カラーパープル

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「何してるの?」
「部活の休憩。」
「なんで美術室に来るの?」
「…さぁ。」
「何がしたいの?」
「さぁ。」



目の前に居るのは、どうしてか一番会いたくも見たくもない相手。おかしい。俺は休憩中に猫を追いかけてグラウンド側に走って行っただけだ。



「何描いてんの。」
「まだわからない。」
「わからないで描くんだ。」
「出来上がらないとわからいことも多いから。」
「ふーん。」
「それにしても、いくら方向音痴だからって、何も嫌いな相手のいるところに来なくてもいいんじゃない。」
「あれ、なんで知ってんの。」
「次屋くんが無自覚の方向音痴ってことは本人以外は知ってるのよ。」
「それじゃなくて、俺があんたのこと大っ嫌いだってこと。」
「鏡の法則って知ってる?」
「知らない。」
「君は私が嫌い、私は君が嫌い。」
「上手く出来てるな。悲劇的じゃないところがいい。」
「なにそれ。」
「お互いに嫌ってれば楽じゃん。どっちかがそうじゃなかったら気の毒だけど。」
「そういうこと。」



目の前にあるキャンバスを片づけて、結城は筆やパレットを片づけ始めた。当然予想できたことだけど、どうやら集中力を削いでしまったらしい。あからさまに邪魔、帰れ、という視線を寄こすのに一言もそういう発言をしないところがますますムカつく。



「帰るんだ?」
「美術室閉めるから出てって。」



鍵をチャリチャリとぶらつかせながらあちこち掃除し始める姿は、本当に俺に対してなんの興味も関心も抱いていないらしい。ま、俺もそうなんだけど。正直あいつらが、左門がこいつに執着することの意味がわからない。藤内はあんなに男気溢れた異性はいないとか絶賛してたけど、どこがだ。言いたいことは何も言わずに外堀から埋めてくるなんて性格の悪さが滲み出てるとしかいいようがない。



「これ何?」
「石膏。落としたら弁償させるから。」



数馬が毎週時間を割いてまで話を聞くだけの価値なんてあるように見えない。見た目も中身もとことん可愛くないし、たまに口を突いて出る言葉は所々か、全体が棘に覆われてたまったもんじゃない。どうせ数馬の優しさにつけこんでベタベタ甘えてるに違いない。少しくらい傍若無人に振る舞っても許されるとか思ってるなら、サーブの的にしてやる。むしろ思ってなくてもスパイクぶつけてやりたい。



でも、本当に悔しいのはあいつらの言うことが理解できない自分自身だ。



「あのさ。」
「何?ちょっと、今手が離せないんだけど、」
「相互理解のために少し話さない?」
「…は?」





「はい、どーぞ。」
「どーも。」



はっきりいえば、努力して相手を知ろうとしてもそれは無意味だと思ってる。そういう問題って取り組む、とか学ぼうとする、とか二次的な作用とは別問題だろうから。なんとなくわかったとか一緒にいて感じたとかそういう曖昧な理由が大半だ。だけど、こいつに関しては血の滲む様な努力をしない限りは一生わかり合えない。親友でもある左門の好きな相手に対してこれじゃあまずい、何の協力もできない、むしろ妨害工作ばかりしてしまいそうだった。最近もやもやしてしょうがなかったのは、あいつらからそういう所で置いてけぼりを食らっている気がしたから。一人だけ危機感を感じてしまったから。



渋る結城にとにかく頼み込んで、俺の部活が終わるのを待って貰って、連れてきたのは学校近くの公園。取りあえず自販で飲み物を買って渡した。



「ほんとに神崎が好きだね。」
「うん。」
「どういうとこが好き?」
「ヤンマガのグラビア正視できないぐらい純粋なとこ。」
「…君が見習えば。」
「で、そんな左門に冷たいお前は男子どもの敵。」
「あのさ、これじゃいつもと同じだよ。」
「や、つい癖で。」
「諦めようか。」



困りも笑いもしない感情の薄い隣の女は、俺の周りにはいないタイプで扱いがよくわからない。ただ手を振るだけでキャーキャー言うような女もめんどくさいけど、何を考えてるのかさっぱりわからない、ただ好意は持たれていないのだけがわかっている状況は美味しくなかった。



「結城はどんな男が好き?」
「考えたことない。」
「じゃあ誰でもいいんだ。」
「そうかもしれないね。」
「じゃ、今俺とキスしてみる?」
「嫌いな相手にする提案じゃないよね。」
「べつにセックスしようとか言ってるわけじゃないし。」
「はぁ、セックス。」
「なに、そっちのほういい?」
「遠慮しておく。」
「それこっちの台詞。」



内容の薄い、温度の低い、悲しいほど盛り上がりに欠ける状態はなんなんだろうか。自分から提案しておきながら頭どころか胃まで痛くなりそうだ。どうせ親の帰りは遅いんだし、早く帰って大画面で先輩から借りてきたAVでも見てれば良かった。何この今さら過ぎる予想できた後悔。



「私たちの共通点は、きっと神崎が一番大きいよね。」
「あ?そうだな、きっと。」
「じゃあ神崎について話そう。」
「わかった。」



萎えていたところに向こうからの提案はありがたい。俺は素直に結城の言葉に乗っかることにした。それに左門の事ならなんだってどこまでも話せる自信がある。こいつに“お前が毎日飽きもせずに斬り捨ててる左門が、いかに素晴らしい奴か”を熱弁してやろうか。



