>> テイクミーフォトプリーズ



風が、鮮やかに色づいた葉を撫で、
頭上には、高い空が広がる。

しかしそんな清々しい空気も、今の仁王には関係なかった。


「…どうしたらええかのぅ」

外の階段に座り込み、
反対側の校舎をぼんやりと眺める。


(不二のかつらじゃろ、
手塚の眼鏡じゃろ、
シューズもすりきれてきたし、
ガットも張り替える時期じゃなあ)

仁王は指を折って暗算すると、ため息をついた。


「金が足りん」



その時、授業終了のチャイムが鳴った。

「…やっば」

授業をサボっていたところをテニス部の誰かに見られたりすれば、
真田と幸村から大目玉を食らうことはわかっていた。

選択授業が違うお陰でブン太と違うクラスだったから、
久々にゆっくりできると思ったのだ。
ここで見つかっては元も子もない。


立ち上がり、制服の砂を払うと急いで教室に向う。

――しかし、彼はすぐに足を止めた。
聞きなれた名前が耳に入ったからである。

声のした方を見れば、
向かいの校舎から出てきた女子の集団らしかった。
見えないよう陰に隠れ、耳をすます。

「…やっぱり幸村くんでしょ?」
「えー、丸井くんも可愛くない?」
「真田くんに決まってるじゃない、あの凛々しい背中!」

ハハン、と思う。
テニス部のレギュラーの中で、誰のファンか、という話だろう。
全国大会で二連覇を達成したテニス部が、前から注目されていることは知っている。

「柳生くんも素敵よね、この間迷子の小学生を送っていってあげてるのを見たのよ」
「でも一番は柳くんだわ。あの落ち着いた物腰は、中学生とは思えない」
「ジャッカルくんだっていいわよ、なんだかんだやってくれるのよね」
「赤也くんも可愛いわぁ!目真っ赤にしちゃって」

(皆好き勝手言われちょるぜよ)


「仁王くんは?」

にやにやして聞いていた仁王は、自分の名前を聞きつけて目を細めた。


「あー、やめといた方がいいって。絶対よそに彼女いるよ」
「わかる!すごいいそう」

「なんか遊び人っぽいんだよね」
「選択授業とかよくサボってるしね」

「髪が銀髪だから、余計にじゃない?」


校舎からぞくぞくと生徒が出てきて、
喧騒にかきけされ、彼女らの声は聞こえなくなった。

仁王は黙って踵を返すと、雑踏に紛れて校舎に入る。

頭をかきつつ、彼は呟いた。


「もう少し素行、なおそうかのう…」




(姉貴に借りるか…
じゃけどなぁ、利子つけそうじゃけえのう)

授業中、机に肘をついてぼんやりと外を眺める。

校庭では、丁度A組がハンドボールをやっているところだった。
奇声を発しながら真田がジャンピングシュートを決める。
柳生は真田と同じチームなのか、嬉しそうにしきりに眼鏡を押し上げていた。

仁王は、その周囲で目立たぬようにではあるが、
女子たちの輪が出来ていることに気づく。


(ほお…ほんまに人気あるんじゃなあ)



その時、仁王は自分の頭の中でなにかが光ったような錯覚を感じた。

(…お?)


思いついた案を、脳内でシュミレートする。
道具はある。金もかからない。
皆嫌な顔はするだろうが、隠し通せればこっちのものだ。


これなら、きっとうまくいく。
金欠から脱却できるはずだ。


(俺も悪よのう)


