ひまわり

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空の青との対比に目が眩しく、俺は黄色い花だけが辺り一面満開に咲く丘の上で目を細く開くことしかできない。だけど花が途絶える境界線上にはいつも誰かがいる、その誰かの姿を今日こそは焼きつけたくて瞼を開こうとするのに、まるで弛緩して言うことを聞いてくれない。



きっと彼方にいるのは俺が探し求めている人に違いないのに。



「と言うわけなんだけどどう思う?」
「私が夢判断に強いとでも思ってる?」
「いや全く。志乃がそういう“女の子”らしい小技に強いとは、小指の爪ほども思ってない。」
「私も浦風がそこまでロマンチストだとは思ってなかった。どっちかっていうとスーパードライであっちこっちぽい系かと。」
「芸術家だからって形容詞と抽象名詞と擬音語だけで生きていけると思うなよ。」
「誰が芸術家だって?」
「俺はお前の絵を見るたびにそう思うけど。むしろなんで中学の時は隠してたわけ?」
「あのさ、私くらいの腕の奴なんてゴロゴロしてるから、褒めたつもりでも二度と言わないでね。後者はノーコメント。」
「そういうこというわけか、よし推測で物を言ってやる。」
「おいこらやめないか浦風。」



通学途中の電車でほぼ毎朝一緒になる志乃は、中学の同級生だ。正直気楽に話しかけられる女の子はこいつくらい。後は全部、オーバーかもしれないけどウサギの毛皮を被った狼に見えてしょうがない。女の子は可愛いけど、中身までそうとは限らないって中学までで悟った。



「あれだろ、きっと“部活でも大活躍で、進学校の推薦枠まで貰っちゃって、その上絵まで上手いなんてバレたら同性から半殺し〜”とか思ってたんだろ。」
「…浦風って女の子に全く夢見なくなったよね。よく生態を理解してると言いたいけど、それは間違ってるから。」
「あれ?そっか。」



自分で言うのも嫌味だってわかってるけど、過度な謙遜は輪をかけて厭味だから先に断っておく。俺はモテる。それはもう鬱陶しいくらいに胸やけが起きるくらいに同性から憐れまれるくらいに。



「あの頃は、走ることが本当に楽しかったから、それ以外には意欲があまりわかなかっただけ。絵を描くのは落ち着くし好きだったけど、今ほどではなかったよ。」
「ま、そうだろうなぁ。」



始業式で終業式で毎回表彰されていた志乃。目立つ存在としてやっかみを食らうどころか、誰よりも本数をこなす姿勢に先輩も部活の顧問も、もちろん後輩も圧倒されていた。何より他の事には意欲がわかなかった、と言うもののどれも手を抜くことはなかったから、ハードな部活と勉強を両立させているこいつを誰もが応援していた。さっきはああいったけど、同性票が高かったのは確かだ。



「つまり、浦風と違って私は女の子とフツーに仲良しだったわけ。」
「俺だって仲良しだよ?」
「あんたの仲良しとは意味が違うでしょうが。」
「でも向こうが仲良くしようと頑張ってくれるんだからしょうがないだろ。俺、健気な女の子は嫌いじゃないし。」



そう、嫌いじゃないけど好きにもならない。健気なふりして善意の押し売りをしてくる子の多さには、ほんとに辟易。部活お疲れ様〜はいタオル使って〜?冷たい飲み物用意しておいたよ〜、えへ、トーナイくんのこと待ってたんだぁ。…だから一緒に帰ってくれるよね、もちろん家まで送ってくれるよね…?…頼むからそういう直球の我儘はもっと頭を使ったオブラートを利用して隠してほしい。そんなんじゃ視界すっきり晴々クリアー、丸見えなんです。



「それよりも、相も変わらず左門に言い寄られてるんだって?」
「誰に聞いたの。」
「アユミちゃん。」
「何組の。」
「一組。…あれ?二組だっけ同じクラスのアユミちゃんだっけ。」
「あんたいつか刺されるよ。ほんっとにどうでもいいけど、対して好きでもないのに女の子一般に優しくするの止めなよ。」
「やーきもちー?」
「ふざけんな。」
「女の子がそんな言葉づかいいけません。」
「女の子の生態にお詳しい浦風さまがそんなことおっしゃるなんて。」



