世界の終わりがやってきた。
大袈裟だって言えばいい。誇大妄想だって笑い飛ばせばいい。だけどこの事態を他にどう捉えればいい。僕にとっては史上最大の世紀末の到来だ。隕石の衝突で南国が氷河に、それなら一緒に氷漬けにされたいなんて思えるくらい、何もかもが引っくり返ってぐっちゃぐちゃになったんだ。
「この世の終わりみたいな顔してるけど、なに。なにがあったか聞いて欲しいの?」
三治郎が片眉をピクピクさせながら、部屋に戻ってきた。僕と言えば部屋の隅っこで膝を抱えて転がっているわけで。まー扱いに困られても不満は言えないや。
「志乃せんぱいが、」 「兵太夫なんかに無駄に好かれて毎度セクハラ紛いになつかれてる作法委員の先輩が、」 「今年で学園辞めちゃうんだって…」 「とうとう耐えきれなくなって実家に…」 「そう、作法見習いは大体四年生までだから、」 「身の危険をいい加減感じたからかそうか兵太夫、まだ十歳なのに…」 「確かに十歳だけど先輩のためならって…三ちゃん!」 「ごめんって兵ちゃん。ぐずってんのがあまりにうざくってさ!」
真上から見下ろしてくる三治郎って確かに怖い。笑うと目がなくなるとこなんてお面みたい。少しくらい慰めてくれてもいいのに。僕の愛しの、っていうよりは好きで好きすぎて、いつもどうしていいのかわからなくなる先輩が、
「そんなのいやだ!」 「いやだからさ、兵ちゃんの意見なんて関係ないし。」
そんなのわかってる。わかってるけど、わかったフリはできないって言うのはガキの証拠かな。だったら僕は一生クソガキとかでいいや。引き際が大人だとか去り際が鮮やかだなんて、無縁で構わないよ。
知ってるよ、先輩にとって僕は可愛い可愛い年下の男の子としか見えてないってことも。だけど志乃先輩が大好きなことからは、逃げられないってわかってるんだ。
と、言うわけでいざ尋常に勝負!
「志乃先輩っ!」 「うーわっ!?」
抱きついた先輩は、いつもふにふにしていて柔らかくって、僕より年上なのにまるで仔猫みたいに頼りなく感じる。
「こら兵太夫!抱きつくなら正面からにしてって何回言わせるのー!」 「気配を察しない先輩が悪いんじゃない?」 「ああ言えばこう言う…困ったちゃんなんだから。」
直ぐに正面から抱き着く僕も、先輩にやられてるよね。でもいい、年下の可愛さで身体接触をここぞとばかりに増やしてやる。
「志乃先輩に聞きたいことあるんだけど。」 「うん、なぁに?」
こてん、と首を傾げるその仕草が演技でも素でもいい!可愛い人がやればはまるんだしね。
「先輩今年で「あー志乃めーっけ。」」
先輩の背後から間延びした声が、ゆるりと流れてきた。
「綾部くんどうしたの?」 「立花先輩がお呼び。何かやらかしたでしょ。」 「…あ゛!!」 「なに。」 「先輩から借りてた簪、返し忘れてた…」 「行ってらっしゃい。」 「綾部くんありがとうー!兵太夫ごめんね、次にゆっくり聞くから今はごめんね!ごめん!」
ぱたぱたとかけていく先輩の後ろ姿を見送りながら、僕は斜め上に視線を送った。びしりと投げつけた。いつもいつも良いときにこの人は…
「なに。」 「いいえー?」 「なに。」 「…」 「そんなんでどうするの。」 「なにがですか。」 「志乃に甘えすぎ。好きなら許されるなんて思うの止めたら。」 「そんなことないです!」 「いなくなる前に、しっかりしたとこ見せたらどう。」 「やっぱり今年までなんですか?」
僕の手を引きながら、綾部先輩がゆっくり歩く。相変わらず無表情で読めない。
「そういうこと気にしてたら、パァになるよ。」 「でも、」 「いつ別れがきても大丈夫な自分になれば。」 「先輩は!綾部先輩くらいになれば、大丈夫になるんですか?」 「おーそうきた?馬鹿だなぁ。」
一年生と四年生、僕は甘える以外に先輩に構って貰える方法を知らない。見て貰える術がない。キチントシタオトナノオトコ、にはどう逆立ちしたってなれないから、そういうことばかりが気になって、結局何も言えないままで。
先輩の口から言われたくなくて。可愛い後輩、そう言われたくなくて。
「大丈夫って言うのは、我慢するとか笑顔で別れるとか、そういうことじゃないよ。」 「わかんないです。」 「少し考えなさい。」 「綾部先輩って僕のこと好きじゃないですよね。」 「…嫌いじゃないだけ満足しなよ。」
手を引いて食堂に連れ立ってくれるんだから、そのくらいはわかりますけどね。
よくわからない背中の押され方をされてもまだ、僕は聞くのが怖かった。
“先輩、学園辞めちゃうの?”
