彼女の場合



もし、五歳の誕生日に私に花冠を送ったのがハチだったら全部上手くいっていたと思う。でも私はあの瞬間、笑顔で頭に載せてくれた兵助に恋した。だって単純だから。



三人が生まれた時、多分私は喜んだと思う。年下の幼馴染みの存在は私を良い意味で強くさせたし、何より後ろをついてくる彼らが可愛くてしかたなかった。だからどうしても隣に立てなかった。私はいつも三人より前にいなくちゃいけなかった。いつからか無条件で佳織ちゃんが兵助の隣に並ぶ度に泣きそうになった。それでも隣には並べなかった。並んだって誰も、文句は言わないのに。笑って手を繋いでくれるのに。





「これから受験も本格化してきて勉強も大変になると思うの。」
「うん。」
「きっと自分のことで精一杯になってあなたのこと傷つけると思うの。」
「うん。」
「でもこんなに優しい人を縛りつけるなんて出来ないもの。」
「うん。」
「別れましょう。」
「…、うん。」



今年何度目かの決まり文句を吐き出してやった。アイツらが大っ好きなド級の笑顔で。どいつもこいつも気概がない骨がない軟体動物か!グニャグニャしてガムとかグミみたいでつまんない!延ばして切れろ!ほんっとに一緒にいたのが無駄な時間だったって思う度に悔しくなる。付き合って下さいって言ってきたのはそっちだろうが。こんな理由で別れろって言われて引き下がるわけ。いやしつこいのはやだけど、もう付き合いたくはないんだから。



「タバコ吸いたい。」



結局アレか。私はアイツらに取って高校時代の勲章か何かか、告った付き合ったチューしたヤったって周囲に言えるようになりたいだけか。そりゃ見た目も中身も自慢の彼女サマだったろうけどな!わかっちゃいたけど胃の中がムカムカしてきたから、誰もいない屋上の給水塔の上に寝そべった。太陽でお腹ん中いっぱいだ。紫外線厳しいな、肌に悪いけどもうどうにでもなれ。それでも男と別れる度にすり減っていくような安売りした代償が抜けていくような怖さがある。太陽が痛い。



「センパイって悪食なんですね。」



風に舞い上がる髪の毛を押さえながら顔だけ向ければ、私を見上げる誰かとばっちりご対面する羽目になった。こらそのネクタイ、学年カラーは二年だから授業があるだろ。選択二次数学で私立文系志望の私は空き時間だけどな。早く帰れっていうか消えて。今この状態でいつもの「私」をやるのだけはイヤ。



「あんなにあっさり引かれたら、悲しくなりませんか。」



なんねーよばーか。もう大概慣れた。いつまでも機嫌伺うみたいにチラチラ様子見て、彼女に一々気を使って、告白してきた癖になんっでそんな引け腰なのか自信がないのか分からないわ!私が美人なのも頭良いのも人気者なのも知ってて近づいたんなら最後まで変わるなって言いたい。でもきっとアイツにとっての私は彼女じゃなくて、オキャクサンみたいなもんだったんだろうな。気の毒に。



「相手を尻込みさせるほど完璧だなんて、さすがはセンパイです。」



私だって間違ってる。絶対にこっちを向いてくれない相手を待つのがしんどくて、適当に付き合っちゃうんだから。流石の私も、真っ赤な顔で好きって言われたらほだされるっての。でももし、兵助が私のことを一番に見てくれるなら、後は、全部ぐしゃって握り捨てるよ。



「兵助なら音楽サボって彼女と部室ですよ。」



佳織ちゃんの手を引いて、部室棟に歩いてった兵助見たもん知ってるし。それにしても残念、見間違えじゃなかった。でも私が兵助を見間違えるはずがないから、最初からわかってたんだけど。あーあ、羨ましいなぁ兵助とヤれるんならなんだってするなぁ。今度佳織ちゃんのコスプレして夜這いかけたら騙されるかな、されないか。兵助なら一秒で見破っちゃうな。だってあの子ってば佳織ちゃん大好きだもん。あー本気で佳織ちゃん屋上から突き飛ばしたい、大好きなココアに農薬入れてやりたい、いっそのこと硫酸かけるとかピアノ線トリックとか。駄目だなぁそれでも兵助の頭の中からは絶対に消えてくれないもの。最初からいなければ、よかったのに。私が。



「美人は特ですね。何を考えていても絵になるから。」



いい加減教室帰れ。他人の不機嫌オーラ感じ取れ。でもなんでこいつ、兵助の話題振ってきたんだろ。友達?佳織ちゃんのことも知ってて私のことも、そういう意味で知ってるって?うーわウザい。他人様の恋愛事情なんてほっとけ。



