人の思考能力に限界があるとするならば、逆に未知数であると仮定するならば、その許容量はどの程度許され、または付け加えることが出来るのだろうか。この問いに応えてくれる相手なんて誰もいないし、また僕は投げかけもしないだろう。僕の一日の大半はそうして未消化のまま終わる。そもそもどこまで相手に話しかけていいのか、それは聞かれて楽しいのかが判断付かないのだ。だからよく他人を怒らせるし泣かせる、同じくらい笑わせることは出来ない癖に。どうして、どうして僕を作った誰かはそんな寂しいものとして完成させたんだろう。そして一人では生きれもしないのに一人に縮こまろうと僕はするんだろう。



僕がそうであるように、誰もがそうであるように、人は寂しさゆえに誰かを愛そうと思い恋に自分を落とす。そしてその行為を噛みしめてはいつまでもいつまでも一人ぼっちを呑み込んで思いをはぐらかす。不器用すぎて頭のネジが飛ぶ。



「それは違うでしょ。兵ちゃんの場合はさ、典型的なないものねだり。」
「三治郎は、僕が彼女と別れた理由はそれだっていうわけ?」
「うん。わかりやすすぎてつまんないくらい。」
「岡目八目ってやつかなぁ、自分には全然わかんないや。」
「わかろうとしてないだけじゃない?」
「なに、今回はやけにつっかかるね。いつもは笑って次に期待してるとか言ってくれるのに。」
「あのね、僕の後輩だったんだよ?しかも兵ちゃんが紹介してってねだるからしたのに。三月も持たせてくれないってどういうこと?」
「悪かったってそれは謝るよ。でもしょうがないだろ、男女問題は計算通りに図面通りには進まないって。」



長屋の縁側で満月の明かりを頼りにからくりの設計図を作る僕と、室内で課題を片付けている三治郎の今日の話題は、不首尾に終わった僕の恋愛について。長くて半年、最短では一週間の関係、反省会と称した彼女たちに対する愚痴と懺悔と弔いはいつからか恒例になってしまった。今回は先の発言通り、顔も可愛いし好みだから紹介しろと迫って押し倒して付き合った挙句、二月ちょいであっけなく終わってしまった相手が三治郎のとこの後輩だったっていうのが痛い。あいつの目が弓なりになる笑顔は大概地雷を踏んでいる。当分許されることはないみたいだ。



「自分で問題に気付かない限り、この状態は一生続くね。いいかい、生きている間ずっとだよ。」
「すっごい脅し文句。」
「僕が心配しているのは、知ろうという努力を一切払ってない所だよ。あのさ、このままでいいの?」
「別に特別執着している相手がいるわけでもないし、かといって女に困るわけでもないだろうし。」
「今ほど兵ちゃんの顔が悪ければ良かったのにって思ったことはないね。」
「ベタ褒めありがと。」
「今、僕、かなり機嫌悪い。」
「わかった、散歩に行ってくる。」
「ん。」



他人に対して怒ってくれる相手は貴重だ。友人の将来を心配して冷静に激昂する三治郎は優しい。そういう相手を何度も怒らせる僕は、やはり頭のネジがどこか緩んでいるか生まれた時から足りないかのどれかなんじゃないだろうか。完成して生まれたわけじゃなくて、未完成のままってことか。こういう円環してしまう疑問を持つところもどこかおかしいのかもしれないと大真面目に思い至る。そんな風に思いながら、今日は学園の屋根の上を歩き始めた。



今まで“お付き合い”というものを繰り返してきた僕の相手は、誰もが客観的に見ても美人だった。目・鼻・口はどれも形よく、すっと通った眉だったり穏やかに曲線を持っていたりと様々だったけれど、長い髪だろうが短く切り揃えていようがどれも彼女たちには似合っていたし、私服も可愛らしく一緒に出掛けるたびにさり気なく褒めていた気がする。この僕が、だ。性格だって僕みたいな酷い我儘な人間なんて早々いるものじゃないし、取り立てて欠点があって別れたわけじゃない。



じゃあなんで続かないんだ。不首尾に終わるんだ。



「笹山くん?」
「あれ、委員会じゃないの?」
「うーん?団蔵くんが熱すぎて逃げてきた。」
「今頃、左吉が吠えてんじゃない。」
「左吉くんは憑かれたみたいに算盤弾いてたから大丈夫。」
「お前、その状態の委員会を放置してきたわけ。」
「それがどうかしたの?」



僕と同じくらい人間として問題があると、僕が勝手に認定している奴が屋根の上で呑気に座り込んでいる。こいつのこういうところを見ると同じ穴のむじな、じゃないけど安心する。そこがすでに終わってるんだけど。



