融雪時期、鬼も攪乱。


懐かしい夢を見た。まだ幼かった頃の自分。昼間から布団に寝かしつけられ、火照った頬に置かれた冷たい布。あぁそうか、熱を出していたんだ。それでもぼーっとする頭で、必死に視線を泳がせていた。心配そうに看病してくれる、誰かの姿を見ていたくて追っていた。あれは、誰だったろう。



「滝は風邪をひいてしまったので、今日は委員会をお休みさせてください。」
「あら、綾くん。滝が風邪?大丈夫なの?」
「はぁ、多少は死にそうな雰囲気を醸し出していますが、大げさなのは得意分野なので。」
「そう。ゆっくり休んで、早く直すように伝えてくれる?」
「わかりました。」
「綾くんも同室だし、予防してね。移したって知ったら滝が落ち込みそうだから。」
「そんなにやわじゃないので。」



滝が体調を崩すのは、毎年冬も終わりかけるこの頃だ。一年生の時は委員会でのマラソン中に突然倒れた。まだまだ小さくて体力もなく、輪をかけて華奢で女の子みたいな見た目だったのに、絶対に出来ないという言葉を口にしないのが滝だった。だから気付かなかったというのは、理由にもならないけれど。あの時はみんなで、保健委員会及び新野先生にこってり絞られた。下級生の体調管理ぐらい上級生が責任を持ちなさいと。二年生の時は授業中に余りに静かな滝を、先生を初め同級生たちが心配して保健室に連れて行ったら高熱を出していた、というおちだった。その後三日間、安静に過ごすよう言い含められていたのに委員会に来て、七松先輩が俵のように背負って部屋まで送り届けていた気がする。去年は滝も心得ていたのか風邪対策に余念がなかった。それでも一日だけ、見るからに気分の悪そうな青白い顔をして委員会に来たことがある。熱こそでなかったものの、同室の綾くんが心配して迎えに来てくれたほどだった。



今年は、こじらせてしまったらしい。



「えー、今日は滝夜叉丸先輩お休みなんですか?珍しいですね。」
「去年も今の時期に体調を崩してましたよね。」
「なんだか毎年恒例みたいっすね。」
「確かに、恒例行事になりつつあるかも。」
「不吉なことを言うのは止めなさい、志乃…」



委員会の唯一の常識人(七松は暴君。志乃は二重人格。) である滝夜叉丸を欠いた委員会は、今一つまとまりが出なかった。裏々山までのマラソンも、気遣い屋の滝夜叉丸がいないため、次屋が自ら志乃と手を紐で括ったほどである。



「先輩の風邪、早く治るといいですね。」
「滝夜叉丸先輩がいないと、調子がでません。」
「なんだかんだでいないとつまんないんですよね。」
「三之助は天の邪鬼だね。次ぎ会った時は、正直に心配しましたっていってあげなよ。」
「や、そこまで心配なわけじゃないんで。」
「本当に素直じゃないな三之助。さて、今日の委員会はここまでにしよう。みんなも風邪なんてひかないように、ちゃんと湯浴みして早めに休むこと。」
「了解です。」



委員会解散後も、頭の中は風邪ひきの滝のことでいっぱいだった。初めての委員会の後輩。女の子みたいに可愛い滝。委員会に入って来た時から私は人一倍可愛がっていた。そんな滝が高熱を出し、顔を真っ赤にしてあんまり辛そうに横たわっていたものだから、どうにか軽くしてあげられないものかと思って、私は何かを持って行ってあげた気がする。あれはなんだったっけ。すごく、喜んでくれたはずなのに。



思い出せそうで思い出せない、長屋への帰り道。松の枝に降り残っている雪のかたまり。目に入る今年もおわりそうなやまつつじの赤い実。



『せんぱい、つめたくてきもちがいいです。』
『ほんとう?よかった。滝ちゃん、はやくよくなるといいね。』
『きっと、あしたにはねつもひくはずです。』
『うん、たくさんねてげんきになってね。』



熱い。毎年毎年、飽きもせずに体調を崩している。下級生の頃ならまだ理解できる。でも今は、体力も人並み以上にある、決してやわな作りはしていないはずなのに。どうにも熱が出ると弱気になるらしい。喜八郎は気を使って三木エ門とタカ丸さんのところで今日は休むと言っていた。わざわざ一人にしてくれたのに、一人が心もとないなんて。布団の側には喜八郎が用意してくれたらしい水差しと替えの布、水桶などがある。変なところで優しいから困る。額にのせられていた布がすっかりぬるくなってしまっていたので、取り換えようと体を起こしたとき、控え目に扉をたたく音がした。



「ほら、いいから寝てなさい。」
「いえ、自分でやれますよ、大丈夫ですから。」
「そんなに真っ赤な顔させて何言ってるの。」
「…すみません。」
「謝るところじゃないでしょ、おかしな滝。」



微笑みながら志乃先輩の細い指が額に触れる、そんな光景を私は知っている。



「私が一年の時も、先輩が突然夜に来てくださいましたね。」
「よく覚えてたね。」
「はい、嬉しかったから。」
「熱を出した滝は素直でいつもよりも、年相応みたい。ま、私と七松先輩が上にいたらしっかりしちゃうか。」
「そんなこと、ないですよ。」
「早く、よくなって委員会に戻ってきてね。」
「はい。」
「じゃあ、これあげる。」



そういうと、鼻の上にひんやりとした感覚が襲ってきた。



「な、んですか?あ、雪?」
「あたり。雪を持って来たよ、冷たくて気持ちいいでしょう。」



お椀の中にこんもりと盛られているのは、真っ白な雪だった。



「懐かしいですね、これも覚えていたんですか?」
「さぁ、それはどうだろう。」



雪をひと匙、まるで薬の代わりのように嘗める。そうだ、あの時もこうやって、先輩は私に会いに来てくれたんだった。今よりずっと、小さい私、幼い志乃先輩。一生懸命看病をしてくれた姿は、あの頃と全然変わらないのに。なぜだろう、距離が違うのは。遠く思えてしまうのは。



「先輩、冷たくて気持ちがいいです。」
「本当?よかった。滝ちゃん、早くよくなるといいね。」
「きっと、明日には熱もひくはずです。」
「うん、たくさん寝て元気になってね。」



志乃先輩は、何もかわってやしないのに。距離を取るようになったのは私からだった。幼い頃のように素直に手を伸ばせなくなった。名前を呼ぶことも助けを求めることも軽々しくしてはいけないことのように思えた。志乃先輩はいつだって待ってくれていたのに。私のことを、気にかけてくれていたのに。



「志乃先輩、たまには昔みたいに滝ちゃんて、呼んでくださいね。」
「ほんと、熱があるときの滝ちゃんは素直で可愛い。もちろん、成長した滝ちゃんはかっこよくなってるけどね。」



先輩としてはね、少しだけさみしかったんだよ。だから甘えてくれて嬉しかったんだよ。



「肝心なところを聞かない子だなぁ。」



すやすやと、寝心地も良さそうに眠りについた滝を見てから、安心して部屋を後にした。きっと、もうすぐよくなるだろう。そうしたらいつもどおり、自信家な彼の姿を見ることができる。そんなことを想いつつ、扉を出たところで、壁に寄り掛かっている七松先輩を見かけても、特別に驚きはしなかった。きっといると思っていたから。



「七松先輩も、心配なら入ってくればいいじゃないですか。」
「や仲睦まじい姉妹の邪魔はしないことにした。」
「…わからなくもないですが、滝の前で言ったら冷たい視線をもらうことになりますからね。」
「全く、二人とも私には優しくないんだから。」




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