もしどこか違う場所に連れ出すことが出来るなら、それを望まれていなくても強引に押し進めるだけの気力が自分にあるのなら、今すぐにでも彼女の手を引っ張って、放り出してやりたかった。
その時に、少しでも不安そうな顔をしてくれるなら、一人じゃ嫌だと頼ってくれるなら。どんな場所でも隣にいようと思えるのかもしれないのに。
でも俺は、それを、拒んでしまったから。
綺麗な雨が降り続く空の中で、幾分楽しそうに歩けていただろうに、誰かに中断された。静かな天気とは正反対の、頭にうるさく響く声だった。
「はちくんと別れてもらえないですか。」
こんな馬鹿な展開に自分が引きずり出されたことに戸惑った。二人でしか共有できない空間を、なんで第三者に闖入されなきゃいけないんだろう。そんなこと出来ないってなんでこっちが教え諭す前にわかってくれないんだろう。この子も、あの子も。
「先輩には他にも相手がいるんですから、はちくんはいいでしょう?」
なにがどういいのかはわからないけれど、とりあえず彼女の中の公式はひどく自分勝手な解釈によって成り立っているらしいので、お話にもなりません。と私の中で決着させた。この子馬鹿だ。馬鹿な子は頑張って可愛いぐらいに思えても、絶対好きにはならない。一緒にいたら疲れるじゃないか。
雨なのに、機械的に整えられた内巻きの髪。似合ってないのに自信を持って着てきたらしいオフホワイトのすとんとしたワンピース、折れちゃえば私が一気に楽になれるような華奢なヒール。そうか、竹谷くんを十年も好きでい続ける女の子はこういう子なのか。
「どう考えても、はちくん可哀想です。」
いい加減頭が痛くなってきた。竹谷くんの許せないところは、こういう子を今も野放しにしているところだ。こっぴどく振ってしまえばいいのに、幼馴染だからの一言で近寄る事を厭わない単純さ。優しいと言えばそうなんだろうけど、そういう鈍い優しさが一番痛いところをつくのに。なぜそれにこの子が気づかないで私ばかり気づくんだろう。
「靴、汚れちゃうよ。」
それだけ告げて立ち去りたかった。まだ何か言いたいなら、そのヒールで追いかけてきたらいい。履きなれてもいないくせに、足を痛めたこともないくせに。相手に感情があるという当然のことにも気づけないくせに。いつまでも甘ったるくはちくんと、呼び続けることしかできないくせに。そんなことにしか頼れない相手に、なんで足止め食らわされてるんだろう。
「夏帆?」
そこまでしても選ばれるのは自分じゃないなんて、ほんとに可哀想。でも私は、名前を呼ばれるだけで満足するような可愛らしい頭をもっていないけど。だから意味がないんだけど。そんな風に泣きそうな顔をされても困るんだけど。
「○○?」
竹谷くんも、とどめをささないであげればいいのに。ほら泣いちゃった。名前を呼んでもらえないから泣くなんてあなたおいくつ。もうここまできたら、盛大にぼろぼろぼろぼろ泣けばいいじゃないか。でも、こんなことされてもなんともならないんだよ私。
自分のせいで誰かが泣いたって、それがどうしたで流せる。そういうやつだってどうして諦めてくれないんだろう。
能面のような彼女を見送って、泣きはらした幼馴染をなだめて、自分の立ち位置のおかしさに笑った。
何にもぶれない姿が潔くて憧れるけど、別にそんな姿をいつまでも見ていたいわけじゃない。だからって傷つけたいという加虐趣味もない。
でもここにいても何も変わらない。平行線が続いて行くのを見るだけだ。思うだけではどこにもいけないとわかっているのに、冷え切った彼女を連れて一歩、と進めないのはこのままでいいとどこかで思っているからだろうか。
違う。優しい人間を、こんなにも冷たく変えてしまった俺が問題なのかもしれない。でも、彼女以上に感情を無くした俺には何が正解でそうじゃないのかの判断が、つかない。
願うしかない。俺じゃない誰か、彼女のために別世界とやらを拵えてくれないだろうか。脆くても、この際いいから。