去年のいつごろだろうか。季節は冬、いつからか志乃は左門から毎日毎日熱烈なラブコールを受けるようになっていた。最早学年、いや学校名物。一度なんて廊下の端からあの左門の大口が「すきだぁああ!!」と叫び始めたものだからこれまた廊下の端にいた志乃が、血相変えて口を塞ぎに走っていた。当然だけど行動はめちゃくちゃ早かった。



左門とは一年の時の文化祭で一緒に実行委員をやって以来親しくなって、今でも良くつるむ。広がるおともだちのわ〜ってわけじゃないけど、俺の知り合い僕の知り合いこいつおもしれー!!次はあいつ連れてくっから、と紹介しあっていくうちによく集まるメンバーが出来て騒ぐようになった。正直女の子と二人でデートだとかするよりも男だらけでくだらないことばっかりしていたい、これが本音。



その左門がこの志乃に首ったけ。いやー、何が起こるか本気でわからないと思った最たるものかもしれない。でも“異性の目”で見る志乃はきっと悪くない。美人でも可愛くもないけど、胸まであるサラサラの髪はよく似合ってるし、少し釣り上がったアーモンド形の目がスラッとした体型に合っていて全体的に涼しい感じがする。ベタベタしてない雰囲気は俺にとって理想の友人像でもあるし。



「なに?」
「や、いい加減左門にオチないのかなって。」
「あるわけないでしょ。」
「なんで?神崎左門はいいやつだぞー?俺が太鼓判を押すほどの優良物件。背はこれからもにょきにょき伸びるだろうし、サッカーにお熱だからあれでガタイもいいし、割と頼りになるし何より素直で明るい!!お前と正反対で補完しあえるぞ。今なら左門ナビとして富松も付いてくる、どうだ!!」
「え、通販?」
「今、友達のためにけっこう真剣だった。」
「あ、ごめんねー。」
「クソ棒読みなんですけど。」



左門は、ほんとに良い奴だと思う。そもそもこの超難関、エベレストよりも東大法学部の偏差値よりも心の標高が高いであろう志乃に狙いを絞っただけで素晴らしい。以前は走ることだけ、今は描くことだけ、それにしか興味がないって言うある意味枯れた女の子なのに。俺なんて出会って数分言葉を交わして一瞬で大気圏外に設定した。(「初めまして浦風藤内です」「え、どっちも名字…?」)



「でも、本当になんでダメなんだ?」



滅多に出さない真剣な声を出したら、あっちも察したのか考え込み始めた。こういうすぐに気付くところもいいところなんだけどな。ほんと女の子にしておくのは勿体ない。



「気後れ?」
「もしかして自分でもよくわからないから疑問形?」
「多分?」
「…ま、あんなに一途に一直線に好きだって毎日言われ続けたら重いか。」
「それもないわけじゃないけど、あいつが良い奴って言うのもわかるんだけど、なんていうか、」



こいつが歯切れを悪くするのは正直珍しい。いつもスパスパとそれでも他人の事は一応考えて発言していくタイプなのに。今、俺たちが乗っている電車のように揺れるようなことは滅多にないのに。窓の外をぼーっと見ている姿は、どこか頼りない。あ、そうか不安げに見えるのもわかった、こいつにとっては未知の領域なんだろう。



「陸上と絵でキャパシティ埋まってるから、恋愛領域ゼロなんだろ。」
「…」
「その態度は最大の肯定だな。」
「悪い?浦風みたいに飽きてもデート暇ならデート、誘われれば着いて行くような人間じゃないんだから。」
「いやいやいや、俺そこまで遊び人じゃないし。」
「じゃあ何?一年の時、私の友達何人泣かせたと思ってるわけ?」
「あれはどっちかっていうと、“俺争奪杯”で彼女たちが死線を潜り抜いた結果と言うか…」
「もういい。いい加減一人に落ち着いといて。」
「だーから、“夢の中の君”に出会えたら他の女の子たちのメモリーは全部池ポチャにする気概があるんだって。」
「ナルシストで精神的サディストの上に真性のロマンチストってなにがしたいの。」
「運命の相手探しに奔走してる。」