「後輩放っといていいのかよ。」
「一個下はくそ真面目だし、二個下は努力家の頑張り屋だし、邪魔はしないよ。」
「一年は?」
「さすがに長屋に送ってきたから大丈夫。」
「なんだよ、その帰りか。ちゃんと先輩してんじゃん。」
「“一年生は限界が来ているので部屋まで届けてきます”」
「“いい加減息抜きがしたいので、外に出てきます”」
「同時通訳って、素敵ね。」
「僕と張るくらい、いい性格してるわ。」
「わかってるわかってる、ありがとーう。」
「そうだ、じゃあ僕と恋愛しない?」
「恋なんてしたこともない人が何言ってるの?笹山くんてば、ほんとに冗談が上手。」



満月に照らし出された目が、くっきりと僕の目の前で揺れている。怒ってもいない、泣いてもいない、だけどもちろん彼女は笑ってもいない。そして冗談なんて僕は言っちゃいない。だけどその事実を告げることはこの場では許されそうにもないので、曖昧に笑って流すことにする。僕が周囲から理解できないと言われているように、こいつは得体が知れないところが九割占めてるのだから。それを僕はなぜか知ってる。



「まーたあんなに可愛い子、振ったの?」
「可愛かったよね、普通に。」
「自分から付き合ってって言うのに、自分からお別れを告げるなんて、悪い男だね。」
「何その、軽い言い方。」
「あれ?厳しく詰め寄られると眉間に皺寄るのは誰だっけ?」
「なんでそんなこと知ってんのさ。」



座りこんだ隣から、微かに香る正体を探ろうとしても、なぜか今日の僕には見つけられなかった。まるで正体を見破られないように周到な用意をしているかのような、そんな緊張感をどうしてこいつから感じなくちゃいけないんだろう。



「良い匂いする。」
「墨じゃない?何せ会計委員ですもの。」
「僕の好きな匂いだ。」
「え、今すぐお風呂入りに行きたい。」
「何その拒絶反応。」
「だって私、君のこと嫌いだから。」



僕を見て笑う顔は、その顔で嫌いだと言葉にした口は、今まで付き合ってきた全ての女の一部一部を組み合わせたようなそんな顔立ちにしか見えなくなってきた。綺麗で、整っていて、好みのはずなのにこの顔をどうしてここまで怖いと思うんだろう。



見た目の姿に心を捉えられて、好きになったつもりではいたけれど、幸せにしようと言う積極的な思いやりには欠けていた。そんなことは問題じゃなかった。ただ傍にいてさえくれればよかった。僕には恋だのなんだの必要がなかったから。求められても返すものがなかった、それがなんなのかさえ知らなかったんだから。



「やっと見てくれた。本当に、変わらないね。」



少しだけ寂しそうに小さく微笑んだ姿を知っている。寂しさから僕は誰かを選んで、傍に居ようと居て貰おうと決めた。だけどその相手も寂しさから僕を選んだんだと思いこんだのが間違いの始まりだった。僕は、それこそ言われたとおり恋なんて出来ないけれど彼女はそうじゃなかった。彼女はこんな僕を“好き”になってくれた初めての相手だった。



「初めての彼女を忘れるなんて、やっぱり悪い男だね。」



隣で無償で、笑いかけてくれる存在。柔らかく傍に居続けるその人を、僕は確かに大切だとわかっていた。それにも関わらずかけてあげられる言葉の一つ浮かんでくることはなかった。だから別れた。寂しさを埋めることは出来ても、自分の想いを実感できなかったから。忘れるなんて嘘だ。



短い肩までの髪、優しそうに垂れ下がった目と反対にきりりと伸びた眉、小さい口は結ばれて口角が綺麗に上がっている。この顔。模範となる型、性格、素振り仕草全て、僕は彼女から派生した部分を面影を持つ相手を選ぶようになってしまっていた。不首尾に終わった最初の相手なのに、彼女が続かなかったから僕は何度も同じ馬鹿な失敗を繰り返すことになったと言うのに。ふわりと笑って隣の彼女が最終宣告を普段の挨拶でもするかのように切り出した。



「笹山くんは一生恋愛なんて出来ないよ。」



その続きは答えなくてもいい。知ってるから、気付いているから、それを言われたら最後だから逃げられないから。



「だって、ずっと私に恋してるもの。」



寂しがり屋の僕が誰かを好きになったらどうなってしまうんだろう。好きになってもその事実に蓋をしよう、気付かない振りをしよう、寂しさだけを埋める相手を充填していこう、それで大丈夫問題はない。



「ねぇ、まだ気付かないふりをするの?それでいいの?本当に嫌いになっちゃうよ?」



畳みかける様に出てくる言葉を封じるために、僕は口づけを落とそう。大丈夫、そしてまた知らない振りをしよう気付かなかった演技をしよう。そうでもしないと、初恋をむざむざ棄て去った過去の自分を切り刻みたくなるから。だけどきっと、耐えきれなくなった一刻後、僕は彼女にこう尋ねるに決まってる。



恋とはどんなものだろう。
それは今のあなたとこれからのあなたの状態。



そう言って彼女は今度こそ笑ってくれるだろう。




*全体的に謎。この女の子、実体がないみたいですね。






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