「鉢屋三郎と彼女について」報告:久々知兵助
三郎の彼女は、少し困難な位に一般人を極めている。
疑問:変人鉢屋三郎の彼女があまりに普通過ぎる点に関して。
成績は狙ったように中の中、顔立ちも可もなく不可もなくいつも穏やかに微笑んでいて、身長は常に平均値を叩きだす。趣味はお茶とお花に読書、と女性にとっては典型的な解答まで付随させる。狙ったような、それが自然なまごうことなき一般人。平均値コレクター。
平々凡々な見た目と中身を持て余すことなく有していて、誰からも好かれるくのたま五年生。それが“あの”鉢屋三郎が大好きで、毎日会わないと八つ当たりと言うとばっちりが俺たちに向かうことになる、ある意味最強な彼女だ。
「久々知くん、お豆腐あげるね。」
彼氏の友人にまで気を使える、そんな鑑のような行動を当たり前にこなす姿も、普通さを醸し出している気がする。多分根がいいひとなだけだろうけど。
「兵助…」
「やだよ。結城さんは俺にくれたんだ。」
「志乃の豆腐、つまりそれは志乃そのもの!生き写し!いいか、志乃の豆乳成分と志乃のにがり凝固剤が混ぜ合わされて豆腐になるんだ!つまりは正真正銘志乃豆腐、お前はそれを俺の前でむしゃもしゃ食うのか?!アァ?!食うのか?!」
「鉢屋くん、だし巻き卵一切れあげるね。はい。」
「兵助、何も考えず味合わず、胃の中に納めとけ。」
鉢屋マスター、なんて彼女を呼んだら三郎が悦ぶだけだから俺はいつも心の中で合掌する。ありがとう結城さん、変態を御してくれて。
そもそも結城さんとは滅多に食堂で一緒にならない。聞けば「私には私の、鉢屋くんには鉢屋くんの友人関係を大切にした方がいい。」と模範的な答えが返ってきたので納得するしかなかった。
ただそれは彼女の考えであって、三郎は四六時中彼女の隣に寄り添っていたいと思っているに違いない。あいつは空を眺めては「雲が志乃に見える」とのたまい、池を見詰めては「蓮の花は志乃の頬のようだ」と呟き、夜になると「月の光は志乃みたいに優しい」と囁く。実習中でもろ組での座学中でも。
おえー。
…わかりやすいほど骨抜きにされているわけだ。今日も彼女が珍しく一人で食堂にやってきたのを見ると、一目散に入り口に駆けていった。あれは狐じゃなくて犬だな。それにしても、俺じゃなくても誰もがなんで結城さんなんだろうかと思っている。自分が余りに奇人だから、釣り合いを取るために普通の人代表を選んだのか。意地悪く考えればそうだ。
だけど恐らく、三郎にしか分からない何かがあるんだろう。彼女の隣にいるときの三郎の表情は、計算も何もないから。
「鉢屋くん、明日なんだけどね、」
「町に行くのは久しぶりだな!私が前もって志乃の好きそうな店を探しておくな!」
「あ、あのね、」
「あれ?明日ってくのたまは実習になっちゃったんだよねー?さっき彼女に聞いたよ。」
「ほんとか勘右衛門!?」
「うん。だから僕らもお出掛けは延期なわけ。」
「鉢屋くん、ごめんなさい!」
見るからに三郎の意気が下がっていくのがわかる。一週間前から簪を買ってあげたいだとか、出来たばかりの茶屋に誘うやら、服は何にするかとうるさかったくらいだ。思うに、彼女が関わると三郎は女よりもかしましいし、態度がなよなよする。
「実習で港町に行くから、鉢屋くんに似合う贈り物を探してくるね。」
「志乃が、私のために?」
「うん、鉢屋くんのために!」
「それなら私も帰ってくる志乃のために、贈り物を探しに町に行く。」
「でも、約束延ばしちゃうお詫びを込めてるのに…?」
「私はいつでも志乃を喜ばせたいだけだ。」
「ありがと、鉢屋くん。」
おえー。