爽やかな秋空の下、仁王は一人
悪そうな笑みをもらした。








「兄貴おかえりー」

家に帰ると、いつものようにまだ幼い弟が迎えてくれる。

「ただいま」

「兄貴なに持ってんの?でっかい紙袋!」
「おう、後で使うんじゃ。手伝うてくれるか?」
「いいよ、なにすんの?」

目を輝かせた弟に、
仁王は紙袋を掲げて笑った。


「人気者のあいつらに、
俺の金欠に協力してもらおうと思うてのう」


自分の兄の背後のオーラに、何か黒いものを見つけた少年は、
びくっと肩を震わせた。








口笛を吹きつつ、軽い足取りで仁王は部室へ向かった。
一人で着替えていたブン太が、仁王を見て首をかしげる。

「上機嫌だなぁ仁王」
「そうかのう?」
にやっと笑って仁王は答える。


「最近金の羽振りもいいみてぇだし、なんかあったんだろぃ?」

声を潜めて尋ねるブン太を、
いやいやなんも、
とかわしながら、仁王はロッカーを開ける。

「たまたま臨時収入があっただけじゃけぇ。なんもな…」


仁王の言葉が途切れ、動きが停止する。


「どうした?」
「い、いや…」

仁王はブン太の声に我に帰り、笑顔とも呼べない笑顔をはりつけて誤魔化すと、
突然ロッカーの中身を全部外へ出し始めた。


「…ちょっ、おまえ急になにやってんだよ!」
「ただの探し物じゃけぇ、気にせんで」

「そんな大々的にやられたら気にするっつうの!
なんだよ探し物って。手伝ってやっからいえよぃ」


仁王は一瞬動きを止めた。

「あ、あんな…。クッキーの缶でのう、こんぐらいの」

手で大きさを示した仁王に、ブン太はあぁ?と眉をひそめた。

「クッキーの缶?
そんなもん、こんな一生懸命探してんのか?」


仁王の視線がさ迷う。

「弟が…大事にしてたもんでのう。緑色で、恐竜の絵の…ちょうどそう、こんな感じの缶……」
仁王は、突如視界に入った缶を指差して、しばし瞬きをした。



彼が缶に飛びついたのと、缶が上へ引っ張られたのはほぼ同時だった。

視線を上げる。
缶は、柳の手の中にすっぽり収まっていた。

「おまえの探し物は、これで間違いないようだな、仁王」



細く開かれた柳の目から放たれる眼光に、
仁王は冷や汗が全身からふきだしてきたのを感じる。

「あの…いや…」

「見つかったのかよ。良かったじゃねぇか」
ブン太がポンポンと仁王の肩を叩き、立ち上がるが、
柳と仁王の硬直状態は続く。


仁王は恐る恐る尋ねた。

「…中身、見たんか」
「ほう、見たら悪いものでも?」

その言葉に興味を示したブン太が、柳から缶を引ったくった。
「丸井…!」
「なんだよ仁王、話が違うじゃねーか。何?エロいもんでも入ってんの?」



丸井が缶の中身をぶちまけると、そこには立海テニス部レギュラー陣が、
どれもばっちりカメラ目線でポーズを決めた写真が床に散らばった。

「うっわなんだよこれ!俺のもあるじゃん!
真田がテディベア持ってるとかキッショ!」



額に手を当てる仁王に、柳が止めを刺す。
「ジ、エンドだな、ペテン師殿?」
「バレちょったか…」

「あれだけ大胆に女子生徒に売っていれば、俺でなくとも耳に入る。
精市と弦一郎が鈍かったのが救いだったな。だが俺の目は誤魔化せん。
やつらに見せたら自分たちのポーズにショックを受けるだろうから、ここは俺が…」



「あれ、何してるんだい?」

その声と共に部室に入ってきた面子に、
仁王は思わず膝を抱え込んでうなだれた。



幸村に真田に赤也、柳生、ジャッカルまで、
レギュラー陣揃い踏みである。

「…遅かったか」
呟いた柳の顔も心なしか青い。

やってきたレギュラー陣は、散らばった写真を取り囲んだ。
「あれ、どうして俺がいるんだ?」
「仁王が全部変装して撮ったやつだろぃ」

「…でも良くとれてるっすね」
赤也の言葉に、仁王はバッと顔を上げる。

「じゃろ!だんだん楽しくなってきてのう、
最後は姉貴も悪ノリしたもんじゃけぇ。特にこれは傑作で…」


「仁王…」

真田が震えた声で、一枚の写真を突きつける。

「これは一体どういうことだ」

その写真を見、真田と仁王以外の全員がふきだす。
「…ちょ、マジそれはないって!」
「に、仁王くん、流石にやりすぎですよ」


「どういうことなのだ」

繰り返す真田に、仁王はぼそぼそと説明をする。
「…じゃけん、真田がな、蝶と戯れちょるっちゅう設定で…姉貴が…」

「たわけ!俺は蝶と戯れたりなどしない!」

その言葉に、周囲から一層笑い声が起こる。


「真田…悪かっ」
仁王の謝罪をはねのけて真田は叫んだ。

「ええぃ、全員たるんどる!練習メニューを追加する!
今日は8時までみっちりやるぞ!」



仁王が三日後、焼き肉を奢らされて財布を空にしたのは、また別のお話。






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