自然な反応


誰にでも苦手なものって、あるんだと思いました。



いつまでも委員会にこない志乃先輩を心配して、七松先輩から教室まで迎えに行くように言われた僕は、恐る恐るくノ一の教室までやってきました。“恐る恐る”というのは、単純にいたるところに罠を張っているくノ一が怖いのと、滅多に遅れてくることのない志乃先輩が、今どんな状況にいるのかと考えると、想像がつかないのと、です。



そんな僕を出迎えたのは、思いもしない先輩の姿でした。



「志乃先輩、起きてください、起きてくださーい。」



机に突っ伏したまま眠りこけている先輩は、さっきから僕が一生懸命声をかけても全くの無反応です。毎日毎日委員会ではマラソンをしたりバレーボールをしたり、途中で迷子になる次屋先輩を探しに行ったり、後輩である僕たちを励ましてくれたりする先輩は、疲れ知らずのように思いがちでした。けれど五年生にもなれば演習も多く、疲労は溜まるばかりのはずです。放課後、教室でぼーっとしているうちに眠りに落ちてしまうのも無理はないかもしれません。



「志乃せんぱーい、起きないと七松先輩がマラソン倍にしちゃうかもしれませんよー。」



そう言いながらも、夕陽に当たる先輩の髪がキラキラ眩しいものだから、なんだかもう起きなくてもいいんじゃないか、綺麗なものをみせてもらっているわけだし。と意味のわからない結末に至った時、先輩がおもむろに身を起こしました。



「志乃先輩!!委員会始まってますよ、行きましょう?」
「…」



からくり人形のように大層ぎこちなく僕の方に首を向けた先輩だったけど、目が全然僕のことを見てはいませんでした。普段はぱっちり開いている目が虚ろというか、ようするにまだ起きていない状態で、失礼だけど寝ぼけているとしかいいようがなかったんです。そんな先輩を見たのは初めてでした。先輩はぼーっとしたまま立ち上がったかと思うと、そのまま教室を出ていこうとしました。普段のあのしっかりものの志乃先輩はどこにいってしまったんでしょうか。てきぱき僕たちに指示を出し、七松先輩を宥めて委員会を正常な方向へ軌道修正してくれる志乃先輩。



そんな先輩が扉に頭をぶつけ、立ったまま寝ている姿を見なくちゃいけないなんて、これは七松先輩の僕に対するいじめですか。それとも現実を見ろという滝夜叉丸先輩の優しさですか。意外な姿を見て尚更好きになればいいという次屋先輩の陰謀ですか。生温い笑顔で見送ってくれた四郎兵衛先輩、全てを知っていたんですか。なんとなく失恋した気分で思わず泣きそうになりながら志乃先輩を座らせると、諦めて僕も隣に腰をおろしました。



ミイラ取りがミイラになって何が悪い。



「七松先輩、予想通り今年も寝てました。」
「よっし、俺の予想的中!!」
「金吾、寝顔が苦しそう…」
「去年のしろみたいだな。」



年に一度か二度、委員会にやってこなくなる志乃を迎えに行くというのが、体育委員会新一年生の恒例行事となっていた。行事というか、ある種怪奇事件に首を突っ込んでいるようなものなのだが。優秀なくノ一で通っている彼女にも、唯一といっていいほどの弱点があった。寝起きの悪さという致命的な弱点である。



「気持ち良さそうに寝こけてますね。」
「まぁ志乃も疲れが溜まってたんだろう、しょうがない。」
「毎年毎年、一年生には気の毒だが、志乃先輩の真実は早めに知っておいても悪いことはないでしょう。」
「あのぼけっぷりは可愛いですけど、羨望の存在だった百年の恋も冷めますよね。」
「僕は今でも憧れですけど。」
「俺だってそうだけど、なんか『あー、この人も完璧じゃないんだな。』とは思うだろ。」
「それはそうですね、金吾もしっかり認識したかな。」



和やかな雰囲気で二人の寝顔を見ていたものの、このまま見ていては風邪をひかせてしまう。朝晩は冷えるのだから。



「さて、と。そろそろこいつら連れてくぞ。滝、金吾のこと背負ってやってくれな。」
「もちろんです。」
「志乃、いい加減起きろ。」



小平太が肩をゆすりながら起こしにかかる。しかし、寝起きの悪さは比ではない。例え目をあけたところで、目覚めたことにはならないのが彼女なのである。ぼーっとしたまままた寝ようとする志乃に、留めの言葉を口にしたのは、やはり小平太だった。



「抱きかかえられて長屋まで戻りたいならそのまま寝ていなさい。」
「おはようございます、七松先輩!!」



とびっきりの笑顔でさわやかに拒否する志乃を見て、毎年毎年傷つくのは結局小平太自身である。



「…志乃、そんなに私が嫌いか。」
「体は素直ですねー。」





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