>> まるで悪魔(中)



「せやから光、なぁ」
「なんすか」
「嫌いな奴出来たらアドレス帳全部消してまう癖、やめぇゆうとるやろ」

財前はスパゲティを飲み込んで言った。

「すんません。
せやかて、一人二人選んで消すのめんどいんすわ」

「そんたんびに毎回俺呼び出して
登録し直すほうがめんどいやろっちゅー話や」

謙也は、財布からマイクロSDを取り出して財前に放った。
SDカードのケースには、「四天王寺中」と汚い字で殴り書いてある。

財前は右手で器用にスパゲティを巻きながら、左手でキャッチした。

「毎度毎度助かりますわ」

財前はあっという間にデータを入れると、
再びカードを取り出して謙也に渡した。

「また頼みます」
「わかった、預かる」

謙也はそういいつつ、ため息をついた。

「そうはゆうても、俺もあと二年したら大学卒業して大阪に帰るんやで。
誰も東京におらんようになってもうたらどないすんねん」

「まぁ大丈夫でっしゃろ。教授なんかの、死んでも忘れたらあかんアドレスはパソコンにバックアップ取ってるし」

「…おい、おれら先輩のは取っとらんっちゅーのはどういう話や」
「あ、謙也さんご馳走さまですわ」
「聞けや」

謙也は諦めたように肘をつくと、机を指でとんとんとやった。

「で、何があったん」
「何がです?」
「データ全消ししてもうたのはなんでや」
「自分が知ってもしょうがあらへんやろ」
「奢ってやったスパゲッティもどせや」
「汚い」

「光の様子気にしてやれゆうて、皆うるさいねん。心配されとんのや。
俺かて、東京に出てきたからには、ちゃんと後輩の面倒見て、大阪に伝える義務があんねん。しっかりしゃべりや」


財前は眉を寄せると、手元にあったコップの水を飲んだ。

「東京もんは好かんのですわ」
「…ほぉ?」
「皆気取っとる」

謙也のいぶかしむような視線に財前は顔を背けた。

「なんでもかんでもすぐ色恋沙汰や。俺が何人と付き合っとっても、なんも関係あらへんやん」

「…自分…え、なんや、そんなモテんの?」
「そこかいな」

財前はいらっとして謙也を睨む。

「好き勝手に噂ばっかり流れとるんすわ。気づいたら100人切りとか言われとる」

「え…100…?」
「せやから噂やゆうてるやろ。しばいたろかこのヒヨコ」

謙也は、そうやんな、うん、と一人落ち着かせるようにつぶやき、水をぐっと飲んだ。

「…で?ほんまはなんぼのモンや」
「…20」

その瞬間、謙也は口に含んだ水を残らずふいた。

「きったな!」

謙也は口元をぬぐうと食いぎみに身を乗り出す。

「光…まだ上京してから一年しか経ってへんねんぞ!いくらなんでも多すぎや!」


財前は視線を落としたまま黙っていた。
しばらく見ていた謙也は、ふと視線をゆるめると自分の額に手をやる。
柔らかい金髪が指に絡んだ。




「…まぁ、なんかあったらいつでも来ぃや。おれら全員、なにがあっても光の味方や」


それでも、じっと黙っていた財前は、
最後に小さく、口の中で「わかっとります」とつぶやいた。



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