一日目
「はぁあ解放感っ!!たまらん!!」 「志乃ちゃん、だらけてないでお仕事。」 「らぁいぞぉう先輩、ヌシがいないんですよ?満喫しないで他に何するんですか。」 「蔵書整理、新刊補充、虫食い文書の補修、新しい図書カードの作成、」 「ダメだ…この人遺伝子引き継いでる…」 「引き継ぎついでに中在家先輩みたいに怒ることも出来るんだけど。」 「先輩、あちらの棚の点検に向かいますのでご安心下さいね!」 「頼むね。」
僕たちの委員長、中在家先輩が一週間程度の遠隔任務実習に着いた。もちろん、その間の図書室業務は残りの委員でいつも通りにこなせばいい。ただ、毎日背を伸ばして黙々と読書に励んでいた姿を見ないことに僕はもう違和感を感じて仕方がない。以前にも何日か空けることはあったのに、こんなに長い間先輩を見ることのない図書室は、締まらない気がする。
「先輩〜、貸し出し期限が切れているのに未返却の物がありますよ!」 「…もしかしなくても、」 「仇敵、潮江文次郎先輩です。」 「僕が明日にでも伺うよ。」 「いえ!明日の当番は私と久ちゃんですから、二人で行ってきます。」 「えぇ!大丈夫?」 「中在家先輩仕込みの“秘技!図書カード打ち”で勝利をもぎ取ります!」
僕の次に先輩と付き合いの長い志乃ちゃんも、軽口は叩いているけどそれなりに寂しがっているはずだ。四年生になっても三日に一回は無言で怒鳴られる(矛盾しているようで本当)志乃ちゃんであっても。
「いやぁ、中在家先輩の主光線を浴びないって精神的に自由になれた気がします〜あ〜らくちん!」
…本音はお腹の中にでも隠し持ってるんだろうって思う。一応先輩なので、畳に寝転がる彼女の頭をはたいておいた。
二日目
「行くよ、久ちゃん!」
図書室を閉めてから、僕と志乃先輩はある場所を目指していた。懐には図書カードを何枚も忍ばせて。変に浮き足だっている先輩に比べて、僕の足取りは鉛を引きずっている以上に重い。
「暗い、暗いよ久ちゃん!そんなんじゃいけません!」 「負けの決まった消化試合をしに行くんですよ…明るくなれますかこれが!」 「何言ってるの久ちゃん?」
ニカニカいつもの笑顔で先輩は振り向いた。その時に、何故だかわからないけど今はいない中在家先輩の笑った顔を思い出した。つまり、重度の怒りが作る表情を。
「負けるわけないじゃん。」
ものもーうす!そう言って観音開き並みに引き戸をシュタッと豪快に開けた先輩は、ニタリと口角を引き上げた。正直に言う、僕は寒気がした。
「、んだよ委員会中に邪魔すんじゃねぇ。」 「残念ながらこちらは委員会の残業業務中なんですよねぇ。」 「はぁ?そんなん知るか!」 「久ちゃん、罪状!」
潮江先輩の隈に押されながら、僕は渡されていた巻き紙を開いて突き付けた。他の委員が同情の眼差しを僕に寄越すように、明らかに志乃先輩にはびびっていた。
「返却期限切れ図書の早期返却を求めます!」 「う゛っ…!!」 「相手が委員長じゃないからって嘗めくさってんじゃないですよ…」 「先輩っ!言い過ぎっ!」 「明日の放課後!雁首揃えてお待ちしてますからねぇ…」
そう言うと、なぜか志乃先輩は田村先輩に向かって図書カードを投げつけた。ご自慢の綺麗な顔スレスレに壁に突き刺さる。
「うわ危なっ!結城何すんだよ!」 「田村の監督不行届きだから、責任の一端は担って貰いたいじゃん?」 「おいっ!田村は関係ないだろうが!」 「いいですか?中在家先輩と違ってですねぇ、私はいや〜な性格なんですよ!」
そう言うと、今度は神崎先輩の頭スレスレにカードが舞った。ご自慢のサラサラな髪の毛が何本か切れた。
「おぅわっ!」 「左門っ…」 「明日返却して頂けたら、おちびちゃん二人にはなぁんにもしませんから。」
よろしくお願いしますねぇ、志乃先輩が満足したようにニコニコしたまま部屋を後にしたので、僕も一礼してから慌てて出た。会計室から一年二人の絶叫が聞こえた。
「先輩、やりすぎじゃないですか?」 「中在家先輩仕込みだもの、これが正解!」
じゃあ久ちゃんお疲れ様、今日はありがとね、手を振る笑顔の先輩はいつもの先輩だった…中在家先輩に憑依でもされてたんだろうか。
三日目
「遅れて、すまなかった…!!」 「はい、確かにお預かりします。」
放課後、図書室が開く前に六年生の潮江先輩が扉の前に張り付いていた。慌てて鍵を開けたら物凄く恐縮されて、こちらが怖かった。 「あ、あいつはっ!?」 「あいつ、と仰いますと…」 「あら先輩、お早いお出ででござぁますこと。」
志乃先輩は、笑顔が可愛いと思う。でも時々、先輩の笑顔を見ると誰かを思い出すことがある。そう言う時は決まって、先輩の笑顔を怖く思う時って決まってる。