「出会いは?」
「入学式。」
「あのさ、もう少し会話に膨らみを持たせないと続かないよ。」
「…入学式の時にお互いに遅刻した。」
「へぇ。」
「そっちも、興味持って貰わないと伸ばしようがない。」
「遅刻して仲良くなったわけじゃないでしょ?」
「二人してグラウンドのでっかい桜の木の前に立ってた。」
「出会った当初に先天的迷子として意気投合、なるほど。」
「左門は遅刻だってわかってるのに全く焦らないから、ほんとに大物だと思ったなー。」
「それは単に馬鹿なだけでしょ。」
「左門の事馬鹿にすんな。」
「真実を述べてみただけなんですが、すみません。」
「あいつは、単純で感情表現豊かで素直だからすぐ顔に出るし、態度に出すけど、そこが俺たちにとってはでっかいっていうか、あいつが笑ってればなんとかなるって思えるんだよ。」



にかっと笑うてらいのない笑い方。どうにかなるって心配すんな、悩んでたって解決されないだろー?いつも通りの左門の言葉。飾りもないし説得力だって欠けるし、何かが劇的に変わる様なことはないけれど、俺たちが一人で躓いている時はいつだって側で励まし続けてくれる。だから、そんな左門の良さをこいつにもわかって欲しくて、理解しろなんて言わないからもっと見て貰いたくて。



正面から見てもいない癖して、誰かを批判する権利なんて誰にもないと思うから。



「それくらいは、わかるよ。」
「は?」
「神崎が笑ってくれれば大丈夫なんじゃないかって、確信もないのに思う気持ち。わかるよ。」
「そうなんだ?わかる?」
「それくらい、私だって見てる。」
「じゃあ何がダメ?足りない?」



ぼーっと霞んだ月を見つめている横顔は、綺麗だと思う。俺は人が真剣な表情に変わるところを見るのが好きだけど、こいつのこの角度はいいと思う。



「きっと私がダメで人として何かに足りてないんだと思うよ。」
「例えば?」
「自分の事で精一杯で周りなんて見れてないし。」
「これから眺めてみたらいいだろ。」
「誰かと絵のどっちを取るかって聞かれたら、私は間違いなく絵を選ぶ。」



そんな人間が誰かの隣に並ぼうとか、思うのは失礼だと思う、そう告げた結城は立ちあがって揺れることのないブランコにそっと腰かけた。



「左門は、例え結城がそういう選択してもにかって笑って応援すると思うけど。」
「神崎がよくても私が申し訳なくなる。」
「だから、左門は好きな奴が打ち込んでいるものを応援できないほど小さくないってば。」



結城に入ったままの缶を渡してから、隣のブランコに立ち乗りしてギーコギーコと鳴らしながら前後に思い切り揺らす。きっと、結城の心の中はこんな感じだ。振り子が切れそうなほどいつもいつも盛大に行ったり来たりして、悩み続けている。それはきっと真面目でまともでいいやつだから。他人の心を傷つけないように考えすぎてしまっているから。だけど、左門は大抵の事じゃへこたれないって、この情報は知らないんだろう。



「お前、案外脳味噌が結論を出すの、遅いな。」
「今さら気付いたの?」
「よっと、っと。ほら、こんな感じ。」
「どんな感じよ。」
「ここまで来たら、振りきれるところまで揺れてみて、最後に目をつむって飛んじゃえば良い。」
「それは、つまり死ねと?」



ブランコから勢いよく飛びおりて、結城の目の前に立って見る。座ってるこいつは華奢でちっちゃくて、さっきまでの居丈高な態度はどこに行った?って聞き返したいぐらいだ。



「きっとさ、左門が受け止めてくれる。」
「一緒に倒れちゃうよ。」
「そしたら先に立ちあがってお前の事、助け起こしてくれる。」
「そこまで迷惑かけられないよ。」
「あー!!もうだから、何度も言うけどお前が左門の事をそうやって見くびってることが一番俺は許せないし、左門だって納得いかないんだよ!!あいつは、お前が思ってるよりもずっとずっと男なんだよ!!」
「…今の台詞は、普段クールな次屋くんから出たとは思えない…」
「今日限定だ。もう二度と言わない。」
「貴重な体験ありがとう。ね、話してたら喉乾いたんだけど私のホットだから、ちょっと飲んでも良い?」
「あ、別にいいけど。」



そして三秒後、結城は盛大にむせり始めた。今までの真面目路線がとことんぶち壊しだ。なにこのシリアスからコメディへのベタな転換方法!!



「だ、だいじょう、ぶか…?」
「う、うん、いやくるし、ごほっごほほ!!」
「え、もしかして結城って、」
「炭酸飲めないの!!何これ!!」
「ファンタグレープ。俺大好き、毎日飲んでる。」
「骨溶けろ!!」



あ、作兵衛が言ってた以外に口悪いっていうのに今初めて納得した。飲み物が何か確かめずに飲んだあたりは、孫兵が教えてくれた通り大胆、っていうのにも当てはまるかも。



「左門のことわかってくれた?」
「あーはいはい。喉痛い…」
「けっこう相互理解に励めたんじゃ?」
「どうでもいい。」
「結城って案外面白いな。」



そして俺は、結城が言うところの合成着色料満載に紫色に色付けした、ファンタを一気飲みして空き缶をゴミ箱まで放り投げた。



「ないっしゅー。」
「次屋くんはバレー部でしょ。」
「自分ができないからって全く…」



そういった途端、綺麗な放物線を描いて結城の空き缶もゴミ箱に落ちた。



「女の子舐めてると痛い目に合うよ?」
「それは藤内だけで十分です。」
「お、わかってるね。」



そういうと結城は電車の時間が来るから、と帰って行った。暗闇が月の光に照らされて、淡く紫色に変化して見える。この時間がまるでなかったことのように消えてしまうのは勿体ないから、早速明日からは話しかけてやろうと思う。左門、俺、やったよ。後はお前とあいつ次第だ。がーんばれ。


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