お姫様抱っこに憧れて

「シュクルったら、本当に甘えん坊なのよっ」

 イチゴが呆れ顔で美夜に訴えている。

「昨日だって、雷が怖いとか言って、ずっとジャンに抱っこされてたんだからー!」
「ふんふん。それでイチゴちゃんも抱っこされたかったわけね」
「違うわよっ。あたしより大きいくせに、赤ちゃんみたいに甘えちゃって、恥ずかしくないのかって思うだけ」
「大丈夫よ〜。イチゴちゃん、まだまだ伸びざかりじゃない。きっとそのうち、ジャンさんなんか軽く抜いちゃって、ナイスバディーなお姉さんに――」
「身長の問題じゃないってば!」

 二人の遣り取りを傍で聞いていたゼロが笑う。

「シュクルはジャンさんの匂いに安心するんだってね」
「あ、それ分かる〜! お菓子の匂いがするよね、甘い匂い」

 美夜が祈るように指を組んで、ウットリとする。

「あぁ私、イチゴちゃんの気持ち分かるなぁ」
「どんな気持ちよ」
「抱っこされたいなぁって」
「そんなこと言ってないってば!」
「お姫様抱っこって、女の子の夢じゃない?」
「え、そっちの抱っこ……?」
「あはは、美夜さんは乙女ですね」
「だってね〜」

 美夜は目を閉じて感慨にふける。

「ジャンさんってマッチョじゃない?」

 ゼロの耳がぴくりと動く。

「私くらい重くても、軽々と持ち上げてくれそうでしょ?
 お姫様抱っこって、やっぱり、余裕の笑顔でされたいじゃない。白い歯がキラーン! みたいな。いかにも『重いの我慢してます』っていう顔だったら、申し訳なくなっちゃう」
「ま、まあね」
「でしょー?」

 多少共感したイチゴの様子に、美夜は身振り手振りまで付け加えて話し出す。
 ゼロは雑巾を持って店の奥に引っ込む。

「それに体温が凄く高いのよ〜。このあいだ聞いてビックリしたんだけど、平常体温が40度なんだって! 冬には持ってこいよね。人間ゆたんぽ!」
「そ、そう? 熱苦しいような気がするけど……」
「ゆたんぽは熱いくらいが丁度良いのよ。それに甘い匂いでアロマ効果付きだし、素敵じゃない?
 きっと、焼きたてのクッキーに囲まれて眠るような心地なんだろうなぁ……いいなぁ、お姫様抱っこ……」

 ここまでくると、美夜の妄想を止められる者はいない。
 溜め息までついた美夜に、初めイチゴは顔を引きつらせていたが、美夜に感化されて、徐々に表情が緩んでくる。

(ちょ、ちょっとくらいなら良いかも)

 口が裂けてもそうは言えないけれど。

「……あれ、ゼロは?」

 ふと気が付いたイチゴの声に、美夜がパチリと目を開ける。
 ゼロが仕事をサボるなんていうことは、絶対に無いはずなのだが――二人は顔を見合わせて店の奥を覗く。
 ゼロが雑巾がけをしていた。
 しかしそれは、腕立て伏せに近い格好で――。

「女の子はダイエットっていうけど……男の子も、大変なのねぇ」

 美夜の呟きにイチゴも頷いた。

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