ともだち【中間部/試読】

(略)

 十二月二十五日。放課後の廊下をユニフォーム姿で歩いている。
 旭からの思わぬ告白のせいで集中できていなかったのだろう、二学期最後の部活中に手首を痛めてしまった。アイシングしてもらおうと保健室に向かっていると、丁度保健室のドアが開いた。
「――美夜」
「凌君」
 美夜はすごく驚いた表情をして、さっと何かの本を隠した。
「ほ、保健室に用事?」
「……あぁ、手首冷やしてもらおうと思って」
「先生、中にいるよ。じゃあね」
「美夜」
 呼び止める。
「俺、お前に話したい事があるんだ。部活が終わるまで、待っていてもらえないか?」
 今朝、美夜からは初めて一緒に帰れないと言われていた。それでも、もう一度お願いすればもしかしたら折れてくれるかもしれないと希望を持つ。
「ごめん、今日は早く帰らないと。明日でも良いかな?」
「……分かった」
 急な態度の変わりように、その陰には旭がいるのではないかと勘繰ってしまう。胸を掻きむしりたくなる。嫉妬でどうにかなりそうだった。
「私も話したいことあって。放課後、裏庭で会える?」
「ああ、部活ないからすぐ行ける。帰り、気をつけてな」
「ありがとう」
 美夜の背中を見送って保健室に入る。養護教諭がノートに何かを書き込む手を止めてこちらを見た。
「どうしたの? ケガ?」
「球拾い損ねた時に手首痛めちゃったみたいで」
「あら」
 養護教諭が手首を診る。
「とりあえず冷やしましょう。学年クラスと名前教えてくれる?」
 養護教諭に氷を用意してもらっている間、ふと三段ボックスに並んだ本に目が留まる。ボックスの上には「借りたい場合は先生に声をかけてね」と書かれたボードが置かれている。
(そういえばさっき、神田は本を持っていなかったか?)
 一体何を借りたんだろう。じっと見ていると、養護教諭が「興味ある?」と訊いてきた。
「私物なんだけど、保健に関する本を貸し出してるの。スポーツの本もあるわよ」
 神田がスポーツの本を借りていったとは思えない。
「他にどんな本があるんですか」
「ケガや病気、薬物の怖さ、性に関する本――色々あるわね。背表紙に色テープを貼ってジャンル分けしてるから、興味のある分野から探してみても良いかも」
 養護教諭に氷を渡される。手首を冷やしながら、神田が持っていた本がどんなのだったか思い出す。
「……ピンク色は?」
「性に関する本。一番よく借りられてるのよ、皆ここで読むのは恥ずかしいからって借りて帰るの」
 背筋が冷たくなる。よく見えなかったが、神田が持っていた本には確かにピンク色の部分があった。それは表紙の色だったのかテープの色だったのかは分からない。「借りていく人が多い」と養護教諭も言っているというのに、ピンクのテープが貼られた本と本の間に隙間が空いているのを見て、神田が借りていったのではないかと思えてならなかった。
「本をめくってみて『エロいエロい』って笑う人もいるんだけどね、こっちは至って真面目に置いているのよ。皆に、自分の体も相手の体も大切にしてもらいたいからね。それに悩んでいても、なかなか人には相談しにくい事でしょう?」
「……あの、さっき美夜が――神田が来てたと思うんですけど」
「ええ」
「何を借りていったんですか?」
「……ごめんなさいね、誰がどの本を借りていったのかは秘密にしているの」
 養護教諭は俺の手から氷を取った。触診して「痛みはどう?」と訊く。
「大丈夫です」
「良かった。大したことはないと思うけど、もし腫れてきて痛みが出てくるようなら病院行ってね」
「……はい。ありがとうございました」
 保健室を出る。手首のケガよりも神田が何を借りていったのか、そればかり考えていた。


(続く)


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