「教えてあげましょうか。なんで知ってるのか。」



恩着せがましいやつはキライ。言うなら兵助とハチ以外の男はみんなキライ。馬鹿だから。いっつも自己完結させてばかりの馬鹿だから。ヒトのこと勝手に崇めて勝手に好きになって手に負えないと逃げるから。



「センパイ見てたら兵助ばっかり見えるから、わかったんです。」
「見てたいだけ、好きなだけ、欲しいだけ、文句ある?」
「可愛いなって思うだけ、ですよ?」



こいつ正気かなぁと不安に思ってマジマジと見つめれば、割合賢そうな目付きに、クラス委員の腕章までつけてた。げ、優等生って統計的に苦手なんだけど。



「尾浜です。覚えて下さいね、まずは名字から。」



いつの間にか寝そべっていた私を見下ろしている。こら、それムカつくからやめろ。と言うか明らかにポジションピンチだよね、マウントポジションじゃんね、この男に理性があってくれよ頼むよ!



「絶景ですねぇ。」
「いや退いて。」



ニコニコと目の前に迫る顔にくらくらする。やめてやめてそういうの慣れてないの、どいつもこいつも姫様女神様扱いだったから慣れてないんだって強引な感じは!



「志乃センパイって、かわいい。」



私に向かって、笑いかけないで。





「兵助兵助兵助兵助兵助!!…あんたの友達どうにかしてなんとかして止めて!!」
「友達って…どいつ?」
「優しそうな顔した可愛い雰囲気のクラス委員の尾浜!」
「仲良しじゃん。」
「いやいやいやいや!アイツ、アイツ、会えば口説いてくるしすぐチューしようとするし怖い怖い怖いよ!」
「志乃っていつも誰かと付き合ってたんだから普通だろ?」
「ハチのバァアアカ!私は今まで蝶よ花よって扱い受けて来たんだから、直球の尾浜が恐いんだよ察しろ!」
「でも志乃ちゃん楽しそうだよ…?」
「佳織ちゃん!楽しいわけあるか!未知との遭遇だよ!」



あれから猛攻をかけてきた尾浜某に、追い回されて幾星霜。いつも感じの良い、人好きのするあの空気に騙されてつい普通に話すようになったものの。今までのタイプと違いすぎて行動の予測がたたない、だから怖い。



それに私が好きなのは今だって兵助だもの。ずっとずっとそれは変わらなくて、それだけが変わらなくて大切なんだもの。だからそれを壊さないでこっちこないで、連れ出さないで閉じ込めてて。もういいから。



それなのにこの男は、なんで?





「センパイ、」
「言っちゃだめ!絶対にだめ、言ったらぶん殴る。」
「好きだよ。」



言われたい相手からは到底望めないセリフ。それなのに今、私、どう揺れた?



揺れた?



「な、んでそうなの。」
「なんでってなんでですか?」



初めて会ったタイプの相手、私はこの男がきっと怖い。



「…欲しいだけ、好きなだけ、見てたいだけ、です。何か問題ありますか?」
「やなの、このままでいたいの、こっちこないで!」



兵助に振り向かれようなんてもう思わない。そういう一途な自分を可愛がってたいだけ。きっとそれにも気づかれてるから。怖いんだ。純粋な好きなんてなくした私には怖いんだ。



「無理だよ。」
「え。」
「好き。」
「だから、」
「諦めた方が早いよ。」
「なんでいっっつもそう強引なの!?」
「そうさせるあんたが悪いんだろ。」



そう言って、頭からすっぽり抱きしめられたら、どうすればいいのかわからない。



「どうしていいかわからないなら、そのままでいてよ。」
「こんな宙ぶらりんいや。」
「そのままでいたら、きっと俺を好きになる。」



わからないけど、何をどうすれば正しく向かうのか予測もつかないけど。自信満々な男は嫌いじゃないな、私。





「兵助、おばさんからお弁当預かってきた。」
「あー、ありがとう志乃。ごめんなわざわざ来てもらって。」
「いいよ、そんなの。」


一つ下の可愛い大好きな幼馴染み。彼を私はほんとに好きだ。



「センパイ、弁当はついでで俺に会いにきたんだよね?」



兵助の横でふんわり笑いながら、私の手首をギュッと握る一つ下の可愛くない後輩。



「そうかもね。」



だけどきっと、彼のことを、私は大好きになると思う。そう思ってる時点で、きっと。



目を丸くした尾浜が、それでも口パクで好きって言うから、兵助の前で赤くなっちゃった。


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