僕の隣にぴたりと寄り添う重みが、何より心地よかった。少しでも横を向いたら、鼻が触れてしまいそうな近さも。そして僕は、そのまま彼女の白い素肌に自分の汚れた指の腹を捺し当てた。そのまま、すすすと絵筆を動かすように外側に指を動かして、彼女の頬に一筋の跡を残した。
「なぁに?」
僕の手には絵の具がついていて、そのまま彼女に触れたものだから、頬には鮮やかな朱色の線が出来た。
「なぁに?」
彼女の肌は白粉を叩いてもいないのに白い。だから、その中に一筋浮かぶ赤い線は妖しいくらいに目立つ。そんなことを思って彼女を見ていたら、突然頬擦りをするように顔を寄せてきた。
「ほら、お揃い。」
一瞬前まで、どこかヒトとは違う雰囲気を出していた彼女なのに。こんな簡単な仕草で、愛らしくぶち壊してしまう。あーほんとにたまんないな。
「三治郎、」
そうやっていつも通り僕を呼ぶ声にも、なぜか今だけ絡まれるように感じてしまう。彼女の声に、全身が絡み捕られてしまったかのように。
「どうしたの?」
警告・禁止が働くと同時に、半分移されたせいで掠れた彼女の頬の赤い線が、余計に何かを訴えてくる。赤い絵の具が、絵筆のような指が、彼女の紙以上に白い肌が。
「三治郎?」
あの赤い色は、絵の具だろうか。彼女の白い肌に温かさはあるだろうか。耳に入り込む甘い声は、彼女のものだろうか。
「君はほんとに、志乃なの?」
その僕の言葉を正面から受け取った彼女の目からは、まるで作ったような粒状の涙が後から後から流れて、真っ白な肌に赤い跡すら残さず消してしまった。
涙を掬うために、慌てて伸ばした指と頬に添えた掌から人肌の温かさが感じられた。
本物だったんだ。
*****
目が覚めたと思ったら、隣で寝ている志乃が泣いていた。眠りながら泣いていた。あんまり静かに辛そうにしくしく泣くものだから、体を揺すって起こしてしまった。
例え眠るときは一人でも、一人きりで泣く必要はない。
「なんで泣いてるの。」 「さ、三治郎が、信じてくれないの。」 「何を。」 「私は志乃じゃないって言うの。それが悲しくて。」 「え?」 「夢の中でも会えたのに、私は嬉しかったのに。三治郎は志乃じゃない偽者だって怖い顔をするの。」
真っ赤な目をした志乃が、布団を手繰り寄せて拗ねたように身を隠す。追いかけて布団の上から頭を撫でてみるものの、機嫌は直りそうにない。夢の中で見た彼女とは、まるで別人だ。
だけど僕は、むくれたり拗ねたりいじける彼女が好きだな。綺麗なだけの彼女なんて僕にはいらない。
「三治郎は、夢で私に会いたくないの?」 「夢でもし会えたらって期待するよりも、僕は志乃に会いに行きたいな。」
もぞもぞと布団の中から片手だけが見えて、僕の指をぎゅっと握った。 そのまま布団を捲りあげたら、顔を赤く染めた彼女が出てきた。
「今みたいに?」 「夢の中だけじゃ満足できないくらい、志乃が好きだよ。」
第一、抱き締めても触れても、気持ち良くない。現実の志乃といても満足しないのに、どうして夢の中だけで良いだなんて思えるだろう。
「その表情怪しい。」
彼女はそう言って楽しそうに僕の頬を引っ張る。あぁ、そんなに僕のことをいとおしく見詰めなくて、いいのに。
「さんじ、」
そんな風に愛されたら、僕はどうやって返して良いかわからないから。とりあえず口付けてしまうよ。簡単に済ませてごめんね。
好き、じゃない、愛してる、じゃたりない。でも僕は、言葉にしようなんて思わないんだ。
だからこうして、何回でもふさいでしまうんだろうなぁ。
「こーら。」
あたたかい彼女の唇を、そしてまた奪ってしまおうかな。
*三治郎は言葉より行動。本能で生きる男前である…なんて。
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