よくある話のドラマ

 気がついたら、もう明日の昼になっていた。
 ガラス面にひびの入った置時計を床に捨てながら、枕に顔をうずめようとして止まる。枕カバーがカラフルに汚れていた。色からみるに、ファンデとアイラインとシャドーの色だ。ラメがささやかに光っている。
 部屋はヤニ臭くて、灰皿には吸殻がてんこ盛りになっている。服も物も散らかっていて、破れたり壊れたりしているものもいっぱいある。それ以上に汚らしい自分が、壁に立てかけてある姿見に映っていた。

「きったねぇ顔」

 パンダ目で笑ってみて、思うよりも元気があることに元気づけられた。自分は今、合戦場跡のなかの落武者だ。彼氏と口論になって、とっくに解決したはずの昔の出来事や気に入らない癖やら、くっだらないことまで持ち出して戦って、惨敗してしまった。
 もうきっと会うこともない。
 泣いた。どうせ今日も明日も休みなんだ、誰にも迷惑かけないんだからいいでしょと、世間か何かに逆ギレしてまた枕に突っ伏す。(せめて化粧は落とさなきゃ)――思っただけだった。どれだけ肌が荒れようがキレイになろうが、もう見てくれる人はいない。
 また明日がやってきた。
 トイレに行って、ぶさいくな顔を洗って、ダイエットコーラを飲みながら部屋を片付ける。誕生日にもらった置時計は、合戦から二日経った今日でも、ひびの向こうでちゃんと動いていた。

(あーあ)

 鼻水をすすって、時計を元の場所にもどした。どこにも思い出の品じゃないものなんて一つもなかった。しんみりしながら好きなバンドの音楽をかけた。ガチャガチャ鳴る音楽はどこか空間から分離していて、安い化粧水みたいに、気持ちになじまない。手を止めてぼーっとしていると、ボーカルが「別れはスタート」と歌うのが聞こえた。
 レシートの裏にボールペンで同じフレーズを書いてみる。

「別れはスタート」

 声に出して言ってみた。顔を変えたアンパン頭のヒーローみたいに一気に元気になれるわけじゃない、自分に言い聞かせている自分がみじめだとも思う、それでも目やにほどの希望はわいた。
 今すぐじゃなくていい、十年後でも二十年後でもいい、またあの人に会いたい。駅のホームでも、交差点の真ん中でも、どこでもいい、偶然ばったり再会して「あの時は」って笑いあいたい。お互い大人げなったね、あんなつまらないことでケンカするなんてバカだよねって、お腹を抱えてヒーヒー言いながら笑いたい。どさくさに紛れて、ひどいこと言っちゃってごめんねって、深刻さの欠片もないふうに謝りたい。できれば謝った私に先を越された感満載の顔で、あの人からも謝ってほしい。
 掃除の行き届いていないベランダに出て風に当たる。素人作品みたいな、ベタで感動的なドラマを妄想して、勝手に一人で希望をふくらませていく。
 夏の蒸し暑い風も、こうして女優のようにたそがれていることも、あの人との再会が未来に約束されているならドラマのワンシーンへと変わるだろう。そういう日が来ることを信じたくて、今、格好つけて電線だらけの空を見ている。

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