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  花の雨(鉢屋三郎)


桜の花びらが、視界を遮る雨のように舞っていた。



「お前、いくつだっけ?」
「十五。鉢屋と同じ年。」
「そうだった。じゃあ経験してないことってある?」
「祝言もあげてないし子も産んでないけど。」
「あ、俺も祝言あげてないし子供もいなかったわ。」



学園から細く長く延びる広い一本道を、隣の歩調に合わせていつもよりゆっくり、ずっと静かに歩いた。まだ太陽は、真上に差し掛かってすらいない。




「だけど、大半のことはしたよなぁ。」
「そうだね。」
「殺したし殺されかけたし。」
「男と寝たし女とも寝たし。」
「崖から落ちたし滝に飛び込んだし。」
「それだけ聞くと、散々だね。」
「ほんとにな、これだけ言うと、散々だな。」



六年間、何度も何度も俺はこの道を歩いた。もう二度と戻ることはないと思い定めて片道を走り抜けたこともあった。それでも今日、俺はこの道を平穏無事に歩めている。



「藤吉は、どうして学園に来たんだ」
「それ、今聞くこと?」
「いいだろー、教えてくれても。」
「他人の身の上話って、死ぬほど退屈じゃない?」
「お前の話なら何だって楽しく聞ける。」
「しょうがないなぁ。」



燦々と降り注ぐ陽光が、彼女の輪郭を眩しく浮き立たせていた。滅多に変わることのない彼女の冷たい横顔も、今だけは珍しく眉が下がって、心なしか楽しそうに笑っているようだった。そんな彼女の姿に柄にもなく、俺自身が何より喜んでいることにふと気が付いてしまった。



「兄が私を学園に連れてきたの。」
「兄さんが?」
「戦で兄は私を、私は兄以外の家族を亡くしたわ。年が離れていた兄は当時から商人になるために奉公で町へ出ていて無事だったの。」
「それがどうして学園に?」
「兄はきっと、家族を探しに村へ戻った時に目の当たりにした光景に、心底うんざりしたんだと思う。」
「わっかんねぇなぁ。上手くいってもたった一人の妹を戦場へ送り出すことになるし、下手したら幼い内に命を落とすってのに。」
「そうよね、今考えてみてもすごく可笑しいんだけど…きっと兄はこれ以上家族に無駄死にされたくなかったんじゃないかしら。殺されるなら生き残る術を身に着けて欲しいって。そうして兄は学園の噂を聞きつけて私を連れてきたわけ。」
「どう転んでも後悔しそうな選択だな。」
「私自身も、あんな学園に入れられて恨まなかったわけじゃない。でもこの間、兄に会いに行ったら言われたわ。」
「帰ってこい、って?」
「そう。でも、帰らないって返した。」
「帰れないじゃなくて、帰らない、か。」
「そんな簡単に死なないからって付け足しといたけど。」
「簡単には死なないかもしれないけど、職業的に殺される確率は確実に上がったな。」
「だけど、そうでも言ってあげないと可哀想じゃない。兄が、不憫じゃない。」



そう言いきっていつも通りの表情に戻る藤吉も、最初にこの道を辿った時、どんな顔をしていたんだろう。親を失ってたった一人の兄から置き去りにされて。それでも幼い俺たちに、何の力があったっていうんだ。一体どんな選択が出来たっていうんだ。手を引かれてこの道を歩かされたあの時を、俺も彼女も決して忘れることはないだろう。あの時、今日と同じように散っていた桜の花びらを、幼いながらにただ美しいものだと俺は感じた。そしていつからか、桜の季節が巡る度にそう思い込むしか手段を持てなかった幼い自分を無力さの象徴として思い返していた。例え学園で過ごした時の中で、友と呼べる相手に出会えたとしても、師と慕う相手を見つけられたとしても、あの時の絶望だけはいつまでも残り続けてしまう。



「やれって言われたことは、全部受け入れてきたね。」
「まぁいつからか疑問とか、考えなくなったけど。」



今はもう、自分が決めたこの道から降りる気なんてない。他の道を想像出来なくなるほど、こちら側に浸かってしまっていると、はっきり自覚しているから。彼女もそうだろうか。帰ってこいと言われた言葉を振り払い、自分が進むべき道と信じた場所へ一歩ずつ近づいて行くのは、そういう事なのか。



「でもね、鉢屋。」
「あ?」



突風が吹き荒んで、彼女の長い髪を捲し上げていた。砂埃と今年最後の桜が、競うように舞っていた。



「あなたの隣にいることは、いつだって私の意志だったんだよ。」



その言葉だけを残して、彼女は二股に別れた道を歩いて行った。



今の俺は、初めてこの道に立った幼い頃とは違う。力も意思も自分の両の掌にある。けれどそれは、彼女も同じことだった。



「やっぱり俺、桜嫌いだわ。」



舞い降る桜の花びらに向かって俺は、誰にも見られることのない笑顔で、そっと彼女へ惜別の言葉を送った。




※花材さま
今回は企画に参加して頂き本当にありがとうございました!リクエストに沿えていたかどうか、ただそれだけが心配です。明るい別れ話、ということでしたが湿っぽくならないよう出来るだけ淡々と話を進ませることを心掛けてみました。また別れをテーマに敷いていたので出来るだけ直接的な好意を滲ませないようにしてみたつもりです。明るさと多少の切なさが出ていたら良いのですが…お気に召すか不安ですが、読んで頂けたら嬉しいです。登場人物に涙は流せられなかったので、タイトルと桜の花に込めてみました。今回は本当にありがとうございました。



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