はぁああ、一際大きな溜息が隣から漏れた気がするけどそこは無視。取りあえず学校に着いたら左門の毎朝の恒例行事は邪魔したくないから、俺は今日も毎度の如く弓道場に逸れるけど、HRの前に情報提供してやろうじゃないか。難攻不落のお姫様は、もしかしたら徐々に傾いていくかもしれないから諦めるなって。きっと今も綻びは見え始めているんだろうから。



「ね、黄色が幸福や解放への希求、を意味してるって知ってる?」



唐突に小難しい台詞をさらっというものだから、一瞬レスポンスに間が空いてしまった。



「…え?や、知らない。俺絵関係とかほんとに弱いから。」
「ゴッホの絵に黄色が多いのは、必然なのかもしれない。」
「だから俺芸術に無関心。」
「…“ひまわり”くらい覚えておいたら?」
「“ひまわり”?」
「教科書にも載ってる。」
「二年て芸術分野の授業、選択でもしない限りないじゃん。」
「さっきの浦風の話聞いて、黄色い花ってひまわりのことだと思ったから連想していったのに。」


また真面目に取り合った私のあほ、と言いながら電車を降りて改札に向かう志乃は、今日も絵の具がたくさん入っているだろう専用のバックを忘れずに携えている。なんだかんだで良い奴だよなぁ。



「悪かったって、機嫌直せ!!」
「お昼にゼリー買って一組までダッシュする?」
「手を打とう。」



俺が志乃に弱いのは、女性不信に陥りそうになったところを、あっちはそうとは知らないだろうけど、助けてもらったからだ。今みたいに割りきれていなかった俺は、中学の時どの相手にも平等に丁寧に優しく接していた。そうしたらその中の一人に勝手に彼氏に認定され、慌てて誤解を解きに行った時には、逆に遊んですぐ捨てた悪人のレッテルを貼られた。今までの自分の血のにじむような(それこそどうでもよすぎる相手にも同じ態度を貫いていたんだから、ほんとにストレスフルな中学社会だった。) 努力が全て諸刃の剣として返ってきた気がした。



『博愛主義なんて無理なくせして頑張るからダメなんだよ。』
『でも、好意を持ってくれる相手を邪険に出来るかよ。』
『それが期待を持たせるってことなんだって。浦風も半分は悪いんだよ。』
『まさか、遊び人なんてイメージが出回るとは思わなかった。』
『噂なんて通り過ぎるし、もう卒業を待つばかりなんだし、短絡思考の彼女とはここでおさらばなんだし、気にしちゃ負けだと思えば?』
『くそ、もう女に夢なんて見るか。』
『10代の半ばでそれを悟れただけいい経験したんじゃないの。もうこれで、男女問題には巻き込まれなくなるかもね。』
『高校に入ったらほんとに遊んでやる。』
『それもいいかもね。でも、どうでもいい全体、よりも一人でもいいから大事にできるような相手を探せば。』



放課後の教室、机に頭をのせて抱え込むようにしていた俺に、淡々と暖かくはない言葉を投げつけてきた、まるで男友達のような志乃に多分だけど救われた。だから今度は、





「うっらかぜくーん!!おはよーう!!」
「おはよう、ミカちゃん。」



志乃と別れた後に次から次に馬鹿みたいに絡んでくる女の子たち。なんで朝っぱらから彼氏でもない男に腕を絡められるんだろう。無駄に出てる胸が邪魔なんだよ。俺の好みはCカップなんだってば。



「宿題やってきたー?」
「一応。」
「さすが浦風くん!!後で答え合わせしてもいーい?」
「もちろん。」
「ほんとに、他の男と違って無駄なことは言わないし優しいし、なによりかっこいいし、浦風くんが彼氏になってくれたらいいなぁ〜。」



心を開かない限り無駄にしゃべることはないから寡黙とか誤解してくれるし、どうでもいい奴には怒るよりも何百倍も楽だから適当に優しくしてるだけだし、かっこいいなら孫兵が上だけど俺には本音と建前を使い分けられるぐらいの社交性があるだけだし、誰がお前の彼氏になんかなるかって言わないから側にいるだけだろうし。



割り切ってるから胃痙攣なんて起こさないけど、それにしても疲れる。



俺も左門みたいに運命の相手を早く見つけて、こんな状態から抜け出したい。それこそこの腕を適当に振りきって左門にレクチャーしてもらおう。



あーそれにしても、“ひまわりの君”はいつになったら現れてくれるんだろうか。


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