結城さんが三郎に甘くなると、周囲の雰囲気は砂糖で覆ったように糖度が増す。いつもは彼女が周囲を気にして、三郎の過剰な表現をいなすのだが。それが発揮されないときは、いい加減慣れたはずの俺たちでも、目を反らさずにはいられない。ハチが水を飲みすぎてむせってるけど、その気持ち、よくわかる。中和したいし薄めたい。
「志乃が怪我して帰ってきたらどうしよう…!」
「実習だから、無傷はちょっと自信ないなぁ。」
「何かあったら勘右衛門の彼女を盾にすんだぞ?あいつは怪我させた相手に十倍で返せる根性がある。」
「三郎、後で後悔しないでね?」
「お、尾浜くん!冗談だから、私だって一緒に頑張るから!」
「志乃は木の上に控えてればいいからな。」
「鉢屋くん…一応くのたま五年目なんだけど…」
「だって志乃のことが心配なんだもん!」
殴りたい。だってとかもんとか男が言わないで欲しい。特に普段は飄々として、他人で遊んではニヤニヤしている男に。
「鉢屋くん、そこまで過保護だと信用されてないみたいなんだけど。」
「え、あ…違うんだ!」
「コツコツ積み重ねてきてるものがあるんだから、そんな心配いらない。」
「ごめん…」
「…心配してくれてありがと。それじゃあ授業だから。」
一つに結われた長い髪を揺らしている結城さんは、平凡だけど言うことは言える。相手が三郎だろうと、可愛い女の子は演じない。潔さは逞しくも見える。
「志乃!」
「なーに?」
「今日も明日も明後日も大好きだ!」
おえー。
「明日も明後日も明明後日も言い続けるからな!」
「頼むからそれは二人きりの時限定にしてくれ…吐き気がする…」
「く、久々知くんごめんね…私が後々言い聞かせるので!」
苦笑いして食堂を出ていく結城さんは、それでも三郎に優しく手を振り返す。いつでも、あいつのために精一杯な普通の女の子、それが多分彼女の全て。
「なー三郎、なんで結城さん?」
「なんでってなんで?」
「お前には言い寄る女なんてたくさんいただろ?」
「俺は、大事なもの以外はいらないんだよ。かける時間が無駄だからな。」
そんなかっこいいことを言っても、今更なんだけど。そして質問をはぐらかしたな。彼女の良いところは自分が知ってれば十分だってことか?全く狭量で独占欲の強い男だよ。
「あ!志乃に夜這いしに行くって言うの忘れてたから、追っかけてくるわ。」
「その時点で夜這いじゃないだろうが!」
「突っ込むなハチ。」
「殴られてらっしゃーい。」
「勘右衛門…地味に引きずってるな。」
楽しそうに食堂を出ていった三郎を見送って、ようやく人心地着く。三郎が結城さんを、と言うよりは結城さんがどうして三郎なんかを隣に置いているのか気になってきた。
「代わりに教えてあげるよ。」
「三郎が彼女に惚れた理由か?」
「雷蔵知ってるのか?」
「もちろん。」
「聞きたい聞きたい!」
「んー単純過ぎて納得しちゃうよ?」
「それでそれで?」
「結城さんは、三郎の初恋なんだよ。」
「「「はつこいー?」」」
「そう。三郎の変装を目の前で見ても、気味悪がらずに、すごいすごいって笑顔で誉めてくれた初めての相手。」
「執着するわけか。」
「可愛いとこあんじゃん。」
「どこがだよ!」
結城さんは至って平凡だけど、三郎の才能や性格を無邪気に感じ取って笑いかけてあげられる位には、非凡な人みたいだ。まぁそれってかなりの割合で変わってるんだろうけど。
「兵助ぇえ!」
「…んだよ。」
「見ろこれ!」
「髪紐。」
「“志乃が糸を編んで作ってくれた私のための”髪紐だ。」
「あそ。」
「ふふふ。」
「…おえー。」
結論:以上のことから、鉢屋三郎が結城志乃さんにベタ惚れするのも当然である。
まぁ三郎ほどじゃないけど、俺も彼女に会いたくなってきた、かな。[ 2/7 ][*prev] [next#]