「久々知兵助と彼女について」報告:不破雷蔵
告げ口みたいで言うのが憚れるけど、今回は報告者の自由裁量がかなり幅をきかせてるみたいだから、声を大にして言わせてもらうね。
今、図書室で机を挟んで向かい合わせに座っている二人。お互いに関心が全くないみたいに本しか見てない二人。だけど、放課後に用がないときはいつも見る光景の、二人。正直、僕はこの二人を見る度に疑問に思う。と言うよりは、彼女にものすごく聞きたい。
疑問:どうして久々知兵助と付き合っているのか。
友人である久々知兵助は、その見た目と頭をフル回転に作動して、奔放な行動ばかり取ってきた。なんか違うな…直接的に言うと遊びまくってたんだよね。もう酷いよ悲惨。闇討ちに合うか盛られるか、いっそのこと腹上死が末路かって仲間内では評判だったから。
下級生の時は、女の子みたいな可愛らしい見た目をいかんなく発揮して、年上食いって言うかよく膝枕してもらってたし、お菓子やら舶来品だとか貢がせてた。貢がせると言うか、無表情な兵助がお礼を言うときだけ可愛らしく笑うから先輩たちはそれが癖になってるみたいだった。小悪魔と言う冠は、兵助のためにあるようなものだったなぁ。
甘いものも高価なものにも興味がない兵助は、食べ物は全部僕たちに、貰い物は押し入れにしまいこんで時間が経ってから処分してた。酷いと思う?でも本人も気にする位に感情の薄い性格だから、どうしようもなかったのかもしれない。
そしてあの顔のまま上手く成長して、豆腐のことしか考えてなくても「物憂げなところが素敵…!」とか言わせるようになったわけ。長所を重点的に伸ばした頭の良さはさすがだよね。
だけど学年が上がるにつれて、被害者も増えていく。被害者よりは、挑戦者と名付けた方が正確かな。誰にも執着しない、のめりこまない久々知兵助を振り向かせるのは私…!なんてゲームが流行ってたかどうかは知らないけど。来る者拒まず、去るもの追わず、流されていく兵助は僕が見ていても危うかった。
くのたまで一番美人だと言われていた先輩は、兵助に捨てられて失意の中、お見合い結婚後退学。実習中に出会った、ここからは遠い町に住む置屋の彼女は、きっと今でも「迎えにくる」と言った兵助の言葉を信じてる。久々知先輩、と慕っていた同郷の後輩は本性を知って、百年の恋も冷めると青ざめてたし。
罪作りどころかある意味恥知らずの常識はずれな秀才。最初はやっかんでいた同性諸君も余りの凄惨さに「大なく小なく並みがいい」と意味の外れたことばかり言っては顔を反らしていった。
何が言いたいかって、一所に留まれないこの男が、ここ最近は馬鹿みたいに大人しく一人の側にいるわけで。不思議でしょうがないのはわかってくれるよね?しかもそれが、くのたまの中でも抜きん出て大人びた結城さんだから疑問が紛糾。
食べてはポイ系の兵助を、結城さんみたいな常識人は嫌悪してると思ってた。他のくのたまが兵助を見る目と違って、彼女のそれはいつも冷たかったから。冷静と言う意味で。
僕は結城さんと個人的に親しい。読書好きの彼女は図書室の常連だし、それが高じてくのたまと合同の授業ではペアを組むようになった。何より、一つ上の僕の彼女が結城さんを可愛がっているから。同性に厳しい彼女が猫可愛がりしている。それだけでお近づきになる価値が彼女にはある。
「不破くん?」
「え、あー!貸し出し?」
「お願い。」
「兵助は?」
「委員会の緊急招集。後輩が呼びに来たわ。」
「そっか。はい、期限は来週までです。」
「ありがとう。」
彼女と兵助はお似合いだ。人形みたいに感情とかが薄そうなところも、滅多に笑わないところも、低体温な雰囲気も。
「後学のために質問してもいいかな。」
「どうぞ?」
「兵助でよかったの?」
「あら。けっこうな言いぐさ。」
「巷で有名な遊び人だよ?」
「巷で有名な困ったさんよね。」
そう言ってにやっと笑う姿は猫みたいだ。
「一緒にいたくているわけじゃないわ。」
「そうなの?」
「好きだからしょうがないのよね。」
「…結城さんが兵助を好きなの?」
「兵助も私を好きなの。そこお忘れなく。」
「二人も巷に溢れた、頭に花をさかした男女ってこと?」
「あははなにそれ!」
「どうして好きなの?どこが好きなの?」
「不破くんにしては粘るわね…今までの解答で満足してくれたかと思った。」
「いやー、報告書を書かなきゃいけないらしくて。頼むよ。」
「報告書?」
そう言えば、結城さんは猫みたいに綺麗に釣り上がった目をぱちくりさせると、思い出したように笑った。
「“あの”久々知兵助が、無表情のまま顔だけ赤くして私が頷くまで毎日毎日“君が好き”だなんて言うから。」
「は、」
「ほだされちゃったんじゃないの?ほら私、ギャップに弱いから。」
「ギャ…!」
「あの久々知兵助が一人の人間に拘るなんて面白いじゃない?それが自分なんてなおさら。」
「…結城さんて見た目通りエスだよね。」
「やだ。兵助が行動に反してエムなだけ。自然の摂理。」
「なんとなく関係がわかった気がする。」
「そう?でも、私だって兵助のこと好きよ?」
「ああそう。」
「入学した頃から、どうしたらモノに出来るか考え抜いたもの。」
にっこりと嫌味な位に笑って図書室を去っていった結城さん。僕の彼女の我が侭がいかに可愛らしいかがわかった気がする。比じゃない。
結論:兵助は周到な用意と長年の策略の基、計画的にオとされたのである。
「ねぇ兵助は結城さんといて幸せ?」
「うん。」
「豆腐と結城さんどっちが好き?」
「志乃。」
「今、僕は猛烈に感動してるよ!即答で言い切ったよね!今まではコンマで豆腐って断言してたのに!兵助もようやく感情と言うものを…」
「でも、志乃に豆腐塗って食べるのが一番かな。」
「黙れ。」
てこでも非常識な秀才と、見た目に反して道徳に欠けた美人の二人なんてもうどうでもいいです。
あぁ早く、僕の可愛い彼女に癒されたい。[ 3/7 ][*prev] [next#]