「あれ、誰から聞いたの?」 「噂です。」 「そっか。そーかーうん、うん、ほんと。」
作法室で生け花をしていた先輩に、話しかけたのは最後の機会だと思ったから。でもそうしてようやく正面から聞けたのは、後少しで二年生に進む頃だった。綾部先輩からの宿題は、まだ白紙のまんまだ。
「なんで教えてくれなかったんですか?」 「だって兵太夫、私のこと好きでしょう?」 「すき…、です。」 「ダメじゃない。忍になるなら、ずっと学園にいるなら。」 「それは、表向きの謳い文句で、」 「尚更ダメ。いなくなる相手を好きでいようとか、引っ張って良いことない。」
ずるいよね。たかだか数歳差でたしなめられて、経験違いとか見せつけられて、丸め込めようとして。だけどさ、そんなの通用したら楽だけど、上手くいくわけないじゃん。
僕は僕で、十歳なりに真剣だから。
「志乃先輩だって僕のこと好きなくせに。」 「兵太夫。」 「色々考え過ぎて大人な振り頑張ってるだけなくせに。」 「兵太夫!」 「聞いてよ!」
両手を握って叫んだ。酷いよ、人前で大声出したり余裕なくしたり、カラクリも使わないで攻略しようなんて。近年稀に見る必死の呈。だから聞いてよ。
「僕が泣いていいのは後にも先にも先輩の前だけだ!」
びっくりして動きの止まった先輩に、言ってやった。
「笑うより怒るより!みっともない泣き顔を大好きな相手に見せられるって、おっきな愛とか思わないわけ!」
ぜぇはぁぜぇはぁ…真っ赤な顔をそれでも上げて顔を見つめた。だって、見られたくない顔をしてても僕は、志乃先輩を見てたいんだ。
「物凄く、そう思います。」
それだけ言って、先輩は子供みたいに、僕よりもずっと喚きながら泣き始めた。
「辞めたくないよ、ここにいたいよ、兵太夫と一緒にいたいよ、卒業するまでの間でもいいから、一緒がいい!」
ぼろ泣きで抱き着いてきて、僕よりも背の高い先輩を必死に支えた。悔しいけど、まだまだ僕には力が足りないんだ。でも馬鹿にしたって無駄だよ、好きだけは負ける気がしないから。
「そんなに短い間だけでいいんですか?」 「〜っ!意地悪!ずっと一緒がいいに決まってるでしょ!」
ぎゅーっと抱きしめてあげたら、ますます肩が冷たくなった。
「待っててくれますか?」
最後に耳元で囁いた。これから先の人生、大人の男になっても、こんなに緊張することは二度とないと思う。
二度とあるはずも、ないけど。
見慣れた町を歩く。大きな歩幅を作る。駆け出しそうになる自分をなんとか引き留める。
目的の場所は直ぐそこ。少しだけ離れて立ち止まる。出てきてくれないだろうか、僕の大好きな笑顔で、そして僕に気づいて、抱き着いてくれないだろうか。
「じゃあ行ってくるね!」
大きな声が聞こえて、綺麗な空色の着物を着た彼女が出てきた。僕の大好きな、彼女だ。何年経っても変わらない、大好きな彼女だ。
こちらを向いた彼女が、一瞬ぽかん、と驚いてそして、満面の笑顔に変わった。走って走って、勢いよく抱き着かれる。僕の中にすっぽり収まる小さくて軽い体を簡単に抱き留められるようになったのはいつだったろう。
「約束通り迎えにきたよ。」 「約束通り待ってたよ。」
クスクス笑いながら、それでも僕の胸は少しだけ冷たくなっていく。待たせた時間は短くなかったから、それでも彼女は待ってくれたから。
「また約束でもする?」 「どんな約束?」
ぎゅーっと抱きしめて耳元で囁いた。
「 」
それはずっと二人が続いてく、そんなことば。
*朔ちゃんから頂いたリクエストで、年上ヒロインと兵太夫のほのぼの話、でした^▽^!!朔ちゃんはササヤマスターさんなのでどきどき…ほのぼのにもどきどき…ほのぼのしたのかしら…辛口メッセージ待ってますww兵太夫書けて楽しかったぁあ!今後も精進致します!リクエストほんとにありがとうございました!
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