恋をしたい。
恋をしないと、死ぬ気がする。言い過ぎとかではなく、何もかも順調な人生で唯一クリアしていない課題の気がするから。
学生時代から社会人に入っても女から寄ってこられたせいか、短絡的な付き合い方しかしたことがなかった。ただ、向こうも認識は大して変わらず、一定の時間だけ相手を所有したいと言うアクセサリー感覚しか自分は持たれていないことも自覚していた。
お互いにイージーカムイージーゴー、得やすいものは失いやすい。ただ失った、と思うほどショックを被った過去もない、それが本音だが、年齢を重ねてもどこか人間性が子どもじみているようで危機感だけは募った。そんな時、ようやく俺は彼女を見つけた。
「こんにちは、いつもお世話様です。○○デザインの池田です。」 「こんにちは、池田様。今日のお約束は企画部の、…」 「結城さん、昼飯何時からです?」 「え、と…私は本日12:30から取りますが…」 「じゃ、そこのカフェでコーヒー飲んでます。飯行きましょう。」 「え?い、池田さん!待ってください!」 「ちょっと行くと上手い洋食屋があるんですよね。」
彼女に一目惚れした時はどうこう思うより何より安心した。まだ俺は、ちゃんと誰かを好きになれるってことに。だから後はもう、とにかく追い詰めるだけだ。絶対に、逃してやらない。
*****
「何にします?薄焼きの卵で包んでるオムライスも絶品ですけど、ポークジンジャーも旨いし。女の人は臭い気にするのかな?」 「池田さん、」 「すみません、オムライスの海老フライ乗せとポークジンジャーの飯大盛りで。」 「池田さん!」 「なに?」 「突然は困ります。」 「突然じゃなかったらいいの?」 「それは、揚げ足取りですよ。」 「あはは俺、子どもっぽいんだよね。と言うかガキ?」
諦めた様に制服の上着を椅子に掛けて、グラスに注がれた水を含む大手食品会社の受付嬢。元は秘書課にいたところを英語に堪能な社員を受付に、と言う上の指示で今年度だけイレギュラーに配置されたと言う。ソースはもちろん親しくなった担当者(既婚男性)から。飲み代と交換して買った。
「あ、」 「旨いでしょう?」 「美味しい…!」 「海老フライ一つもーらいっと。」 「じゃあポークジンジャー一切れ下さいね?」 「この部分絶対にウマイですよ、ガッツリいってください。」 「頂きます!」
この笑顔に、一目惚れした。
とにかく笑顔が可愛かった。アレは間違いなく他社の野郎共にライバルがいるに違いない。特に初訪問の緊張した若手なんて癒されるに決まってる。二回目に打ち合わせに来た時、男から名刺を渡されている姿を見て確信した。
「今日はごちそうさまでした。少し、複雑ですけど。」 「旨かったんだしいいでしょう、それで。」
難しそうな顔をしながら唸る姿は予想していなかった。奢られ慣れてるんだろうと思っていたが、案外違うのか。
「次いらした時、私が奢ります。」 「それは期待してもいいってこと?」
誰も気の無い相手をあの状況で誘うわけがない。そんなことは彼女だってわかるはずだ。それを知っていながらこの申し出はつまり、実質イエスと言う返答に当たるのか。
「強引な人は嫌いじゃありません。」 「それなら、」 「でも私、誠実な方にしか興味ありません。」 「あれ?俺そんな軽そうに見える?」 「それはまだ、わからないですけどね。」
だってあんな声の掛け方初めて聞きましたもん。笑い顔が、やっぱり可愛い。大人の女に可愛いは褒め言葉じゃないかもしれないけど、この人は中身自体が可愛いんだろうな。たとえ贔屓目だとしても。
「期間限定商品ではなく、ロングラン商品の開発かぁ。」 「やだ何それ、笑わせないで下さいよ。」 「正直な話、期間限定ばかり作ってきたから自信は7割強ってとこなんだけど。」 「十分自信満々。」
次、この会社に来るのは早くて二週間先だ。それまでプレゼンが出来ないとは中々厳しいな。
「私も、自信無いんです。だから、二人で作りませんか?商品開発は素人ですけどね。」
なら俺は共同開発者として、この恋が彼女の中でロングセラーになるよう、商品開発に手抜きはもちろんしない。
「最初の企画会議、週末にどう?」 「そうですね、では美味しい中華を食べに行きませんか?」
難しい話もこれからのことも、せっかく二人で過ごすなら美味しい時間が重要です。
そう言って会社の顔に戻っていく彼女は、俺に見せる笑顔とは少し違う外行きの笑顔に変えて俺に小さく手を振った。
可愛い彼女と恋が出来るなら、課題に取り組むのも遅くはなかったな。さて、それでは週末の会議のために久しぶりに真面目に働きますか!
*池田様をとにかく書きたくなったので(笑)
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