受難と復讐


「志乃先輩、その頬どうしたんすか。」
「あれ、三之助。今日はお早いお着きで。」



体育倉庫に行ったら、志乃先輩がいつものように備品の整理をしていた。大抵先輩と当番を組んでいる時は、早めに来て仕事を減らしてくれている。この後に控える鍛錬のことを考えるとかなりありがたい。もちろん、先輩にいつまでも甘えていてはいけないとも思っているけど。だけど、今日はいつもと違った。先輩の頬には怪我の手当を施された跡がある。



「これ?ちょっと実習でへましただけ。保健室行ったら、左近くんが大げさに手当てしてくれるんだもの。」



いつもと同じように、少し困った笑顔で頬に貼られた布に触れている。だけど、いくら志乃先輩が場を取り繕うのが上手いからって、三年間も一緒にいれば少しはわかる。先輩が嘘をついていることくらい。



「せんぱ…「結城ー!!!!!」」



自分からは決して余計なことを話さない先輩に、核心をついた質問をしようとしたら体育倉庫の重い扉がスパーンッと勢いよく開いた。おかしい。扉の重さは半端じゃなく、いつもゆっくりと全体重をかけて引くのが通例だ。大事なことだからニ回言う。おかしい。



「「あ゛ぁーっ!!!」」



現われたのは、委員長の七松先輩と、六年い組の立花仙蔵先輩だった。七松先輩は手を頭にやり、珍しく困り果てた表情で溜息を吐いている。対する立花先輩も顔を青白くさせて、全身をわなわなと震えさせていた。



「あー、…志乃、ほんとにすまん。」
「もうばれてるんですか。」
「あいつが私のところにきたんだ。」
「わざわざ私の頬を引っ掻いていったとても言いにいらっしゃったんですか?」
「ひ、引っ掻かれたのか!?結城、ちょっと見せてみなさい!!」
「え!!立花先輩、せっかく左近くんが手当てしてくれたのに。」



何が何だかわからないが、とにかく立花先輩によって丁寧にはがされた跡には、しっかりと蚯蚓腫れのように細く、だけどはっきりと主張した傷が三本も引かれていた。それは、真っ白で綺麗な、まるで陶器のような先輩の頬では目立ちすぎていた。もし腕などの隠せる部分だったらここまではしなかったかもしれない。川西が見えないように手当てしたのは機転を利かせた以外に理由はないだろう。



「小平太、お前これで何度目だ。結城に迷惑かけまくって。」
「立花先輩、傷なら治りますし、大丈夫ですから。」
「いや、仙蔵の言う通りだ。本当に悪かった。」



立花先輩の言葉でわかった。志乃先輩はまた、巻き込まれてしまったんだ。七松先輩の女性関係に。女性関係、というとなんだか際どいものがあるけど。特定の彼女を作らない七松先輩に対して、その煮え切らない態度というか絶対に自分に靡かない態度というかそういうものに耐えられなくなったヒトタチが、最終的に不満の捌け口として八つ当たりするのが何の関係もない志乃先輩だった。こればっかりは、「美しいものは受難者」という立花先輩の言い分が最もだと思う。前もくノ一の上級生が志乃先輩に文句を言いに来たことがある。七松先輩の身近にいる先輩が、たまたま顔立ちの整った人だったから、面倒なんだろう。それでも冷静に相手の言い分を聞き流しつつ、志乃先輩は有無を言わさず笑顔で追い返していたけれど。集中豪雨のように浴びせられる罵詈雑言の最中、ずっと、「七松先輩に誰が色仕掛けなんてものを使うか。想像して思わず吹いてしまった。」らしい。



「でも七松先輩、さすがに私もいらっとしたんで、適当なところで身を固めてください。」
「そうだ小平太。結城に迷惑かけるぐらいならその辺の女で手を打て。」
「あのさ二人とも、特に志乃さ、けっこう怒ってるよね。」
「突然やってきて、張り手を繰り出されたけど防いだのに、あいてる方の手で御丁寧に爪まで立てて引っ掻かれましたから。持っていた縄跳びで叩いてやろうかと思いました。」
「安心しなさい、私がかわりと言ってはなんだが、制裁を与えておいたから。」
「………」



志乃先輩に縄で思いっきり復讐されるか、怒りで我を失った立花先輩に精神的な攻撃を受けるか、どちらがましなのか俺にはわからない。七松先輩もここはただただ黙って反省するしか許しをもらえないだろう。若干青ざめてるけど、俺も少し同情しそうだけど。



「いやー、立花先輩毎度ありがとうございます!!報復できなかったのめちゃくちゃ後悔してたんですよ。」
「そうだろうと思って、十倍返しはおまけとしてつけておいたから安心しなさい。」
「わかっていらっしゃいますね〜」



「美しいものは受難者」だけど、綺麗で陰湿な報復が大好きな人たちって本当に容赦がない。何で志乃先輩が作法委員会じゃないのかはわからないけれど、とりあえず体育委員会でよかったと思う。この二人が頭の作法なんて怖すぎる。藤内が気の毒すぎる。



「三之助、私はどうするべきだと思う?」
「そうですね、手始めに女性関係を清算するのがいいと思いますよ。」
「おぉ次屋、いいこというじゃないか。よし、小平太今から行くぞ。」
「え、ちょ、委員会委員会!!仙蔵、私これからいいんかーい…」



ずるずると引っ張られていく七松先輩なんて見たことがない。たまには俺たちの立場にたってみればいいんだ。立花先輩、ありがとうございます。笑顔が俺にはただひたすら眩しいです。そして最初と同じように扉がスパーンッと開いたかと思うと、反動ですぐ様閉まり、体育倉庫は元の静かな空間に舞い戻った。


「行っちゃった。七松先輩もだけど、立花先輩も嵐を呼ぶ男だね。」
「そうっすね。それにしても、今日の委員会どうするんですか?」
「きっと三人がそろそろ来るから、みんなでお茶でもしようか。」
「いいんすか?」
「たまにはいいんじゃない。お菓子もあるし、お茶は食堂のおばちゃんから貰えばいいしね。」
「はいはい、了解しました。じゃ、その前に志乃先輩そこに座ってください。」
「え。」
「その傷、隠さないと。」
「三之助手当てしてくれるの?」
「川西の真似するだけですよ。」
「ありがとね。」
「はいはい。」



志乃先輩は優しいけど、こうでもしないと頬になんて触れさせてくれないから。もう少し、この状態で先輩と二人でいたいなんて思うのは、やっぱりずるいか。




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