コンコン。いつものように軽くノックしドアを開けたあたしは思わず足を止めた。昼間だというのに窓から差し込むはずの太陽の光は何かで完璧に遮られていて、数日ぶりに訪れた雅治の部屋は最後にみた部屋の景色と反転してしまったかのように真っ暗だった。

「雅治…?」

反応がない。もう一度いないの?と呼びかけると、どこからか唸り声のような呻き声のような、ひどく小さな声が聞こえてきた。雅治の姿を確認しようとドア近くにある点灯のスイッチを手探りで探すと、スイッチにはこれでもかと言うくらいガムテープが重ね貼りされていた。少し恐怖を感じながらも異常だと悟ったあたしは、そのガムテープを乱暴に剥がすと急いで部屋の電気を付けた。点灯と同時に見えて来たのはあらゆる物が散乱して汚くなった部屋と、ベッドにうつぶせで横たわる雅治の姿。
白いTシャツにジーンズと見慣れた部屋着を来てベッドに横たわる雅治の手首には酸化して固まった血がまとわりついていて、ベッドや床にも血液であろう赤黒い染みがぽつぽつと滲んでいるのが目の悪いあたしでもはっきりと確認できた。

「雅治!」

散乱した物を避けながら慌てて駆け寄り仰向けになおすと雅治の薄い唇がうっすらと笑みを浮かべていて、自然と体が強張るのがわかる。普段から真っ白な雅治の肌は青白くなっていて余計にあたしの恐怖心を煽った。

「…、さ…は、」
「ぇ、?」

雅治が何かを呟いているのに怖くて耳を傾けることが出来ない。聞き返そうにも喉からうまく声がでなく、あたしの声も掠れている。そのうち雅治は何もしゃべらなくなったかと思うと、ゆっくりと体を起き上がらせた。「お前さんは、誰の彼女なんじゃ」。今度はそうはっきりと問いかけて、キツネのように切れ長の目があたしの目線をとらえる。恐怖があたしの脳を、体を支配して、考えることも目線をずらすことも後ずさることもできずにただジッと見据えていると雅治は眉をしかめまた口を開いた。

「昨日のあの男は誰じゃ」
「き、のう…」

必死に働かない脳を回転させて昨日の出来事を思い出す。確か昨日は日曜日で、家に従兄弟が遊びに来ていて、それで近所のデパートに遊びに行って…。そこまでやっと思い出してあたしはハッとした。雅治は従兄弟を浮気と勘違いしてるんじゃないかと。

「あれは、従兄弟がうちに来てて、それで、」
「従兄弟でも手繋ぐんか」

あれはただの従兄弟の悪ふざけで!そう反論しようと口を開くと雅治は遮るようにこう言った。

「もうわしの事は必要ないんじゃな」

そう言っておもむろにベッド脇に置いてあった瓶から大量の錠剤を手にとると、一気に喉に流し込んだ。テレビドラマでみたことがある、オーバードーズ。あたしがとめる隙もないくらいに素早く水を飲み込むと、間もなく雅治の体は再びベッドに沈んだ。だんだんと虫の息になっていくその姿を他人事のようにただ漠然と眺めていると、雅治の唇が微かに動き緩やかな弧を描いた。

「いつまでも、ずっと…」



最後のラブレター
あたしの名前と共に愛してる、とだけ書きなぐられた手紙を見つけたのは、雅治が亡くなって数時間後の事だった。


20110617
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