで、チョコ渡したいなって思ったのは倉間さんだけですから」
「ふん、んなこと言ってももう遅ぇんだよ」
「困ったなー、じゃあどうしたら許してもらえます?」
「…………お前の作ったそのチョコ、食わせてくれるんなら許してやる」
「え、……こう、ですか?」

はい、と普通に差し出してきた手を一瞥し、「違ぇよ」と一蹴する。

「え、それじゃどういう事ですか?」
「………だから、食わせろって言ってんの!お前の口から!」
「ええっ!?」

普段の彼なら絶対にしないであろう大胆な要求に、天馬の顔は茹で蛸の様に真っ赤になる。「うー」だの「えー」だの「あー」だの意味のない声を発しながら呻いていたが、意を決して、その赤い顔を上げた。

「お、俺、やります!」

そしてチョコを一つ、口に入れて倉間の顔へと寄せる。しかしあと一歩、という所でなかなか踏み切れないのか、躊躇っている天馬にしびれを切らし、倉間は強引に唇を合わせた。

「!?」

幾分温まったが、それでも冬の屋外にいて冷えた事を表すような温度の舌が天馬の口内に入り込み、天馬の熱で溶け出したチョコを舐めとる。その甘い菓子ごと彼の中を味わい尽くすかのように唇を貪り、ようやく放した頃には天馬は息も絶え絶えで、倉間の胸に縋りついてきた。

「っ、くらま、さん………」
「ん、甘ぇ……」

どこか甘ったるい空気が漂う中、もっと……ととでもいうかのように、再び口を寄せる。しかし、二回目のキスは、突如響いた物音によって阻まれた。

「お前ら……そこで、何をしている……?」

慌てて声をした方を振り返ってみれば、そこには化身のオーラを纏い、般若の顔をした神童が立っていた。隣にいた霧野は、「あちゃー」という顔で、額に手をあてていた。

「倉間……貴様、人に迷惑をかけておいて、俺の天馬に手を出すとは……いい度胸だな…………?」

今にも化身シュートが放たれそうな勢いに、我に返った倉間は「おい天馬、逃げんぞ!」と、未だ惚けている天馬の手をひっつかんだ。もちろん天馬の手作りチョコも忘れない。

「は、はい!」
「待て倉間ぁぁぁ逃げるなぁぁぁ天馬は置いていけぇぇぇぇ!!!!」

脱兎の如く逃げ出した二人を追おうとする神童だが、霧野の次の一言によって固まる羽目になる。

「あの包み……そうか天馬の本命って、倉間だったんだなー……」


校舎裏から絶叫が響き渡った。



方向音痴とバレンタイン





日記より再録のバレンタイン記念文。勉強しなきゃなのでやるつもりはなかったのですが、当日の朝、登校中の列車の中でこのネタが思いついたので。
しかしなんだ、このベタ甘は。これを書くお供に食べたチェリー酒入チョコが苦かった分甘さ倍増ししたのか!ともかく倉間さんが別人過ぎてなんかもうすみません。


2012/02/14up 2012/06/24加筆修正

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