村娘を看病してやった。 2 「そのペンダント、変なかたちだな」 ヌモがガタガタと音を立てながら椅子ごとにじり寄って来た。うつむいてしまったサイファを気遣ったわけではなく、ただ首にかかっているペンダントに興味を持っただけのようだ。 「あ、うん」サイファの口は本人が何か考えるよりも早く無難な返事をしてしまう。 「この村ではそういうのが流行っているのか」 「ううん……これは、母の形見なの」 「形見? ふーん」 ヌモはフードを取ってゴーグルを額の上に上げた。だらしなく椅子にもたれながらペンダントを観察している。その瞳は夕焼けのような赤橙色だった。不思議なことに目全体に薄く虹色が映っている気がする。 「面白いな」 ヌモは目の周りにゴーグルの跡をくっきり残したままニヤリと笑った。サイファは身じろぎする。ヌモの目に映っていた虹色が移ろったのをみとめて、初めて彼の目が普通ではないことを確信した。ヌモの正体が分からない今、その不思議な色合いの目は、美しいというよりも怖く思えた。 「装飾品など腐るほど見てきたが、そういうのは初めてだ。君はそういうものが好きか?」 ヌモは胸元から何かを取り出してサイファに手渡した。 サイファは瞠目して口を開く。 「……きれい……」 それは宝石が五つほどはめ込まれたペンダントだった。宝石は形も大きさも異なるが、全て同じ種類のもので、虹色を含んだ白色だった。傾ければ虹色が移り変わり、異なった表情を見せる。 「この宝石はなに?」 「オパールだ」 「オパール」 サイファは確かめるように呟いた。 「あなたの目と同じだわ」 「当たり前だ、オパールは我輩の石だからな」 ヌモはふんと鼻をならした。 サイファはペンダントに魅入っていた。きらきらと光る小物が好きだったし、こんな高そうなものを手にとって見たことなど初めてだった。 サイファはペンダントを色々な角度に傾けては、うっとりとその色の移ろいを眺めていた。奥行きのある白い空間の中で、七色が現れたり消えたりする様は、実に不思議で美しい。 台座の金細工もまた見事だった。アクセサリーに目の肥えていないサイファでも、腕の立つ職人が作ったものだと分かる。繊細な模様が丁寧に彫られ、ずっしりとした確かな重みを感じる。 「都一の彫金師に作らせたペンダントだ」 「都……」 サイファはヌモを見た。 「きっとこのペンダントみたいに綺麗なものが沢山あって、素敵なところなんだろうね」 「まぁ、こんな牛の食い散らかした干し草みたいな村よりはな。だが我輩からすれば地味な街だった」 「都が地味……」 サイファは苦笑いするしかなかった。この国の中心である都が地味だと言うのなら、この村は一体何なのだろう。 (ああ、だから“干し草”なのね……) サイファは小さな溜息をつく。ヌモの一々毒を含んだ言い回しは正直疎ましいが、幼い子どもの口撃だと思えば我慢できないこともない。いや、我慢と言えば聞こえは良いが、単に「そういう言い方は止めたらどうかしら?」と言えない自分の逃げだった。 (勇気を出して……言ってみよう……きっと伝わるはず……) 「――あのね、そういう言い方は」 「おい、何か食べるものは無いのか! ハニーパイでも良いぞ」 ヌモが足をばたつかせた。出鼻をくじかれたサイファの耳に「イークナブルの紅茶も飲みたい」という追加注文まで聞こえてきた。 やっぱり諦めよう。諭してみたところで、ヌモが素直に自身の言動を正すような人間には到底思えない。 (さっきは私に寝てろって言ったのになぁ) サイファは戸惑いながらもお茶の準備をした。ハニーパイもイークナブルの紅茶もないので、ハーブティーで我慢してもらうしかない。 「ゲホッ、都以上に華やかな街ってあるのかしら?」 「あるに決まっているだろう、これだから田舎者は! ふん、井の中の蛙とは言ったものだな。世界は広いのだ、君が知らないだけだ」 二人はテーブルを挟んでお茶を飲む。 ヌモが言うところの“世界中”の話には、サイファが見たことも聞いたこともない動植物や街が登場した。例えばシャボン玉を膨らませて飛ばす木や、一瞬で遠くまで走っていける四肢が豹柄の白馬。宝石であふれた街や、月まで届きそうなくらい高い糸杉が立っている町――それらはまるで、幼い頃に祖母に読み聞かせてもらった童話の中の出来事のようで、サイファは半信半疑で面白がりながらそれを聞いていた。 ヌモは師匠と二人で世界中を旅しているらしい。その旅の目的は“しるすひと”という職業に就くためで、その為には様々な修行を積む必要があるそうだ。 この村にやってきたのは都で師匠の言いつけを破ったことが原因だとヌモは話した。その罰として、この村までの移動と百人の奉仕活動を命じられ、その百人目をサイファに決めて、今ここにいるらしい。 「そう言えば君は一人で暮らしているのか?」 「ううん、おばあちゃんと二人よ」 サイファは明るい声で言った。ヌモが都で巻き起こした騒動などを聞いて、ひとしきり笑った後だった。 [ ← ] | [ → ] ≪ ページ一覧 |