「約束は守ったぞ!」 「そうですねぇ、出来ることならこっちが出向く前に守って頂けたら嬉しいですねぇ。」 「わかった、守る。」 「はい、次に破られた時は田村も神崎もすっ飛ばしますのでお忘れなく〜」
飛び出すようにして図書室を出て行かれた潮江先輩と、対照的に落ち着いて貸し出し業務に戻った志乃先輩がおかしかった。何となくわかったけど、何にも言わないことにしよう。
「あーやかしまる!あの先輩相手にびびらんとこエライぞ!」 「先輩を見習っただけですよ。」 「あのね、正論に凶悪顔は勝てないんだよ。」 「はい、わかってます!」
だけど中在家先輩が戻ってきたら、今日のことをお話ししよう。
四日目
「何ダレてんすか?」 「きーりまる…なんか、こう、力が入んない…」
カウンターで、今日の相方でもある志乃先輩が突っ伏していた。寝ながら片手で悪戯書きをしてる姿は、うーんオッサンか。しかも書いてる内容下らなすぎる。
「肉じゃが食べたい、かえるぴょこぴょこ、明日はテスト…けしょーできませぇん、」 「勝手に読むなし!」 「なら起きて仕事してくださいって。」 「いやいや。」
いつもよりも面倒くさい。この人はふらふらしてるから、特に後輩の言うことは効かないし、酷すぎない自己中だから怒るに怒れない。
「タダ働きに過剰労働なんてさせたら、呪ってやりますよー。」 「おーおー悪霊退散!」
はぁああ、と一年生相手に深い溜め息をつかせやがって…原因なんてわかってるのに自分で気づいてない辺りが、ほんっとなんつぅか。
「んなダラケてっと、中在家先輩に怒られますよ。」 「そんなんやだ。働く。ほれきり丸、あんたはあっちの棚整理。」
志乃先輩の中在家先輩好きは、俺たちにはわかりきってる。まぁあの先輩のことだから、家族愛に近いとは思うけど。中在家先輩がいないとさ、あの人はグータラのフラフラのダメ人間にしかなれない。
「先輩、もうちょっとの我慢っす。」 「んあー、しゃきっとしないよー。」
そろそろ限界みたいなんで、帰ってきて下さいよ。
五日目
「「「「…」」」」
真面目に委員の仕事に励む志乃ちゃんを見て、なぜか後輩三人が僕の背後に隠れた。わからないでもない。
「怖いんですけど…」 「あれ誰ですか…」 「まじ無理っす…」
中在家先輩がいないと、志乃ちゃんの振れ幅の大きさは半端がない。僕にも、可愛がってるからって久作たちにも、安定させてあげることは出来ない。
「こらぁ!動かないと中在家先輩が帰ってきた時に怒られるよ!」 「うわっはい!」 「は、はい…」 「へーい。」 「志乃ちゃん、あの、大丈夫?」 「何がですかってわぁああ!」
山積みにした本を前が見えなくなる位に抱えて歩く志乃ちゃんが、予想通り躓いてこけかける。だけど僕には助けてあげることができない。彼女が失敗したときに、いつも手を差し伸べる役は先輩だったから。先輩以外を望んではくれないから。
「…、危ない。」
そして先輩も、志乃ちゃんが危ないときにはいつだって戻ってきてくれるから。ほらやっぱり、本ごと抱き止めても表情一つ変えない中在家先輩がそこにいた。
「志乃、無理するな。」 「〜っおかえりなさい!!」
その大きな一声だけは、先輩も怒ったりしなかった。そして志乃ちゃんが抱き着いてきても離さなかった。
「先輩、早く終わったんですか?予定だと後二日ほど…」 「心配で、後、早く帰りたくて。」 「僕たちも、待ってたんですよ。」 「お疲れ様でした先輩。」 「あぁ、ありがとう。」 「志乃先輩!抱きついてたら中在家先輩が休めないじゃないっすかー。」
先輩から離れない志乃ちゃんを見ながら、一年生二人が中在家先輩を心配そうに見上げるけど、きっと問題ないんだよ。
「いや、ここが一番安心する。」
志乃ちゃんの背中をポンポン、と撫でながら離さない先輩も、よっぽどあれだよね。
「どんなに暗くても無口でも不気味でも怖くても、やっぱり先輩いないと落ち着かない!」 「多分、俺もだ。」
凸凹でもどんなに反発していても、結局引っ付くのが僕たち図書委員会の委員長と、紅一点の志乃ちゃんなんだ。どうだい、ウチの委員会もなかなかいいでしょう?
*わたあめさまからのリクエストで、中在家くんメインの家族みたいな図書委員会話でした^▽^ 中在家くん押しではありますが、全員と平等に絡ませたくてこう言った書き方になりました!ヒロインにあま〜い委員長を書けたらな、と。ほのぼの感も出でくれたらいいのですが… 委員会単位のお話も大好きなので書けて楽しかったです!ありがとうございました!
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